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西田敏行さんを偲んで。ハマちゃんの東京を歩く【『釣りバカ日誌』全22作さんぽ 特別編】

さんたつ

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2024年10月17日お昼前、テレビでは各局一斉に臨時ニュースが流れた。俳優・西田敏行さんの訃報だ。どの報道番組でも西田さんの出演作のひとつとして取り挙げていたのは『釣りバカ日誌』シリーズ。西田さん自身、「普段から《ハマちゃん》と呼ばれることも多い」と語るほど、自他ともに認める代表作だ。そんな「釣りバカ」ゆかりのスポットは東京には多くある。訃報の直後、映画の名シーンに、そして稀代の名優の人懐っこい人柄に思いを馳せながら歩いてみた。

はじまりの地~品川浦

「東京だって海岸よ。海のへりよ。魚さんだっているんじゃない?」

そう。俳優・西田敏行の代表作にして全22作におよぶ日本映画最後の喜劇シリーズは、愛妻・みち子さん(演:石田えり)のこのひと言が背中を押して、ハマちゃん夫妻が東京に移り住むところからすべてが始まる。

それってどこ?

シリーズ通して、ハマちゃん宅の所在地はバラツキがあるが、夫妻が上京してはじめて住んだ町は、京急本線・北品川駅近くの品川浦。ときに「北品川の船だまり」とも呼ばれたりする旧漁港だ。

江戸の昔から豊富な水揚げを誇る漁場で、海苔の養殖も盛んだった品川浦。残念ながら1957年以降、漁は行われていないが、今では釣り船や屋形船の船だまりとして利用されている。さながら大都会・東京の漁師町といった様相だ。

北品川駅を出て、踏切を渡って旧東海道を越えると、下り坂の先に品川浦が見えてくる。運河にかかる小さな橋の上からはその全景が見渡せる。浦の奥、北岸に並ぶマンションの1つがハマちゃん宅だ。そうそう、たしか引っ越してすぐに「合体」してたっけ。もう、好きね~。

でもこのエリアで「釣りバカ」ファンとして見逃せないのは他人様の「合体」ではない。それは足元、筆者がいま立っているこの北品川橋だ。

品川浦に架かる北品川橋。大正末期に築かれた石橋。関東大震災の復興事業の一環か。

ハマちゃんもスーさん(演:三國連太郎)もお互いの素性をまだ知らない頃、スーさんの釣り初体験に際し、2人が待ち合わせたのがここ。スーさんが傍らにたたずんでいた石造りの擬宝珠(ぎぼし)も公開当時のまま。まさに「釣りバカ」はじまりの地の記念碑だ。訪れた当日も何人かの散策客が興味深そうに風情を楽しんでいた。おっ、おたく、さしずめ同好の輩だな。

しばらく橋にたたずんだ後、まあるい擬宝珠に掌をかざし、2人の名優に思いを馳せてみる。「釣りバカ」ファンからのささやかな供養として……。

かつては漁場だった品川浦。今は旧東海道歩きの名スポットだ。ちなみに『男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎』 では、バイク乗りのトニー(演:渡瀬恒彦)のねぐらも、ここの設定。

水際に深い家族愛を見た!~羽田

「釣りバカ」シリーズは、さまざまな「対比」が織り成すドラマだ。たとえば、都会と釣りスポット、会社人間と趣味人、経営者とヒラ社員などなど。

なかでも忘れちゃならないのが、仕事と家庭(家族)の対比。もちろん我らがハマちゃんは、絶対的家族愛主義者だ。

そんなハマちゃんの家族愛をヒシヒシ感じられるのが、多摩川河口に広がる羽田。シリーズ中、計9作でハマちゃん夫妻が住んでいた。

羽田と言っても空港エリアではなく、京急空港線・穴守稲荷駅が最寄りとなる。改札を出て北に進み、まずは穴守稲荷にお参り。参拝後、東に抜けると海老取川に突き当たる。川沿いをしばらく進むと弁天橋の先に見覚えのある水際の風景が……。

ここっ! この堤防っすよ!

