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日本人が聴いてきたボサノヴァはほとんどがアメリカナイズされたものだった!?【ジャムセッション講座/第27回】

ARBAN

ジャムセッション講座27

これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、もっと上手に、もっと楽しく演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。

今回はブラジル音楽のセッションやイベントを実施している「ESPAÇO BRASIL〈エスパッソ・ブラジル〉」へ。筆者がこれまで取材してきたジャズのセッションと、どんな違いがあるのか。大田区蒲田の店舗へ向かった。

【今回の現場】

ESPAÇO BRASIL〈エスパッソ・ブラジル〉
ブラジルで10年間音楽活動をしてきたトロンボーン奏者・山下定英が、2020年に蒲田駅東口にオープンさせたライブハウス兼飲食店。ブラジル音楽のライブ、ワークショップ、ジャムセッション、ダンスイベントなどを開催している。月曜日定休。ジャムセッションは毎週火曜日と水曜日。ミュージックチャージは3500円+ワンドリンク+1フード。さまざまなブラジル料理も楽しめるのが特徴だ。
東京都大田区蒲田1-30-15 シャトー蒲田3,2F ℡ 03-4361-4669

【担当記者】

千駄木雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。31歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという十字架を背負っている。30歳を超えて初めてメタルのコピーバンド(System Of A Down)に参加。ライブでは必死にヘッドバンキングをして盛り上げたが、翌日首が一切動かなくなってしまい、俯いたまま整体院に直行した。

ブラジル音楽のジャムセッション

この連載で以前に取材したギタリストの山田忍さんが、こんなことを言っていた。

「僕のレッスンではボサノヴァの楽曲から覚えてもらうようにしています。ボサノヴァはある程度リズムパターンが決まっているので、コードを覚えることに専念できるんです」

この話を聞いて以来、筆者のブラジル音楽への興味は日に日に高まっていた。というのも、“ボサノヴァの名曲”としても“ジャズのスタンダード曲”としても認知されている「イパネマの娘」には、なんとなく好感を持っていたので、すんなり入り込めそうな気がしていたのだ。

ただ、この連載開始を機にジャズを聴き始めた未熟者の私である。アメリカのジャズと、ブラジルのボサノヴァを聴き比べているうちにある疑問が生まれた。

「ジャズとボサノヴァは関連するジャンルなのか?」

まずはこの疑問を解決するために、大田区蒲田にあるブラジル音楽ライブハウス「ESPAÇO BRASIL〈エスパッソ・ブラジル〉」へ。同店のオーナーでトロンボーン奏者でもある山下定英さんに話を聞いた。

──今回はボサノヴァ、もといブラジル音楽について伺いたいのですが、まずは日本では珍しいブラジル音楽専門のライブハウスである、このお店について教えてください。

うちがオープしたのは2020年なので、今年で4年目になります。もともと妻が飲食関係の仕事をやっていて、昔からずっと「自分の店を持ちたい」という気持ちがあったようです。

──確かにフードメニューも充実していますね。

オープン当時、僕はコロナの後遺症で息苦しいだけではなく、持病の糖尿病も悪化してしまい、さらには網膜症で譜面を読めないし、突発性難聴で耳も聞こえにくくなってしまって。楽器の演奏もままならない状態で、なかば隠居状態でした……。ただ、僕も商売は好きだったので、思い切って家族経営で始めたわけです。

──ちなみに、ブラジル音楽を専門とするライブハウスって他にもあったのでしょうか?

大塚に「エスペートブラジル」というライブハウスがあり、僕もたびたび通っていました。しかし、2018年に同店は建物の老朽化で閉店してしまいます。その頃から、僕はオーナーにいろいろとお店を始めるために必要なことを教えてもらい、機材も譲ってもらい、この店のオープンに漕ぎ着けました。今もベースアンプは譲ってもらったものを使っています。

──このお店ではほぼ毎日のようにライブかジャムセッションが行われていますが、セッションはどのくらいの頻度で行われているのですか?

毎週、火曜日と水曜日に開催していますが、要望があればほかの曜日にもできますよ。

──お客さんも生粋のブラジル音楽好きなのでしょうか?

僕の友達のミュージシャンが出てくれているので、その口コミでお客さんは増えてきました。あとは、大塚のエスペートブラジルがなくなったことで、そこから流れてきたお客さんも多いんですよ。普段はジャズも演奏しますが、こうしたお客さんのためにも「ブラジル音楽は続けていかないと…!」という気持ちはあります。

店主の山下定英氏

──このお店はブラジル音楽好きの憩いの場になっているわけですね。ところで、蒲田はあまりブラジルのイメージがないですが、なぜこの地でオープンされたのでしょうか?

