前編:映画『MR.JIMMY』公開記念 ジミー桜井が人生をかけて挑むペイジ道
レッド・ツェッペリン(以下ZEP)のトリビュート・バンド:MR.JIMMYのギタリスト、ジミー桜井は「ジミー・ペイジ(以下ペイジ)に最も近づいた男」と称されている。ギターやアンプなどペイジが使用した機材と同様のものを使用し、各年代のペイジの演奏、衣装、ステージ・アクションを完全再現している、世界に名だたるトリビューターだからだ。
また、桜井は本誌との関わりも深く、ヤング・ギター別冊『THE GUITAR MAN 特集ジミー・ペイジ』(2002年)、同『天才ギタリスト ジミー・ペイジ完全版』(2004年)では、誌面&映像でペイジのサウンドとプレイを研究・解説し尽くし、多くのZEPマニアを唸らせた経験もある(ともに生産終了)。
その追求心は後にジミー・ペイジ本人にも知られることとなり、プロモーション来日時にMR.JIMMYのライヴを観戦。桜井をスタンディング・オベーションで激賞している。また、2017年からはジョン・ボーナムの忘れ形見で、2002年のZEP再結成ライヴでドラマーを務めたジェイソン・ボーナム率いるトリビュート・バンド:Jason Bonham’s Led Zeppelin Evening(以下、JBLZE)に加入。もはやZEPファミリーの一員として迎え入れられた印象すらある。
そんな桜井の稀有な人生が1本のドキュメンタリー映画になった。2025年1月10日より公開の『MR.JIMMY/ミスター・ジミー レッド・ツェッペリンに全てを捧げた男』(ピーター・マイケル・ダウド監督作)がそれである。 本作は桜井がペイジに目覚めた学生時代から、MR.JIMMYの結成と活躍、全米進出から現地での挫折、ジェイソンのJBLZEに加入するまでの道程をライヴ・シーン(つまりZEPナンバーのオンパレード!)を交えて描かれている。彼の「好き」を徹底的に貫く姿勢、綿密に細部まで本物を目指すそのあくなき姿勢には、絶句する人もいるかもしれない。
今回のインタビューでは映画『MR.JIMMY〜』の撮影エピソードから、自身の機材の変遷、ペイジ・サウンドの研究成果、再び盛り上がりつつあるZEPの最新情報についてコメントをもらった。
40分の短編映画の予定がいつの間にか2時間に
YG:ついに映画『MR.JIMMY』が日本公開されますね!
ジミー桜井:お話をいただいた時は、あまりピンと来なかったんですよ。自分はただ大好きなジミー・ペイジのギターを弾いているだけですからね。僕の音楽人生がドキュメンタリー映画になるのだろうか、と思っていました。
YG:はじめにピーター・マイケル・ダウド監督から声がかかったのが、2015年だったそうですね。
桜井:その頃の僕は、ちょうど渡米してL.A.にいたんです。それでピーター監督と連絡を取り合い、実際にお会いしてみると、彼もレッド・ツェッペリンの大ファンであることがわかりました。動画サイトで僕の演奏も観てくれていたそうです。彼は「大好きなレッド・ツェッペリンのトリビュート・バンドを追っかけて、その実態を探ってみよう!」という気持ちだったんでしょうね。
それで撮影が始まったんですが、いろんな意味で監督の想定とはかなり異なる展開になったんじゃないでしょうか。当初は40分ぐらいのショート・ムービーにする予定だったそうです。でも完成したのは2時間弱の映画ですからね。相当な量の映像を編集でカットしてると思いますよ。約3年も密着されていましたから、素材は膨大にあるはずです。よく冗談で言うんですけど、もしDVDやブルーレイ化されたらボーナス映像の方が長くなるんじゃないかって(笑)。
YG:本作には興味深いシーンが沢山ありました。まず驚異的だったのが、ジミーさんの求道的過ぎるマインドです。薄々は気付いていましたが、ここまでペイジを深く掘り下げていたとは……正直、唖然としました。
桜井:いや、僕は単なるペイジ・ファンですよ。とにかくペイジになりたかった。そういう意味では、小さな男の子が「ウルトラマンになりたい! 変身!」とやっているのと同じようなもの。それが大人になった今もずうっと続いているだけなんです。
ただ、それはあくまで表向きの話でね。子供の時のウルトラマンごっことはディテールが違ってきますよね。例えば衣装です。ペイジの印象的な衣装に“ドラゴン・スーツ”というのがありますよね。中国風のドラゴンの刺繍が入っているドレッシーなスーツです。あのドラゴンの指の数って実は5本なんですよ。しかもスーツの箇所によってドラゴンの顔の向きや色が異なっている。そして刺繍は、横振り刺繍という特殊な技法で縫われているらしい。これを出来うる限り完璧にトレースして衣装を作るんです。
YG:劇中でも、ZEPの公式映像を観ながらスーツの細部を特定する作業をしてらっしゃいました。
桜井:衣装だけではありません。ペイジのサウンドを実現するためにはギターやアンプも、なるべくペイジと同じ仕様のものを使わなければならない。彼のサウンドは1959年製のギブソン・レスポール・スタンダードと1969年製のマーシャル・アンプ(通称“プレキシ”)が必要だと言われています。もちろん、僕も手に入れました。でも、そのセットで普通に鳴らしてみてもペイジの音は出ないんです。