これこそ「釣りバカ5」で、家から姿を消してしまった愛息·鯉太郎(推定6カ月)が、アクロバティックに堤防をハイハイするあの「鯉太郎ハイハイ堤防」だ。

海老取川に架かる弁天橋付近に設けられている通称「カミソリ堤防」。ここで愛息・鯉太郎がハイハイで動き回る(「釣りバカ5」)。しかし、この風情あふれる景色も改修工事のため、まもなく見納め。

鯉太郎の無邪気な姿と周囲の大人のパニックぶりの対比が微笑ましくもバカバカしい名シーン。とりわけハマちゃんの狼狽ぶりがキョーレツ。でも、この醜態が親の愛なんだと、筆者自身、今となってはよくわかる。

ともあれ、カミソリ堤防にハマちゃんの駿河湾より深い家族愛を感じるのだった。

ほかにも、帰宅するスーさんをみち子さんが見送る弁天橋西詰の川沿いの小道(「釣りバカ4」)、石積の護岸「五十間鼻」(「釣りバカスペシャル」)、多摩川の赤レンガ堤防(「釣りバカ18」ほか)、羽田漁港(「釣りバカ12」ほか)など、映し出されたスポットは枚挙に暇がない。

イノベーションなんちゃらとかいう施設つくってインテリ気取りしてる場合じゃないぞ羽田! ぜひぜひ「釣りバカ」「ハマちゃん」で町おこしを~。

弁天橋西詰近く、海老取川沿いの歩道。「釣りバカ4」で、タクシーで帰るスーさんをみち子さんが見送る道です。
多摩川と海老取川の合流地点にある五十間鼻。急流から岸を保護するために設けられた石積みの構造物。満潮時には水面下に沈む。
赤レンガ堤防。大正から昭和初期にかけて築かれた多摩川の旧堤防で、約1600mにわたって痕跡が残る。ハマちゃんち近くの光景のアクセントとしてさりげなく登場。
多摩川河口に位置する羽田漁港。映画では数作にわたってハマちゃん宅近辺の光景としてチラチラ映る。このあたりは平安時代末期頃から漁が盛んだった。

サラリーマン・ハマちゃんの東京その1~日本橋ほか

趣味人・家族愛主義者としてだけではなく、サラリーマン・ハマちゃんのドラマもあるから「釣りバカ」は奥深い。その舞台として、まず思い起こされるのは彼の勤務先・鈴木建設本社だろう。

本社の所在地は、

○中央区京橋1丁目 昭和通り沿いの某大手食品メーカー本社ビル(ほぼ日本橋エリア)
○港区芝大門1丁目 芝NBFタワー(ほぼ新橋エリア)
○中央区新川1丁目 建物は特定できず(隅田川沿い永代橋近く)

と、自宅同様、作品によってバラツキがある。でもまあ、エリアはそれぞれ隣接しているので、ワンセットで訪ねてみたい。

「結局、単なる建物ウォッチングじゃん」と切り捨てる輩もいよう。しかし、「釣りバカ」ファンとしちゃあ、

「このビルでハマちゃんが懲罰委員会にかけられているぅ」
「このビルのトイレでハマちゃんが毎朝用を足しているぅ」

と想像するだけで気分はアゲアゲ。ぜひ『鈴木建設社歌』を口ずさみながら元気に行こうぜ~!