それは僕が長年、大田区文化振興協会と付き合いがあったからです。一般参加者を募った吹奏楽のブラジル音楽のコンサート「サンバDeブラス」を開くだけではなく、僕が主催するブラスバンドの練習場所も蒲田だったので。

──“東京とブラジル” で私が連想するのは、浅草のサンバカーニバルなのですが、参加されたことはありますか?

以前、管楽器200人くらい連れて出たこともありました。でも、200人も集めるのは大変なので、疲れて辞めてしまいました(笑)。

──4人編成のバンドの練習日を決めるのでさえ、社会人は大変なのに、200人の大所帯になるとそうなりますよね……。ちなみに、バーカウンターの後ろに置いてあるレコードと写真は山下さんですか?

いえ、これは師匠のハウル・ヂ・スーザです。数年前に亡くなりましたが、アメリカを中心に活躍していました。この方に憧れて僕はブラジルに行ったのです。

米国産ボサノヴァ─ブラジルとの違いは?

──私はジャズもブラジル音楽もド素人で、歴史も何も知らないのですが、なんとなく「ジャズとボサノヴァは近縁のジャンル」という感覚なんです。これって間違った認識ですか?

間違ってないと思いますよ。ボサノヴァは、ブラジルのサンバとアメリカのジャズが融合して生まれた音楽ですから。

今でこそ、インターネットのおかげでブラジルから直接、音楽を輸入できるようになりましたが、昔はアメリカを経由してからのブラジル音楽しか入ってきませんでした。そうすると、必然的にアメリカ側のボサノヴァが日本に入ってくるわけですが、それはジャズが基調とされているのですね。それらは「ジャズ寄りのボサノヴァ」といえるでしょう。一方、ブラジルは「サンバ寄りのボサノヴァ」なんです。

──なるほど。黒人のブルースから生まれたロックがイギリスに渡って、ビートルズなどが白人の音楽に塗り替えた感じですかね。

その発言はハレーションを生みそうですが…(笑)、ただ、ボサノヴァの場合は明確に2カ国の間で違いはあります。まず、アメリカのボサノヴァは四拍子ですが、ブラジルはサンバのリズムのため、二拍子で演奏します。先ほど話した通り、日本に輸入されているボサノヴァはほとんどアメリカ由来の音楽です。そのため、日本で出版されているボサノヴァの教本や譜面はどれも四拍子。つまり、これらは「ジャズ」であって「ブラジル音楽」から少しかけ離れてしまっているのです。

──あっ、山下さん、結構な保守派なんですね。

いや、アメリカのボサノヴァを否定しているわけではなく、原理的にそうなるという話です。たとえば、アメリカではピアニストのセルジオ・メンデスやヴォーカリストのアストラッド・ジルベルトが特に有名で、彼らの影響が非常に強く感じられます。彼らはブラジル人ですが、英語で歌い、アメリカの音楽の中にブラジルのエッセンスを融合させた人たちです。特にアストラッド・ジルベルトが歌った「イパネマの娘」は当時爆発的な売り上げを記録して、世界中に「アメリカ側のボサノヴァ」を浸透させました。

──なるほど。これも無知を恥じつつお聞きしますが、他の「ラテン音楽」との違いはなんですか?

ブラジルも南アメリカなので、ラテンといってしまえばそうなのですが、同地域の中でもブラジルだけがポルトガル語で、アルゼンチンやチリなど、ほとんどの国はスペイン語なんですよ。つまり、ラテン音楽というのはスペイン語圏を指すんですね。そのため、「ラテン・グラミー賞」もありますが、ブラジル音楽だけ「ブラジル部門」に分かれています。

“黒本” が通用しないジャムセッション

──つまり、これまで僕が聴いてきたボサノヴァは、すべてアメリカの音楽だったわけですね。

僕もブラジルに行くまでサンバが二拍子ということを知りませんでした(笑)。

──そうすると、この店ではジャムセッションのお供である『黒本』が通用しないということですね。現にお店にある譜面をいろいろと見ていますが、知らない曲ばかりです。それに、ポルトガル語なので歌詞も読めません。

最初はみなさん二拍子に戸惑いますよね。でも、1年くらい演奏しているとだんだん馴染んでくるものですよ。ただ、馴染まない人は1カ月も経たずに辞めてしまいます。

──道場じみた感じがしてきましたね……。そうすると、この店のジャムセッションで演奏される曲とは、どんなものが多いのでしょうか?

私たちのお店では「コルコバード」や「イパネマの娘」といったよく知られた曲は取り上げません。むしろ日本ではあまり知られていないブラジルの曲をあえて皆さんに演奏してもらいたいと考えています。他の曲は別のジャムセッションで演奏できますので、日本ではまだあまり知られていない素晴らしい曲がたくさんありますので、そういった曲を演奏して楽しんでもらいたいと思っています。逆に言うと、アメリカでよく演奏されるボサノヴァを希望される方には、あまり向いていないかもしれません。

──おぅ……。

この店に来るお客さまの多くはホンモノのブラジル音楽をやりたくて来ています。逆にいうと縛りがキツいため、片手間だと参加しにくいでしょう。でも、それだけブラジル音楽の世界は深いということですよね。

──ちなみに、ジャズとブラジル音楽のジャムセッションに違いはあるのでしょうか?