そこで様々なルートを使って情報を集めていくと、どうやらペイジのレスポールはピックアップが改造されていたのではないか?という情報を知るわけです。知ったら試すしかないでしょう。今、僕の1959年製のギブソン・レスポールは元から搭載されていたピックアップ“P.A.F”を外し、ピックアップ工房GRINNING DOGさんに巻いてもらったオリジナル・ピックアップ“MR.JIMMY PU”を搭載しています。価値あるヴィンテージのレスポールに、こんな改造を施す人はなかなかいないと思うんだけど(笑)、最終目標はペイジのサウンドですから。ここまでしないと僕自身が納得できないんです。
YG:映画には桜井さんのギターのリビルドを手掛けた工房フリーダム カスタム ギター リサーチや先のGRINNING DOGのスタッフ、アンプ・ビルダー、衣装製作、刺繍アーティストの方などが総出演されています。彼らもトリビュート・バンドMR.JIMMYの一員であり、そこで出来上がった作品も含め、MR.JIMMYというアート・プロジェクトなんでしょうね。
桜井:まさにおっしゃるとおりです。幸せですよ。偶然とは言え、こんなに素晴らしい方々と出会い、活動を支えていただいているわけですから。よく“引き寄せの法則”って言うじゃないですか。僕が関東の真ん中で「ペイジが大好きだ! ペイジの音でペイジみたいな姿で演奏したいんだ!」という小さな光を放っていたら、その光に誘われて全国から同じ波長の光が集まって来たような印象すらあります。僕と波長が合ったというか。
渡米するも、そこには大きな壁が…
YG:波長の話で思い出しました。劇中ではアメリカに進出してからの桜井さんの葛藤が描かれていました。これもYouTubeやSNSではうかがいしれなかったことです。衝撃でした。
桜井:撮影を続けながらピーター監督も驚いたかもしれませんね。「あれ? ちょっと雲行きが怪しくなってきたな。大丈夫か?」と。
経緯を説明しておくと、僕はそれまで会社員をしながらMR.JIMMYとして国内で演奏活動をしていました。ところが、ある日、アメリカのZEPトリビュート・バンド:レッド・ツェッパゲイン(Led Zepagain)からバンドへの加入を要請されたんです。それで2014年に会社員を辞め、渡米することにしました。当初は希望に溢れていましたね。レッド・ツェッパゲインはアメリカでも有名なトリビュート・バンドですし、ヴォーカリストは声も見た目もロバート・プラントを彷彿とさせる印象でしたから。
僕はZEPをひとつのアートだと思っています。そして各年代のZEPの姿やサウンドを再現し、それをそっくりそのままプレイすることは、クラシック音楽をやるのに近い行為だと考えています。演劇にも近いですね。僕は渡米することでZEPというアートを再現出来る素晴らしい機会を得られた、と考えていたんです。
しかし、レッド・ツェッパゲインは僕の考えているZEPのトリビュート・バンドとはかなり違っていました。当時の彼らは、どちらかと言うとZEPの人気の曲をジュークボックスのように演奏してオーディエンスが喜んでくれればそれでいい、というスタンスでした。それはビジネスの形としてはひとつの正解だと思います。否定するつもりはありません。だけど僕は、もっとツェッペリンの総合芸術としての再現度を上げたかったし、音楽的にも高みを目指したかった。だからメンバーをライザップしてZEPのエネルギッシュなライヴを表現できるバンドに変化させていこうと考えたんです。
YG:ヴォーカリストに、発音は「ア~」ではなく「イェ〜」を指示する場面もありましたね。
桜井:「そこまでやる必要ある?」と言う人もいるかもしれませんね。「トリビュート・バンドなんてただのコピーだろ?」と。でも、もっと本物に近いものを求めているオーディエンスは確実にいましたし、やり始めると実際に反響は大きかった。しかし映画でも描かれているように、結局、僕はバンドを脱退することになります。辛い時期でしたね。
ジェイソンとの共演。ペイジと同じ立ち位置にいることに歓喜
YG:その後、様々な展開と偶然が重なり、桜井さんはバンド:JBLZE(Jason Bonham’s Led Zeppelin Evening)に加入。ZEPの遺伝子を受け継ぐジェイソン・ボーナムと一緒に活動することになります。ペイジ道を極めれば極めるほどペイジの立場に近づいていく……。鳥肌が立ちます。
桜井:みなさんもご覧になったと思うんですけど、ZEPは2007年12月にロンドンのO2アリーナで一夜限りの再結成ライヴを行ないました(『CELEBRATION DAY』としてCD&DVDで2012年にリリース、邦題は『祭典の日 奇跡のライヴ』)。あのときのドラマーはジェイソンです。そのジェイソンからオファーをもらえたわけですから、光栄ですよ。
彼と一緒に演奏していて、「僕は今、ペイジと同じステージの立ち位置にいるのか」「この立ち位置で聴こえてくるジェイソンのドラムは、O2アリーナでペイジが聴いていたものと同じなんだ」と考えると身震いがしましたね。またツアーで廻っていると、かつてZEPがライヴをしたことのある会場で演ることもあるんです。客席を見渡しながら、「ああ、ペイジもこの風景を観ていたんだな……」と感慨に耽ったりもしました。
YG:そんな経験は桜井さん以外の人間には出来ませんよ。JBLZEでの活動は今も続いていますが、ジェイソンとのプレイはいかがですか?
