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トリドールHD CMO 南雲克明が語る「持続的成長をリードするCMOの役割と、信頼されるマネジメントの在り方」

Marketing

CMOとマーケティング本部長の違い

――南雲さんはオリックス自動車からコナミスポーツ、サザビーリーグなどを経てトリドールホールディングスに転職されたとのこと。トリドール入社前にマーケティングの世界で生きると決断したきっかけやエピソードはありますか。

きっかけの1つはコナミスポーツ勤務時代の上司との出会いです。当時私はマーケティング責任者をしていたのですが、現場感覚で身に付けた自己流の手法に行き詰まりを感じていました。そんなとき、ある製薬会社で社長をしていた方がコナミスポーツの副社長に就任して、鼻っ柱をへし折られるような経験をしたのです。その方は製薬会社の社長のほか、外資系エンターテインメント企業のマーケティング本部長も経験していて、現在もさまざまな企業で社外取締役を務められるなどご活躍されています。

スポーツクラブの数字を伸ばしてブランドを強くすることについては、自分なりにある程度の自信がありましたので、当初はその方に対して「スポーツクラブ業界のことも知らないのに」と反発する感情がありました。しかし、一緒に仕事をする中で「南雲さんはマーケティングのことを何もわかっていない」と一刀両断にされ、自分の経験値や知識量の低さ、視野の狭さなどを思い知らされました。

――当時の南雲さんのどこに問題があったと思いますか。

今思い返すと、表面的なことばかりを追いかけて、消費者の本質を突けていなかったのだと思います。一時的に勝つだけでなく、持続的に勝てる仕組み作りの重要性についても思いが至っていませんでした。そのときまだ30代でしたが、もっとマーケティングを勉強し、成果を出し、その方を見返したいという思いと、認められるマーケターになりたいという気持ちでいっぱいになったのを覚えています。それがキャリアの転機になりました。

――そこからビジネススクールにも行かれた、と。

はい、早稲田大学大学院のビジネススクールでMBAを取得しました。マーケティングについてしっかりと学び、考える時間を作れたことで、経験と実践だけだったキャリアにアカデミックを融合させることができ、自分が何をすべきか、どの道を進むべきかが見えてくるようになりました。同時に今も仕事でご一緒させていただけるような人脈の幅が広がり、非常に有益な経験だったと思います。

――トリドールでは執行役員CMO、丸亀製麺では取締役マーケティング本部長、それぞれどんな仕事でしょうか。

トリドールでは「KANDOコミュニケーション本部」の本部長を務めていて、「コーポレートコミュニケーション部(広報)」「マーケティング部」、従業員を対象にした「インターナルコミュニケーション部」、そしてこの7月に新設した「ブランド戦略部」という4つの部門を統括して社内外のコミュニケーションの最適化を図っています。

執行役員の仕事としては、ホールディングスの傘下に約20のブランドがありますので、ブランドごとのマーケティングをはじめ、コーポレートコミュニケーション(広報)でトリドールが得たい2つのパーセプションの獲得に注力しています。1つは「感動創造業である」というパーセプション、もう1つは「唯一無二のグローバルフードカンパニーである」というパーセプションです。トリドールは今30の国と地域で展開しています。

――丸亀製麺はいかがですか。

丸亀製麺ではマーケティング本部長を務めていますので、国内におけるブランドの価値と業績を伸ばすのが一番のミッションです。

業績を伸ばすために私はCX(顧客体験)とEX(従業員体験)とブランドの3つを大切にしています。この3つ全てをスパイラルで同時に上げていかないと強いブランドは作れません。CX、EX、ブランドの3つのスパイラルを意識してマーケティング戦略を統括するとともに、全体の経営事業戦略についても社長の山口(寛)と担当しています。

――トリドールの場合、CMOとマーケティング本部長では何が違うのですか。

マーケティング本部長は約束した数字、成果を出し、ブランドを強くすることが主な仕事です。

一方、CMOは経営ボードの一員なので、株主様、投資家の方々、取引先、従業員などステークホルダーの皆さまと約束している成果に対して責任を負わなければなりません。成果とは財務以外にも株価や企業イメージ、SDGsなどの社会貢献まで全て含まれます。社内外に約束している成果をいかに達成できるか、視野を大きく広げながら粘り強く思考を深掘りしていく必要があります。