違う点といえばサンバのパーカッションを演奏中に各自演奏してもよいことでしょうか。お客さんみんなに参加してもらいたいので、シェーカーなどの小物はたくさん準備してあります。

──それなら、ジャズのジャムセッションによく参加している人でも、取っ付きやすそうですね!

とはいえ、ジャズが好きな人は、やっぱりジャズが好きなんですよ(笑)。あとは、「ブラジル音楽は難しい」という先入観がまだあるため、怖がって来ない人も多いです。でも、ギタリストのかたは参加すると面白いと思いますよ。ブラジルはギター大国なので、あらゆるブラジル音楽でギターが使用されています。

──なんだか、ジャズのジャムセッションにロクに参加していない私ですら、ブラジル音楽は難しいと思ってしまいました。その一方で、生粋のブラジル音楽が演奏できる、このお店は重要ですね。ちなみに、山下さんがオススメするブラジル音楽のミュージシャンはいますか?

自分は、アメリカで活躍していたブラジル人トランペット奏者の故クラウディオ・ロディッティが好きです。彼はジャズを演奏しつつも、ブラジルらしさを失うことなく演奏してきた素晴らしい演奏家です。

ところで、ボサノヴァは本国ブラジルでは “終わったジャンル” とされており、現地に行ってもほとんど耳にすることはありません。ボサノヴァがこれほど流行している国は、日本くらいだと思います。日本にはボサノヴァ歌手と言われるかたが沢山いますが、そもそも「ボサノヴァ歌手」というものはブラジルには存在しません。

向井滋春も渡辺貞夫もブラジル音楽!

──そんな山下さんも、もともと国立音楽大学でクラシックを専攻していたそうですね。在学中にブラジル音楽にのめり込むのですか?

最初はジャズですね。アパートの隣にトランペットの五十嵐一生さんが住んでおり、彼の影響はかなり受けました。

──急にビッグネームが登場したのでビックリしました。それでは、ブラジル音楽にハマったきっかけは?

トロンボーン奏者の向井滋春さんですね。前出のアストラッド・ジルベルトとコラボレーションした『SO&SO』は名盤です。彼はブラジル音楽の草分け的な存在でもあります。

──向井さんというと、フュージョンのイメージが強かったです。

その側面もありますが、それでいうと渡辺貞夫さんもブラジル音楽でしょう。

──確かに! 私も子どもの頃に渡辺さんとセッションした経験があります(※詳細は当連載の「第12回」)。アルバム『黒い瞳に収録されているHAPPY DRUMS(コーラス隊のひとりとして)ステージで歌いましたが、同曲はジャズではなくサンバでした。

渡辺さんの影響からブラジル音楽に入る人がもっと増えてもいいのですが、譜面や音源が少ないというのが現実ですよね。一緒に演奏する仲間もいない。特にドラムを叩ける人が少ない。サンバのリズムを作るのは難しいですからね。

──それでも、選りすぐりのブラジル音楽の愛好家たちが一堂に集まるのが、エスパッソ・ブラジルということですよね。

やはり、ブラジル音楽を演奏できるお店がないですからね。そんな中、前出の向井さんや、熱帯JAZZ楽団のトロンボーンを担当している中路英明さんといった名手たちも、この店でライブをしてくれています。

──そんな、エスパッソ・ブラジルは、来年で5周年を迎えます。なにか催しなどは予定しているのでしょうか?

ブラジルからゲストを呼んで何かしらのイベントは打ちたいと考えています。そのときは、この店ではなく、大きなホールを借りたいですね。でも、昨年アンドレ・メマーリというブラジル最高峰のピアニストが来日して日本ツアーをやった際は、僕がプロデュースしていたということもあって、ついでにうちで3日間演奏してもらいました。

──“ついで” で3日間もブラジル最高峰のピアニストに出演してもらう豪華さ……。

ただ、この店もあと5〜6年で建物の老朽化により、使えなくなってしまうため、次はビッグバンドも演奏できるような、もっと大きいテナントで「ブラジル音楽の拠点」となるようなお店を目指したいですね。これからさらにブラジル音楽を普及していきたいなと思います。

取材・文/千駄木雄大
撮影/山元良仁

ライター千駄木が今回の取材で学んだこと

1 ボサノヴァには米版と伯版の2種類ある
2 ジャズは四拍子、サンバは二拍子
3 ボサノヴァのセッションも基本は同じ
4 ブラジル音楽のほうがギターは活躍できそう
5 日本人はジャズもボサノヴァも好き

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