1990年代の洋楽シーン【グランジ】パール・ジャムを忘れるな!ニルヴァーナだけじゃないぞ
リレー連載【1990年代の洋楽シーン】vol.3 グランジ
1990年代、ついこの前のことのように思ってしまうのは私だけだろうか? しかし実際は30年も前の話なので、当時のポップミュージックはすでに音楽史の出来事として語られるべき対象ともいえる。こうした背景を鑑み、Re:minderでは【1990年代の洋楽シーン】と題し、代表するアーティストやその作品をシリーズで取り上げていく。
ロックの初期衝動を取り戻したグランジ
グランジとは、1989年頃からアメリカのシアトルを中心に始まったムーブメントで “薄汚い” を意味する “grangy” という形容詞が名詞化して定着した、ロックのジャンルである。
ファッションとしては履き古したジーンズにネルシャツという普段着スタイルで、ガレージパンクとハードロックの中間をいくような轟音ギターがノイジーに響くサウンドが特徴だ。歌われる内容も個人の葛藤や社会との軋轢などを弱者の視点から取り上げている歌詞が多い。
音楽やファッションのスタイル、歌詞に込められたメッセージからも、グランジは1980年代に隆盛を極めた産業ロックやヘア・メタルへの反動として作用した。その結果、ロックが再び初期衝動を取り戻すことに成功したムーブメントでもあった。こうした初期衝動は、若者から大きな支持を集め、アメリカではカレッジラジオを中心に大きな盛り上がりを見せた。
ニルヴァーナやパール・ジャム、サウンドガーデン、ダイナソーJr.、マッドハニーといったバンドがシーンを先導し、これに注目したメジャーレーベルもこれらのバンドたちと契約し、より大きな注目を集めるようになっていった。そして、極めつけは何と言ってもニルヴァーナのアルバム『ネヴァーマインド』が大ヒットし、全米チャート1位を獲得したこと。これによりグランジの人気は全世界で一気に爆発したのだ。
ニルヴァーナだけじゃない!グランジを代表するバンド=パール・ジャム
ニルヴァーナと共にグランジ・シーンの双璧をなしたバンドがパール・ジャムだ。パール・ジャムは、パンクやガレージよりも古典的なハードロックやアメリカンロックの要素を多く含んでいたため、デビュー当時は、グランジの持っていた先鋭性が希薄だと揶揄されることも多かったが、1991年8月にリリースされたデビューアルバム『ten』は、1年をかけて翌年の8月に全米チャート2位を記録し大ヒット。
しかし、その内容は、モッサリとした演奏が、カリスマ性満点のエディ・べダーのボーカルと上手く融合できていないなど、課題を残す内容と言わざるを得なかった。それでもアルバムが大ヒットした理由は、折からのグランジブームの後押しと長期間にわたるツアーでファンベースを築くことに成功した結果だった。
セカンドアルバム「vs.」で大きく飛躍
続くセカンドアルバム『Vs.』は1993年10月にリリースされ、全米チャート初登場1位を獲得し、その座を5週間守った。その作風もデビューアルバムの課題を克服することに成功しており、古典的なロックのモッサリしたビートがかなりビルドアップされ、疾走感あるハードな曲からミドルテンポの曲までバンドの演奏は格段に迫力を増し、エディのボーカルとも見事に融合している。
その音像はロックバンドが目の前で演奏しているような生々しいライブ感溢れるもので、併せて、70年代ロック風の古典的なメロディーの楽曲でも懐古趣味に陥ることなく、アップデートされている。格段の成長を成し遂げた理由として、本作でドラマーがデイヴ・アブラジーズに変わったことが挙げられる。もともとファンク系のバンドで叩いていた凄腕ドラマーのデイヴが、バンドにしなやかなグルーヴと強靭なビートをもたらしたことで大きな進歩を遂げることに成功したのだ。
併せて、プロデューサーもレッド・ホット・チリ・ペッパーズの『ブラッド・シュガー・セックス・マジック』でミキシングを務めたブレンダン・オブライエンが担い、レッチリのグルーヴィーな演奏を生々しく音源に刻み込んだ手腕が本作にも存分に活かされている。こうしてセカンドアルバム『Vs.』でパール・ジャムは古典的なロックバンドの魅力を失うことなく、グランジの先鋭性も併せて獲得することに成功した。
力強いロックバンドの音を鳴らし続けているパール・ジャム
この後、グランジはシーン最大のアイコンであるニルヴァーナのカート・コバーンを自死によって失う。また、メジャーレーベルによる青田刈りは更に進行し、さほど実力が伴わないバンドまでデビューさせたことで勢いを失ってしまった。しかし、アメリカの地方都市で商業性に左右されずに自由に音楽を作るアーティストたちが注目される土壌を築いたことで “オルタナティブロック” という概念が一般的に認知されるようになったことは、グランジムーブメントの最大の功績だったといえるだろう。
そして、パール・ジャムもグランジ・ムーブメントの衰退と同時にノイジーな演奏は影を潜め、大人のロックバンドとして深みを増した演奏を聴かせるようになっていく。歌われる歌詞も哲学的なテーマが取り上げられるようになり、初期衝動は失われていくが、どのアルバムも聴き応えある作品をコンスタントにリリースしていく。しかし、円熟の時代は突然に終わりを迎える。2013年にリリースされた10枚目のアルバム『ライトニング・ボルト』では、再び荒々しい演奏が蘇る。
その傾向は、2024年にリリースされた現時点での最新作『ダーク・マター』でも継続されており、キャリアを積み重ねたバンドが激しくロックしつつも、懐の深さが同居した抜群にバランスの取れた傑作となっている。歌われる歌詞も政治的なメッセージが強く反映されており、デビューから34年が経過した大ベテランバンドであるにも関わらず、攻めの姿勢を貫き通すロックバンドとしてのあるべき姿にはカッコ良いを通り越して、尊敬の念さえ抱かせるほどだ。
パール・ジャムは真っ当すぎるほどに力強いロックバンドの音を鳴らし続けている。