高い目標を達成するために必要なマーケティングモデル

――わかりました。ここであらためて南雲さんにとってマーケティングとは何か、教えてください。

「天職」ですね。マーケティングのことを考えたり実践したりするのは楽しくてワクワクします。やらされているのではなく、内発化(内発的動機づけ)されてやりたいと思えますし、マーケティングをしている自分が好きです。サービスでも商品でもお客さまに価値を提案して、喜んでいただいたり笑顔になってもらったりする。それまで世の中に存在しなかった良いものを提供することで、生活を便利で豊かに進化させたり、お客さまに幸せを感じてもらえたりする。そういうマーケティングの仕事を心から素晴らしいと思います。

もちろん数字も大事です。日々結果にヒリヒリしながら「この数字、いかなかったらどうしよう」「よし、ハイ達成だ!」と息の詰まるような思いをしています。自分がつくった戦略や戦術、自分が信じる消費者インサイト、そこに対するコミュニケーション…いずれも当たるときもあれば当たらないときもあります。それでも、まるでスポーツの試合のように結果に対するワクワクドキドキを感じられるのは楽しいし、自分に向いています。お客さまも笑顔になっていただけるし、会社の数字にも貢献して従業員にも喜んでもらえるのですから、マーケティングは素敵な仕事です。

――南雲さんでもそんなヒリヒリを日々感じているのですね。

目標のハードルが高いですから。トリドールはチャレンジングな会社です。例えば2024年3月期の売上収益が過去最高の2319億5200万円だったのに対し、中期経営計画では2028年3月期の売上収益を4200億円と、約4年で倍近い数字に設定しています。低いハードルを着実にクリアしていくのではなく、高いハードルを作って「さあ、どんな戦略と戦術で達成しようか」と日々思考と試行錯誤の連続ですから、ハラハラドキドキしますし、同時に楽しさと興奮、熱狂を感じます。

――その高い目標を達成するために、EXを起点とする「丸亀スパイラルモデル」というマーケティングモデルを作られたとのこと。どんなモデルでしょうか。

お客さまのCXを作るのは、やはり従業員です。従業員のモチベーションやエンゲージメントが十分高くないと、我々が「感動体験」と呼ぶような、お客さまの期待を超えるおいしさ、サービス、活気(ライブ感)などのCXは作れないと思います。

高いCXでお客さまからお褒めの声が入ったとします。そうすると従業員は貢献できた喜びや誇り、やりがいを感じて、「もっと高いCXを提供したい」と考えることでしょう。するとモチベーションが上がり、もっとおいしいうどんができたり、もっとお客さまの想像を超える感動体験をつくれたりして、さらにCXが高まり、またEXに落ちていきます。そんな螺旋階段のように価値が上がっていくのが「丸亀スパイラルモデル」です。まずEXを起点にしつつEXとCXの両方をスパイラルアップさせる。それが、我々マーケティングの果たすべき役割であり、このスパイラルモデルが軌道に乗りさえすれば、あとは持続的な業績向上へと自走していくと思います。

図解提供:株式会社トリドールホールディングス

また、スパイラルモデルを自走させるために必要な施策の1つが、お客さまのお褒めの感情を可視化した「丸亀KANDOスコア」です。お客さまが抱いた食後の感情などの評価を直感的にタップしていただくことで、そのスコアを翌朝お店で見られるようになっています。それがまた従業員の内発化につながってモチベーションを上げ、もっと頑張ってくれるきっかけになると考えています。

ほかにも従業員の内発化を促すことをテーマにしたアニメーションを作りました。それなりのコストがかかりましたが、それでも実際に内発化へいい影響を及ぼして業績に反映されつつある手応えを感じています。

麺職人制度も効果的な施策です。今約1700人くらいの麺職人がいるのですが、それぞれの思いをインタビュームービーにして丸亀製麺のWebサイトやソーシャルメディアで発信しています。今100人くらいの撮影を終えました。それをお客さまに見ていただき、「インタビュームービーを見ましたよ!」「〇〇さんがつくった麺はおいしいですね!」と言われたら、やはりモチベーション向上や、やりがいにつながりやすいと思います。

