【2025年版】最低賃金過去最大の引き上げ!賃上げが介護業界にもたらす影響と対応策
2025年10月、最低賃金が過去最大の引き上げへ
執筆者/専門家
脇 健仁
https://mynavi-kaigo.jp/media/users/22
令和7年10月1日の最低賃金改定の目安が発表されました。引上げ率に換算すると6.0%の予定で、目安制度が昭和53年に始まって以来、令和6年度の過去最高の改定(引上げ率5.1%)をさらに上回ることになります。※1
政府は「経済財政運営と改革の基本方針2025」(内閣府)において、2020年代のうちに最低賃金を1,500円に引き上げることを目標としています。※2「賃上げこそが成長戦略の要」とし、約30年続いたコストカット型経済からの脱却を目指しています。
今後も最低賃金の引き上げは、政府の方針が変わらなければしばらく継続する予定です。
※1:厚生労働省令和7年度地域別最低賃金額改定の目安について
※2:内閣府経済財政運営と改革の基本方針2025
【参考】2025年10月 地域別最低賃金 全国一覧(予定)
※参照:厚生労働省令和7年度 地域別最低賃金 全国一覧をもとに作成
介護職にとっての最低賃金改正の影響
では、2030年までに最低賃金が1,500円になるかもしれない未来を、私たち介護事業に関わる者はどのように捉え、どう向き合うべきでしょうか。
介護従事者のメリット
最低賃金が上がることで、給与が上がる方もいらっしゃると思います。介護従事者の給与水準自体は上がっていますが、国税庁が発表した令和5年分民間給与実態統計調査によると、介護従事者の平均年収は全産業平均年収と比較して約56万円の格差があります。※
最低賃金に近い水準で働いている介護職員もいる状況で、最低賃金が上がれば、それに合わせて賃金上昇が期待される方もいるでしょう。賃金が上がれば、人材の定着や離職率の低下につながるという意見もあります。
※国税庁令和5年分 民間給与実態統計調査
物価上昇と実質賃金
※総務省2020年基準 消費者 物価指数 「全国 2025年(令和7年)8月分
※厚生労働省令和2年度介護従事者処遇状況等調査結果の概要
※厚生労働省令和6年度介護従事者処遇状況等調査結果の概要をもとに作成
しかし、物価上昇と比較した実質的な上昇率はどうでしょうか?
2020年基準の全国の消費者物価指数2025年8月分は、2020年を100とすると112.1となっています。※1
一方で、2020年9月の介護従事者の平均給与は325,550円で、2024年9月で338,200円となり、103.8%の増加にとどまっています。このことから、物価上昇に介護職の賃金上昇が追いついていないということがわかります。※2・※3
物価と比較しても、他産業と比較しても、介護従事者の賃金は増えてはいるけど追いついていないため、現在では離職率の低下というデータはありますが、このままでは人材定着の低下、離職率の向上もあり得るため楽観視できないと考えます。
※1 総務省2020年基準 消費者 物価指数 「全国 2025年(令和7年)8月分」
※2 厚生労働省令和2年度介護従事者処遇状況等調査結果の概要
※3 厚生労働省令和6年度介護従事者処遇状況等調査結果の概要
最低賃金改正のデメリット
最低賃金に近い水準の職位にある人の賃金上昇が望める反面、水準が最低賃金より上に職位がある介護従事者にとっては、賃金上昇が見込みにくい構造があるため、公平性を感じられなくなる可能性があります。
現在の介護従事者は処遇改善加算によりキャリアパスなどを設定していますが、介護報酬は3年に1回の改定となっており、経験年数や能力、資格などに応じた給与体系を整備していきます。しかし、介護報酬が変わらない限り多くの職員は賃金上昇に結び付きづらいのです。
同じ職場で仕事をしていて、賃金が上がる人と上がらない人が出てくると、職場内で不満が出てくる可能性が高いのです。
介護事業経営者にとっての最低賃金改正の影響
経営者のメリット
この最低賃金の改定は、処遇改善を実施できるタイミングに恵まれたと考えることができます。処遇改善を実施することは、人材定着や採用率への好影響につながります。
このタイミングで自法人の給与規程の在り方をもう一度見直すチャンスが生まれたと考えればメリットかもしれません。
経営者のデメリットと課題
一方で、人件費を上げるには、その原資となるものが必要です。介護報酬の次の改定は令和9年度です。それまでに人件費を捻出するためには、売上を上げるか、人件費以外の経費を削減するかが必要になります。
売上を上げるためには、ベッドの稼働率を上げることや、訪問件数やケアの件数を増やすこと、様々な加算を積極的にとりに行くことなどが考えられます。しかし、急に売上を伸ばすことは現実的には難しいかもしれません。
