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アニメ“逃げ若”の余韻に浸りつつ「中先代の乱」ゆかりの地へ<逃げ上手な幼き北条家惣領と鎌倉・参>

さんたつ

逃げ若

アニメ『逃げ上手の若君』は、去る2024年9月28日の放送で最終回を迎えた。漫画も楽しんでいる人にとっては、まだ序の口もいいところ、肝心要の戦いの手前で終わってしまい、気分は不完全燃焼、といったところだろう。シーズン2、シーズン3への期待を込めて、今回の「逃げ若紀行」まとめをお届けしたい。アニメではまだ扱われていない年代の話になるので、多少のネタバレはお許しを。

鎌倉奪還への最後の試練、井出沢の戦い

建武2年(1335)6月、公卿の西園寺公宗が後醍醐天皇暗殺を企てた。しかし事前に発覚してしまい、公宗は捕えられてしまう。その前に公宗は、各地の北条氏残党に蜂起を呼びかけていた。これに応じ信濃国(現・長野県)では、鎌倉幕府最後の得宗・北条高時の遺児・時行を匿(かくま)っていた諏訪頼重が挙兵。

それに望月氏、保科氏、四宮氏といった信濃の国人たちが加わって、信濃国守護の小笠原貞宗の軍と激突した。その間に北条軍が信濃国府中(現・松本市)に攻め入り、国司を攻め滅ぼしてしまう。

アニメではこの前に起こった、信濃でのローカルな戦いまでしか描かれていない。

信濃で勝利を収めた時行軍は、鎌倉を目指して進軍を開始。この時、鎌倉までの最短コースを選ばずに、あえて関東地方を大回りして、天皇親政に不満を持つ多くの武士を味方につけながら進軍した。現在の地名で追うと東京都東村山市、埼玉県日高市、同所沢市、東京都府中市などを転戦。各所で足利軍を撃破し、味方を増やしていく。

鎌倉にいた足利尊氏の弟・直義は自ら出陣し、迎え討つために待ち構えていた。その地である井出沢(いでさわ)は、今の東京都町田市にある。古戦場跡は小田急線町田駅から徒歩25分ほどの場所。ということで、鎌倉周辺散歩の前に、町田で“ひと戦”することに。

井出沢(いでのさわ)古戦場の菅原神社。今も広い境内を持つ。

小田急線の町田駅では北側にでて、線路に沿って新宿方面にしばらく歩く。

商店街を貫く市道町田772号線を道なりに15分ほど歩くと、今では立派な車道となっている鎌倉街道にぶつかる。街道を渡り右手に進むと、菅原神社の前に出る。ここの境内の南側の端に、「井出の沢古戦場」の碑が立っている。

本殿の裏手、南の端に立つ古戦場跡の碑。

大きな神社にもかかわらず、今では住宅地に埋もれたようになっているが、この神社とすぐ近くにある町田市立体育館、および市営グラウンド付近が戦場であったと伝えられている。神社の境内から付近を眺めると、起伏に富んだ地形をしていることが今でもわかるほど。北条方はこの地勢を上手に利用し、足利軍に勝利したのでは、と思われた。

周辺は住宅が広がるが、起伏に富んだ土地なのはわかる。
神社の裏手はかつて砦が置かれていた雰囲気が残る。

そしてここには殿ノ城という砦が、鎌倉時代から南北朝時代にかけてあったようだ。とくに遺構は何も残されていないが、周囲を見渡せる丘という立地条件は、鎌倉街道に睨みを利かすのに最適だったであろう。

静かな雰囲気が残る北条氏ゆかりの寺

井出沢の戦いに勝利した北条時行の軍は、いよいよ念願の鎌倉奪還に成功する。

この辺りは今回のアニメではまだ描かれていなかったが、漫画では念願の鎌倉入りを果たす時行が、その行程の途中に北条氏ゆかりの古刹に立ち寄るシーンが登場する。

そのひとつが、鎌倉中心地の北側に位置する常楽寺だ。嘉禎3年(1237)に、三代執権の北条泰時が義母の供養のために建てた粟船御堂がその前身。この古刹へはJR大船駅からバスを利用するケースが多いが、歩くのがおすすめ。大船の商店街を抜け、ほぼ一本道で門前の到着できる。

茅葺の山門が格調の高さを感じさせる常楽寺。

大船住宅前バス停を過ぎると、間もなく左手に参道が現れ、奥の方に山門が見える。かつての常楽寺はかなり広大な敷地を領していたらしいので、参道の両側にある住宅地も、昔は寺領だったのかもしれない。

山門を抜けると、正面に仏殿が見える。現在の仏殿は、棟木から元禄4年(1691)に建立されたことが判明している。仏殿の正面には本尊の阿弥陀三尊が祀られていて、天井は鏡天井で、そこには狩野雪信作の雲龍が描かれている。鎌倉の中心部にある寺院と違い、閑静な雰囲気を心ゆくまで味わえた。

そしてここには、建立者である北条泰時と、木曾義仲の嫡男・義高の墓もあるので、鎌倉の歴史に興味のある人は見逃せない。

山門を抜けると正面に仏殿が見える。

重厚な鎌倉五山筆頭から鎌倉のシンボルへ

常楽寺と同じように、漫画で触れられているのが建長寺だ。建長5年(1253)に第五代執権北条時頼が、宋から高僧の蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)を迎えて創建した日本初の禅宗専門道場。幕府との結びつきも強く、鎌倉五山の第一位となっている。鎌倉時代の末頃には、寺には僧や寺男など、千人近い人が暮らしていた。鎌倉の古刹巡りでは、欠かせない寺院である。