そうした施策がEXになり、高いCXにつながって業績利益になって返ってくると信じていますし、実際に実現しつつあるところです。

――EXとCXがスパイラルに上がっていく仕組みによって、単年ではなく持続的な成長を目指すわけですね。

自走して持続的に高まっていくようなモデルができれば、勝ち続けられると思いますし、EXとCXが共に高く、業績が好調なら「丸亀うどーなつ」(※)のような新しい挑戦も可能になります。従業員のモチベーションが高いと、新しい挑戦を提案したときも「楽しそう!」「みんなで頑張ろう!」という反応が返ってきます。一方、モチベーションが低いと「この忙しいときに、なぜそんな大変なことをするの!?」となりがちです。そういうところでもEXの重要性を感じます。

※丸亀製麺が6月25日に発売。丸亀製麺のうどんの特長であるもちもちの食感を活かし、発売からの3週間で300万食を突破する人気ぶり。

マーケター採用時に重視する3つのポイント

――わかりました。ありがとうございます。次に、南雲さんが考える良いマーケター、優れたマーケターのタイプを教えてください。

持続的に成果を出せる人が良いマーケターだと考えます。成果とは、会社と約束した成果であり、株主様らステークホルダーの皆さまと約束した成果です。しかも1年だけでなく、毎年持続的に成果を出し、成長し続けることが重要です。単年だけならできることも多いし、さほど苦ではありません。しかし、毎年持続的に成果を出し続けるとなると短期的な戦略や戦術は通用せず、本質的なマーケティングに取り組む必要があります。当然、外的要因も増えてきますので、難度は高めです。それでも持続的に勝ち続けられるのが優れたマーケターだと思います。

――関連して、マーケターを採用するときのポイントを教えてください。

大きく3つあります。1つめはスピード感です。スピードにも考えるスピード、意思決定するスピード、手を動かすスピードなどいろいろな種類があり、センスもあると思います。

私はスピードは価値であり、仕事をする上でとても大切なポイントだと考えています。トリドールのように成長する会社はスピード感を重視してアジャイルに仕事を進めるので、そのスピード感に付いてこられるかどうかは重要です。中にはスピード感のある仕事が苦手で、「私はもっとゆっくり、じっくりといきたいです」と言う人もいます。そういう人とは価値観が合わないので、トリドールでは難しいかもしれません。

2つめは食が好きかどうか。食への強い興味は外食産業で働く上で大切なことだと捉えています。私も食べるのが大好きで食べ歩きもしますし、家族を連れて外食に行きます。土日も自分で外食に行くくらい好きです。

この「スピード感」と「食が好き」の2つがいわゆるカルチャーフィットです。スキルや実績も見ますが、いくら前職で優秀でも、カルチャーフィットしない人と長く一緒に働くのはなかなか難しいと思いますので、採用時のポイントとして重視しています。

3つめはやりきれるかどうかです。知っているのと実行できるのは違います。「それ知っています」と言う人は結構いるのですが、中には知識が豊富でも評論家みたいなことを言うだけで、実践ではあまり力を発揮できない人もいます。

また、「やったことがある」だけでも不十分で、最後までやりきってきた人かどうかを見ます。プロジェクトを立ち上げたり、施策を担当したりしても思い通りにいかず、うまくいかないことはたくさんあります。そんなときに簡単に投げ出すのではなく、意志の強さや粘り強さを発揮して営業部など他の部門とコミュニケーションしながら改善策を立て、成果が出るまで実行してきたかどうか。そんなやりきる力を私は高く評価しています。

――胸に響きますね。次に、社内のメンバーからの信頼獲得について聞きます。CMOや本部長になるにはマーケターとしての実力だけでは不十分で、社内のメンバーから信頼される必要があると思いますが、これを苦手にしている人が結構います。南雲さんがこれまで心掛けてきたことはありますか。

私は一貫して自分なりの将来の絵やマーケティングの未来、我々が目指すべき未来の姿を描いてみんなに示すようにしています。その上で「目指すべき世界に向かって、我々は他社とは異なる唯一無二のマーケティングをする」という思想を自分の言葉でパッションを持って伝えています。ちょっと暑苦しいと思うメンバーもいるかもしれませんが、私は外食産業の中で一番マーケティングができるチームを作りたい。同時に外食産業の中で一番成果を出せるのは南雲だと認識されたいし、評価されたいと思っています。トリドールこそが外食産業のマーケティングの未来を作るチームであると常々言うようにしています。

