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「観たい場所で応援したい」|車いすサポーターの声から生まれた、世界基準の“当たり前”への挑戦

Sports

「車いすでも、ゴール裏で応援したい」——その想いから始まった、観戦スタイルの“当たり前”を問い直す挑戦。
鹿島アントラーズのサポーターである宇野奈穗さん(以下、宇野)は、病をきっかけに車いすを利用するようになってから、「観戦席の選択肢がない」という現実に直面しました。
スタジアムで、自分の好きな場所からチームを応援する。そんなシンプルな喜びですら、すべての人に平等ではなかったのです。
「安全のため」「ルールだから」。そう繰り返される説明にも、宇野さんは立ち止まりませんでした。声をあげ、対話を重ねる中で、同じ想いを抱える仲間と出会い、クラブを動かし、やがて社会をも動かしていく。その小さな一歩が、変化のうねりとなって広がっていきます。

すべての人が「応援する場所を選べる」スタジアムを目指して。

宇野さんが立ち上げた一般社団法人VER Sports Baseが描くのは、世界基準の“観戦のインクルーシブ化”という未来です。

「応援する喜び」を知ったからこそ、苦しかった「選べない現実」

ーー宇野さんがサッカーや鹿島アントラーズを好きになったきっかけを教えていただけますか?

宇野)鹿島アントラーズに興味をもったのは、コロナ禍に手拍子応援のみの時期に観に行った試合がきっかけです。ゴール裏の2階席で観戦したのですが、選手のプレーや勝つことへの執念に心を動かされ鹿島を応援するようになりました。
その試合から少し経ってから頭が割れるようなひどい頭痛が始まり、多発性硬化症と診断されました。何回か再発をしてしまい、右足の力が出なくなってきて車いすを利用するようになってから、久しぶりに鹿島の試合に行くために初めて車いす席を利用しました。その試合ではすでに声出し応援が可能になっていて、初めてスタジアムで聞く鹿島の応援に本当に感動しました!

ーー鹿島アントラーズサポーターの応援は迫力がありますよね。

宇野)そうなんです。それから私もあの応援をしたいと強く思うようになりました。車いす席から声を出して応援する人はあまりいなかったのですが、ゴール裏と同じように応援を始めました。すると徐々に顔見知りの車いすユーザーさんが増えて、一緒に応援してくれる仲間ができてきました。

宇野)その頃からアウェイの試合にも行き始めたのですが、アウェイの試合では苦い経験をしたこともあります。

例えば、車いす席がメインスタンドにしかないスタジアムでは、まわりがホームサポーターの方々であることも多く、いつも通り鹿島アントラーズを応援すると白い目で見られることもありました。

ーーホームサポーターからすると「なぜその席でアウェイの応援を?」となりますよね。

宇野)もしそのとき、車いす席がゴール裏にあればゴール裏で応援していたと思います。車いすに乗っているから、好きな場所で観戦・応援できないことがあることを実感した経験の1つでした。この「車いす席の選択肢」の少なさに対する悔しさが、一般社団法人VER Sports Base設立につながっています。

なぜ車いすの人は応援する席を選べないのか?|素朴な疑問とクラブの反応

ーー車いす席に関して、ほかに体験談があれば教えてください。

宇野)国立競技場は全席種に車いす席が設置されているのですが、Jリーグの試合では好きな席を選べなかったことがありました。問い合わせをしたことで“希望者のみゴール裏での観戦可能”という対応をしてくださったこともあれば、理由も教えてもらえずにゴール裏での観戦を断られたこともあります。

ほかにも、車いすのお子さんとその両親の3人で試合観戦をしたいというご家族が、「車いす席の介助者は1人」というルールにより離ればなれに観戦せざるを得ないこととなり観戦を諦めてしまったという相談を受けたこともあります。

ーーせっかく楽しみにしていた観戦なのに、それは残念ですね。車いす席の選択肢が限られていることへの理由にはどのようなことが現状あるのでしょうか?

宇野)クラブからよく言われるのは「運営側の人が少ない」「安全のため」という2つです。避難時や緊急時の際の話をされることが多いのですが、車いす席を利用するときには、何かあったときのための介助者も一緒にいることが多いです。車いすの方がお一人で来られていたとしても、先に避難経路を一緒に確認するなど、双方の安心・安全につながる行動はもっと他にあるのではないかと思いますし、そうした回答をされてしまうといろいろと考えてしまいますよね。

ーー宇野さんはこうした体験談をSNSやnoteに投稿されていますが、どんな反応がありますか?

宇野)発信をすることで他の車いすユーザーの方の体験談が私のもとに届くようになり、「私と同じような思いをされている方が他にもいるんだ」ということを強く実感します。同時に、「この状態をこのまま続けていっていいのだろうか」という疑問も湧いてきます。

ーー宇野さんの発信に反応してくれたクラブはありますか?

