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​【早見和真さんの本屋大賞ノミネート作「アルプス席の母」 】 河津町に6年在住の早見さんが描く、球児と母の3年間

アットエス

静岡新聞論説委員がお届けするアートやカルチャーに関するコラム。今回は4月9日に発表される「2025年本屋大賞」のノミネート作から早見和真さん「アルプス席の母」(小学館)を題材に。

本屋大賞ノミネート作のリストに、静岡県と関係がある作家の名がある。確認できるだけで3人。昨年「成瀬は天下を取りにいく」で大賞に選ばれた富士市出身の宮島未奈さんは、今年も「成瀬は信じた道をいく」で候補作入りを果たした。「人魚が逃げた」の青山美智子さんはデビュー前に4年間、静岡県にいたことを明かしている。

もう一人が早見和真さんだ。2010年から6年間、家族と河津町に住んでいた。自身の両親も呼び寄せた。この間、「イノセント・デイズ」が第68回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞し、第28回山本周五郎賞候補にも挙げられた。県民の一人として勝手に言わせてもらえば、早見さんの小説家としての躍進は、静岡県の貢献が大きい。

2016年3月に松山市に居を移す。1~3月の静岡新聞のコラム「窓辺」が県民への置き土産となった。3月23日の「窓辺」ではこう書いている。

 これを書いている時点では、僕はまだ河津町に住んでいる。しかし、おそらく紙面に掲載される頃には街を離れているはずだ。伊豆に移り住んで6年、これまでの人生で交わりようのなかった人たちと出会い、たくさん言葉を交わした。
 家族もここでの生活に不満はない。それでも出ていかなければならない理由がある。その一つは近く、伊豆を小説で書くことだ。長く温めてきたアイデアを形にしようと思う。来春から始まる某誌での連載に向けて、伊豆を俯瞰[ふかん]して見ようと思う。

2022年7月から2023年12月までの新聞連載をまとめた「アルプス席の母」(2024年3月初版発行)は、桐蔭学園の野球部員だった早見さんにとって極めて身近なテーマを扱っている。高校野球はデビュー作「ひゃくはち」でテーマにしたし、全国紙で甲子園大会の観戦記事も書いた。

本作が異彩を放っているのは、高校球児ではなく、彼を支える母親の「汗と涙の3年間」がテーマである点だ。大阪は富田林市にある私立高校という設定から、現実に存在した強豪校を思い浮かべるが、こちらは創部10年目を迎えようとする新興。神奈川県の中学校からスカウトされた球児と看護師の母が主人公だ。

父母会の学年ヒエラルキー、正選手と補欠選手それぞれの親同士の人間関係、教育の範疇を逸脱した「指導」など、「たぶんあるんだろう」と思える理不尽や不正義がたくさん出てくる。そこに緩やかに立ち向かう母と、故障や監督とのあつれきなどを乗り越えて実力を高める息子の姿がパラレルに描かれる。ドロドロした事象が多いのに、全編にわたり不思議な爽快感がある。

時に旧態依然の象徴として語られることもある高校野球だが、特に夏の県予選では地域から大きな期待が寄せられるのもまた事実だ。卒業生や野球部OBのみならず、その地域の代表として勝敗を気にする人が何と多いことか。

この小説はそうした雰囲気をリアルに伝えている。「土着の高校野球文化」とも言うべきか。野球どころの愛媛県、そして同じように高校野球に熱心な静岡県の在住経験が、こうした空気を小説に吹き込んでいるのだとしたらうれしい。

(は)

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