そうすると人件費以外の経費を削減する方向になると思いますが、こちらも5S活動※などにより「ムリ・ムダ・ムラ」を無くしていく努力を続ける必要があります。すでに取り組んでいる事業所も多いでしょうから、急な改善は難しいかもしれません。
また、最低賃金が上がることで、介護従事者が自分たちの賃金が上がるかもしれないという期待感を持ちますが、なかなかその通りにいかないし、少し処遇改善できたとしても、他産業との比較では給与水準の差が広がっている現実もあるため、本当に大変なかじ取りを担うことになります。
※5S活動:「整理(Seiri)」「整頓(Seiton)」「清掃(Seisou)」「清潔(Seiketsu)」「しつけ(Sitsuke)」の5つの言葉の頭文字から取られた、職場環境を改善するための活動を指します。
利用者さんへの影響と今後の課題
利用者さんのメリット
賃金を改善するために加算取得などに取り組むことは、結果として介護従事者のサービスの質を向上させることにつながるため、良い影響があります。
また、人材定着率が上がれば、サービスの質の向上に繋がることが考えられます。
利用者さんのデメリット
介護施設が様々な加算を取得するようになることで、利用者さんの支払う負担額が増えることがあげられます。
負担を不満に感じさせないために、介護事業所はサービスの質の向上をしっかりと行う必要があります。
2030年に向けて介護事業者が取るべき戦略
このような状況の中で、私たち介護従事者や介護事業経営者は、2030年までをどのように乗り切ればよいのでしょうか。 私の見解としては、自分たちの強みを活かしたビジネス展開に舵を切ってみることを提案いたします。
今後、人口減少が進む中、少子高齢化もしばらくは続くことが予想されています。介護保険の財源である社会保障費は、現役世代の減少により財源は少なくなっていくので、限られた財源の中でできることは何かと国は考えていると思います。
財源が減り、対象者は増えるわけですから、今までの利用方法より、利用する対象を狭めるか、利用するサービスを減らすか、財源確保のために税収を上げるかという選択が迫られています。税収を上げるという部分はなかなか難しいと思われるため、利用する対象を狭めるか、利用するサービスを減らすかになってくることが予想されます。
そこで、私たちは高齢者の支援をするにあたり、高齢者の心身の特徴や、生活の困りごとやその解決策、社会背景を知っているという強みがあります。
これらの強みを活かして、介護保険事業では対応しきれない介護保険外でのサービスを充実させていくという方法が良いと思います。
介護保険外サービスの可能性と地域密着型の展開
介護保険外サービスも、有名な事業所が先行事例としてうまくいっているから同じことをしようという考えではなく、まずは地域に出て、地域活動に参加することから始めてほしいと思います。それぞれの地域での困りごとは違うはずです。
私は茨城県ですが、東京都の高齢者の困りごとと、茨城県の高齢者の困りごとは、生活環境が違うので、当然ながら違いが出てきます。それぞれの事業所の地域の高齢者が何に困っていて、何を求めているのかを、私たちがしっかりとキャッチし、自分たちの強みを活かしたサービスが展開できると良いと考えます。
介護保険サービスにきちんと線引きをしたうえで、プラスアルファとしての自費サービスを提供することで、利用者さんのQOLも上がり、介護従事者がやりたいと思っている介護が実現できるかもしれません。今一度、介護保険の枠から外れた視点で、自分たちの組織の強みを見てみませんか。
まとめ:介護職の価値向上と持続可能な経営のために
本来の賃金アップの理想は、そのサービスや仕事の需要が増え、価値が高まり、収益が上がることで人件費が上がる形ではないでしょうか。
私たちの介護保険内のサービスの価値は国によって介護報酬という形で決められています。しかし、私たちの介護の価値は、介護報酬だけでは表せないと感じています。
その部分を例えば、PPM分析やSWOT分析※を用いて、きちんと自組織の特徴や置かれている環境を言語化し、戦略を立てて、自分たちの介護を地域にとって価値を高めていくという挑戦に繋げていきましょう。
※PPM分析:事業やサービスを「市場成長率」と「市場占有率」の2軸で分類し、資源配分や戦略を考える手法です。介護事業の場合、どのサービスに力を入れるべきかを判断するのに役立ちます。
※SWOT分析:自社や事業の「強み(Strength)」「弱み(Weakness)」「機会(Opportunity)」「脅威(Threat)」を整理することで、現状を把握し、戦略を立てるためのフレームワークです。介護事業の特徴や課題を明確にするのに活用できます。
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