宇野)1つはいわきFCさんです。当時のいわきFCのホームスタジアムでは、車いす席の選択肢がメインスタンドにしかなかったこと、目の前の柵によって視界が遮られていたことをnoteに書きました。それをいわきFCの大倉社長が見てくださり「すぐはできないかもしれないけれどどうにかします」とSNS上でコメントをいただきました。すると、その2週間後にはピッチサイドに車いす席を作ってくださり、今年にはビジター側のピッチサイド車いす席もできました。

いわきFCの試合での車いす席は、このような景色になってしまっていました。

宇野さんのnoteでの発信を見たクラブがすぐに改善し、ピッチサイドに車いす席が設置されるようになりました。

ーーとてもスピーディーで素晴らしい対応ですね。

宇野)ファジアーノ岡山さんの対応も素晴らしかったです。スタジアムでは、以前まで車いす席がホームサポーターしかいないエリアに設置されており、そこで鹿島アントラーズのユニホームやグッズを着用して応援しにくい状態になっていました。
スタジアムにおいて車いす席を増やすなどの対応はすぐには難しい中、次の試合から“車いす席近くのエリアをミックス席(ホームサポーターもアウェイサポーターもどちらも座れる席)にする”という対応をしてくださいました。

ーーサポーターの声に耳を傾け、クラブとしてできることを実際に行なっていて素晴らしい姿勢ですね。

宇野)本当にそう思います。こうして少しずつでも動いてくださるクラブは実際にありますし、これらの対応にはとても感動しました。今まではいち個人で動いてきて、行動範囲の制限や説得力の弱さを感じてきたので、今後は正式な団体、一般社団法人VER Sports Baseとしてさらなる観戦環境改善に繋げていきたいです。

プレミアリーグに見る、“世界基準”の対話

ーーサッカー観戦における車いすユーザーや他の障がいのある方々の環境に関して、イギリスでは日本よりも進んだ取り組みがされていると聞きました。

宇野)イギリスのプレミアリーグの取り組みについて、私もとある記事を読んで知りました。イギリス留学中のメンバーから聞いた話も含めて簡単に説明すると、『Equality Act 2010(平等法)』という法律によって、イギリスのクラブは障がいのある人への合理的調整を行うことを義務化されており、これがバリアフリーへの積極的な姿勢の一つの理由だと考えられます。また、2003年と2015年に車いす席の数や設置場所に関する内容を含めたスタジアムに関するガイドラインが発行されています。

ーー宇野さんにとってとくに印象的だったイギリスの取り組みはありますか?

宇野)障がいのあるサポーターとクラブの“定期的な対話”が制度化されていることです。今プレミアリーグのクラブには、DLO(Disability Liaison Officer)と呼ばれる、障がいのあるサポーター対応専門のスタッフがいます。また、DSA(Disabled Supporters Association)という、障がいのあるサポーター自身のコミュニティがクラブごとに存在しています。DSAはサポーターの声を集め、代表してバリアフリーの問題などをクラブ・DLOと定期的に話し合い、ともにバリアフリーなスタジアムを作りあげているということに感動しました。

ーーこのイギリスでの話を知り、どのように思いましたか?

宇野)「クラブと障がいのあるサポーター間でこんなに話し合う場所が作られていている」ということに感銘を受けました。クラブ側(DLO)がサポーター団体(DSA)と一緒に話し合いを通して考え、改善策の導入が行われていることにすごく感動したのと同時に「Jリーグでなぜこれができないのか?」とも思いました。

ーーJリーグにはまず何が必要だと考えますか?

宇野)Jリーグクラブには、DLOのような人がまだ存在しておらず、クラブと当事者が話し合ってニーズや対応を理解していくという枠組みや機会が設けられていません。今までのように、鹿島サポの私が声を上げたからゴール裏に行けたという事例だけでは、基本的に何も変わらないと思います。なぜそこを選べるようにしなきゃいけないのかというところを知ってほしいと私は思いました。そのためには、当事者とクラブが対話して相互理解に繋がる場を作ることが第一だと考えています。

これからのVER Sports Baseが目指すもの

ーーVER Sports Baseとして、今後の短期的な目標はありますか?

宇野)“クラブ”と“障がいのあるサポーター”間の対話の機会・仕組みは絶対に作っていきたいです。まずは各クラブのDLOを確保していくことが重要で、海外のクラブにはDLOという存在がいることを知ってもらうところから少しずつ始めています。DSAについても、スタジアムをよりよくしていくために必要だということをまずはクラブ・サポーター両方に知っていただくということから、取り組んでいきたいと思っています。

ーー既に実際に動き出しているのですね。

宇野)VER Sports Base設立後、DSAとDLOを導入したいことをJリーグのクラブに直接お話しさせていただく機会を設けていただき、その結果、クラブ中でDLOになる方の確保を前向きに検討してくださっています。

また、ほかのクラブでも「自社の持ち物でないスタジアムを変えることは難しいが、対応面での向上をすぐに考える」というようなお返事をいただくなど、この課題に向き合ってくれるクラブが増えてきている印象です。

ーーこんな世界が実現されたらという宇野さんの想いを最後に聞かせてください。

宇野)最終的には、私たちのような団体がいなくても、クラブとサポーターで自発的に対話をし、解決をしていけるような世界になっていることが理想です。これから先、私が経験したような悔しい・悲しい想いを誰であろうと絶対にしてほしくないと思っています。
まずは、Jリーグ各クラブでサポーターみんながクラブと対等に対話ができる継続的な仕組みを作り、Jリーグ全体をよりバリアフリーでインクルーシブなものにする。そこから野球やバスケットボールなど、他のスポーツにもこの仕組みが伝播していくことが最終の目標ですね。

ーーありがとうございました。

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