さて、そんな社屋探訪の際、ぜひ立ち寄りたいスポットが2つある。

まずはいにしえの五街道の起点・日本橋。ここでは橋のたもとに注目してみよう。橋の南詰上流側、ここに「釣りバカ1」でハチ(演:中本賢)の釣り船からハマちゃんが下り立った石造りのスロープが確認できる。自由すぎるサラリーマン・ハマちゃんの真骨頂と言える名シーンだ。

現実的には無理かもしれないが、なんとも爽快ではないか! 筆者もしがないサラリーマン時代、こんな爽快な通勤をするハマちゃんに何度となく憧れだものだ。そう、ハマちゃんはサラリーマンの憧れ、裏ヒーローだったのだ。

日本橋南詰上流側。ここがハチの船からハマちゃんが上陸した地点! このスロープ状の石積みは、そもそも接岸用の設備なのでしょうか?

サラリーマン・ハマちゃんの東京その2~新橋ほか

社屋探訪のついでに寄りたいもう1つのスポット。それは芝大門の社屋にほど近い赤レンガ通り沿いの『御成門 そば作』さん。

ここは営業三課の佐々木課長(演:谷啓)が、給料日翌日の昼に、課員全員に奢るという恒例行事が開かれる店だ(「釣りバカ11」)。

たいそう剛腹な行事だが、佐々木さん自身がキツネそばばかり注文するんで、部下も同価格帯のものしか注文できないというシビアな問題も発生しているようで……。

ハマちゃんに至っては、

「オレたち、ごちそうになる時、キツネとかタヌキとか哺乳類関係が多いんすよ。たまにはさ、魚類ののっかったそばも食ってみたいなあ。たとえば、ニシンとかさあ、エビ天とかさあ……」

と、たまらず直言するほど。

とまあ結局、部下思う心に勝る部下の不満……、なんとももどかしい事態に……。

そんな名シーンを体感すべく、実際に『そば作』さんに赴き、哺乳類系と魚類系の二品のそばを食してきた(わざわざ日を分けて)。

新橋6丁目、赤レンガ通り沿いに構える『御成門 そば作』。付近の勤め人ご用達のそば屋さん。

キツネそば530円は佐々木課長のショボクレた悲哀……いや、慈愛に満ちた味がした。エビ天そば(2本入り)780円は、サラリーマン・ハマちゃんのささやかな憧れの味がした。具や値段は違えどどちらも紛れもない「釣りバカ」の味だ。

名シーン、しみじみ味わわせていただきました。

佐々木課長おすすめのキツネそば530円。
ハマちゃんご所望の海老天そば(1本)690円、(2本)780円。

釣りバカ、ハマちゃん、西田さん

釣りシーンや地方ロケの印象が強い「釣りバカ」シリーズだけど、あらためて見てみると、東京都内もまた名シーンの宝庫なんだな~。気軽に街を歩くだけで映画の感動や世界観が共有できるなんて、もう気持ちは大漁だ。

映画『釣りバカ日誌』(第1作)が公開されたのは1988年12月24日。そのわずか15日後に元号が昭和から平成へと変わる。そして2009年、第22作『釣りバカ日誌ファイナル』でシリーズは終焉を迎える。

つまり、我らがハマちゃんは平成時代31年間のおよそ3分の2を駆け抜け、鬱々と停滞した時代に向けて、ユーモアと愛と元気をもたらした。

そんな平成もいつしか終わり、令和も何年か経ったこの時分、西田さんはふいに長い有給休暇でも取ったかように旅立って行った。

旅先の酒宴の席では、三國連太郎さん、谷啓さんら先客を前に、あのいつもの奇抜な宴会芸を披露しているのかな……。おなじみのシーンを重ね合わせながらつい頬も涙腺もゆるむ。

でもまあ、悲しみに暮れるのはほどほどにしておこうか。

だってハマちゃんは作品のなかに、そして街なかに、永遠に生き続けるのだから。

取材・文・撮影=瀬戸信保 イラスト=オギリマサホ

瀬戸信保
モノ書き
1968年東京生まれ。大衆文化、中国文化などをフィールドとする“よろずモノ書き”。中国茶のソムリエ、バイヤーとしても暗躍。著書に『真史鬼平外伝~本所の銕』『鬼平を歩く』(共に下町タイムス社)など。

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