最初にくぐる建長寺の天下門。広大な敷地なので余裕をもって訪れたい。

建長寺の先の巨福呂坂(こぶくろざか)切通しを越えれば、鶴岡八幡宮脇に出る。現在の巨福呂坂はトンネルになっているが、かつては西側の山中を越えていた。今も途中までは道があるが、残念ながら通り抜けはできない。

鶴岡八幡宮は治承4年(1180)、鎌倉入りを果たした源頼朝が、先祖の源頼義が由比ヶ浜近くに勧請した鶴岡宮をこの地に遷座したのが始まり。鎌倉武士にとってこの宮は精神的支柱、団結のシンボルであった。

鎌倉奪還を叶えた時行が、ここに立って眼下に広がる鎌倉の街並みを眺めたであろうことは、容易に想像できる。鎌倉観光に欠かせないスポットのひとつだが、視点を変えてみると見える風景も違ってくるはずだ。

鶴岡八幡宮から鎌倉市街方面を望む。空気が澄んだ日は海まで見渡せる。

次なる物語に欠かせない場所へ向かう

ここからは、さらに「先」の話だ。

『逃げ上手の若君』は漫画なので、フィクションではある。しかし史実がベースになっているため北条時行がその後、どのような運命を辿ったのかは知ることができる。コミックスは2024年10月現在、17巻まで刊行されていて、中先代の乱も終わっている。

鎌倉を奪還した時行であったが、京から足利尊氏が進軍。尊氏軍は連戦連勝で、時行が鎌倉を抑えていたのは、わずか20日ほどであった。

尊氏軍との戦いで鎌倉は陥落。

諏訪頼重以下、主だった者は勝長寿院で自害した。

しかも人物が判別できないよう、顔の皮が剥ぎ取られていた。その中には子供の体もあり、尊氏軍は時行のものと考えた。

道の脇にひっそりとたたずんでいる勝長寿院跡の碑。

勝長寿院は現存しておらず、跡地は住宅地の傍にひっそりと建つ碑が示してくれるだけだ。

場所は鶴岡八幡宮から金沢街道を朝比奈方面に向かい、岐れ路(わかれみち)の交差点の先にある大御堂橋信号を右に入る。滑川(なめりがわ)を渡ったら左へ向かい、次の路地を右に入る。住宅が立ち並ぶ道を100mほど進むと、左手に碑がある。

道は続いていないが、ここから北条高時らが切腹した東勝寺は、樹木に覆われた小さな丘に隔てられているだけ。直線距離にすると、わずか250mほどだ。この付近は、北条氏関連の悲劇が満ちている。

右手の奥に見える丘の向こうが東勝寺跡。

鎌倉陥落から逃げ延びていた北条時行は、その後は後醍醐天皇方に加わり足利尊氏討伐の戦いを続けている。そして北畠顕家(きたばたけあきいえ)とともに、再び鎌倉奪還のため、その身を戦いの中に投じていく。

これ以上のネタバレはさすがに気が引けるので、勝長寿院跡まで足を延ばしたら、この先はぜひ立ち寄りたい古刹紹介にとどめておきたい。

ぜひ巡りたい“逃げ若”関連の古刹

まずは杉本寺。鎌倉幕府が開かれる約450年前の天平6年(734)に創建された、鎌倉で最も古い寺だ。今は上ることはできないが、本堂へと続く苔むした鎌倉石の階段は眺めるだけで歴史を感じられる。

もうひとつが、境内にある孟宗竹の林で知られている報国寺。足利尊氏の祖父・家時が創建したと伝わる名刹だ。杉本寺から5分ほどなので、併せて訪ねたい。

杉本寺の残る苔むした階段。今は歩行禁止で脇の石段を登る。
竹の庭で知られる報国寺。抹茶がいただける茶店もある。

最後は江ノ電に乗って訪れるのが便利な寺院。

江ノ電が腰越駅を後にして、自動車との併用軌道を走り江ノ島駅が近づくと右手に大きな仁王門が見えてくる。

それが日蓮宗の瀧口寺だ。

路面電車区間を走る江ノ電。左手に瀧口寺がある。
江ノ電からも見える立派な仁王門。

あるとき鎌倉幕府の命により、日蓮上人はここで処刑されそうになった。

だが執行直前に、江の島から大きな玉のような光りものが飛んできて、役人がひれ伏してしまい、刑は中止されたと伝えられている。

瀧口刑場跡の碑は仁王門の脇にあり、ここでは多くの罪人が処刑されている。

瀧口寺の仁王門脇にある瀧口刑場の碑。
実際に刑場があった場所は不明となっている。

『逃げ上手の若君』のファンにとってもここは見逃せない場所、とだけお伝えしておきたい。

取材・文・撮影=野田伊豆守

野田伊豆守(のだいずのかみ)
フリーライター・編集者
1960年生まれ、東京都出身。日本大学藝術学部卒業後、出版社勤務を経てフリーライター・フリー編集者に。歴史、旅行、鉄道、アウトドアなどの分野を中心に雑誌、書籍で活躍。主な著書に、『語り継ぎたい戦争の真実 太平洋戦争のすべて』(サンエイ新書)、『旧街道を歩く』(交通新聞社)、『各駅停車の旅』(交通タイムス社)など多数。

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