――数字だけではメンバーは付いてこないですよね。

「予算が〇〇だから、まず目の前の数字を上げるように」と言うのも大事ですが、我々は一瞬勝つだけでなく、持続的に勝つ必要があります。だから志をもっと高く持って、外食のマーケティングの未来を変えようと伝えています。

また、忙しくてあまり話す時間がないとはいえ、早朝でも夜でも土日でも、いつでも対応するから私のスケジュールが空いているところにどんどん予定を入れてくるようにと言っています。

あとは「聞いてないぞ」「なぜ私を通していないのだ!?」と言わないようにしています。むしろお客さまやブランド、会社にとって正しいことであれば、遠慮なくやってほしい。大きなお金を使うときは私の承認が必要ですが、それ以外のところでマイクロマネジメントをしても、私が目指すスピード感のあるマーケティングの成果にはつながらないと思います。自分なりに勉強しているとはいえ、それでも全部自分を通していたらやはり私のバイアスがかかることは避けられません。戦略は私がつくって方針は伝えてありますから、あとは良いと思うことはどんどん進めてもらいたい。そのほうがスピードとスケールが上がって、ダイナミックなマーケティングにつながりやすいと思います。

CMOを目指すために必要な学びと努力

――皆さんにお聞きしているのですが、市場価値の高い人材になるために頑張ったことがあれば教えてください。

初めに申し上げましたコナミスポーツ勤務時代の上司との出会いによって、プライドを捨てることにしました。以前は自分が一番できる、自分の考えていることが正しいと思っている時期もありましたが、今ではわからないことが出てくると、素直に「わからないから教えて」「あとはよろしく頼む」と言うようにしています。プライドを捨てて、自分の戦略に固執するのではなく、目的に対して正しいことを選択する。自分がつくった戦略やストーリーより他の誰かが提案しているもののほうが優れていると感じたら、迷わず他の人の案を選べるように自分が変われたことは1つ挙げられると思います。

もう1つは、自分は天才型ではなく、努力、努力で来たタイプなので、今どきではないかもしれませんが、インプット・アウトプットともに時間を掛けてきたことだと思います。今も常にマーケティングのことを考えています。オンオフ関係なく、旅行に出かけても、外を歩いていても「何かヒントになることはないか」とアンテナを張ります。自分はまだまだと思っているから努力することをやめないし、もっともっとマーケティングができるようになりたいから普通の人より頑張ってこられた気がします。それくらいの努力量を積み重ねないと、人に勝てないし自分の価値もつくれないと考えて、今も向上心を強く持っています。

――最後にCMOを目指す若手マーケターに先輩CMOからアドバイスをお願いします。

CMOになりたいなら、マーケティングはもちろん、財務、ファイナンスなど経営全般を理解するのが重要です。私はビジネススクールでMBAを取得したときに経営について勉強できたことが今も生きています。マーケティングで数字を上げることだけではマーケティング本部長、部長に留まりますが、経営全体を俯瞰して理解し、そこから全社視点でミッションを果たし、成長し続ける戦略と未来の姿を描けることがCMOには必要です。

もう1つは好奇心と向上心を持って、努力し続けることです。先ほど自分もまだまだと言いましたが、上には上がいます。時代のスピードは速いですから、時代に求められるCMOになるためには、常に努力してアップデートし、最新情報だけでなく先行事例などからも学んで全て把握した上で、今取るべき最適な戦略と戦術をつくる必要があります。そのためにはプライドを捨て、好奇心と向上心を持って努力を続けていくこと。それがCMOへの道へとつながっていくと思います。

――本日はありがとうございました。

Profile
南雲 克明(なぐも・かつあき)
株式会社トリドールホールディングス 執行役員 CMO
兼 KANDOコミュニケーション本部長
兼 株式会社丸亀製麺 取締役 マーケティング本部長
新卒でオリックス自動車に入社後、コナミスポーツ、サザビーリーグへ転職。2014年に早稲田大学大学院でMBAを取得。その後、外食企業や小売企業を経て、2018年トリドールホールディングス入社、現在に至る。
「感動ドリブンマーケティング」を推進し、ビジネスと企業価値の持続的な成長に取り組む。

記事執筆者

早川巧

株式会社CINC社員編集者。新聞記者→雑誌編集者→Marketing Editor & Writer。物を書いて30年。
X:@hayakawaMN
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