桜井:O2アリーナの時、ジェイソンはZEPのライヴ・アレンジにけっこうアイデアを出していたらしいんです。それを踏まえて、僕がO2アリーナのペイジのプレイを入れたりすると、ジェイソンはすごく楽しそうですね。僕のプレイに合わせてドラムがシンコペーションし始めるくらいですから。楽屋で「さっきのはO2アリーナのヴァージョンだろ? そうそう、これだよ、これ!」って(笑)。
Jason Bonham
JBLZEでは、ギター・ソロのインプロヴィゼーションは極力、毎回異なるプレイを心がけていますが、「No Quarter」とか「Since I’ve Been Loving You」なんかは、ジェイソンが一番好きな1973年のヴァージョンを基本にしていますね。でも、ある日、少し違うことをやったんです。それはスタジオ盤やライヴ盤とも異なるソロで、僕が考えたオリジナルのフレーズ。1973年頃のジミー・ペイジだったら弾いていてもおかしくないようなフレーズです。それを聴いたジェイソンが言うんですよ。「あのソロは最高だった! 今晩もやってくれないか?」って。そんな風に言ってもらえたらもう最高ですよね。彼は新しいフレーズを入れ込んだことにちゃんと気付いてたんです。
YG:嬉しい反面、怖くもありますね。
桜井:ええ、怖いこともありました、彼は耳がいいから(笑)。ジェイソンは毎晩ライヴを録音していて、しかもマルチで録っているのでギターだけを抜きだして聴けたりするんです。ミスもバレてしまう。実際、言われたことがありますよ。「昨日、チューニングが少しアウトしてたぞ」って(笑)。
YG:でもJBLZEはジミー桜井さんが望んでいる“完全再現”とはまた異なるベクトルにありますよね?
桜井:ジェイソンが、彼のお父さんであるジョン・ボーナムに対するリスペクトを表すためのバンドがJBLZEです。主役はあくまでジェイソン。結果、JBLZEでの僕のプレイはスタジオ盤でもない、ライヴ盤そのままでもない、JBLZE独自のライヴの面白い展開を集約させたようなものになっています。
映画『The Song Remains the Same』(邦題:永遠の詩)の「Rock And Roll」でペイジがジャンプする瞬間があるじゃないですか。3rdヴァースのところです。僕は、MR.JIMMYでのライヴではいつもリスペクトを込めて彼と同じようにジャンプしてるんですが、バンドに入ったばかりの頃、JBLZEはジェイソンのバンドですし、自分が目立ち過ぎるのもどうなんだろう?と思って、ある日、ジャンプするのを止めたんです。そしたらジェイソンがポロッと言うんです。「みんな、お前のジャンプ見たがってるぞ」と。
自分の中のペイジをどこまで出していいか迷っていた時期もありましたが、ツアーを重ねるうちにバンド内のバランス感覚もつかめてきて、いまはJBLZEならではのツェッペリン表現を楽しんでいます。映画『The Song Remains〜』にペイジのボウイング(弓弾き)のシーンが出てくるじゃないですか。あれはお客さんが盛り上がる場面でもあるので、しっかり再現していますよ。
インタビュー後編に続く
INFO後編:映画『MR.JIMMY』公開記念 ジミー桜井が人生をかけて挑むペイジ道
『MR.JIMMY/ミスター・ジミー レッド・ツェッペリンに全てを捧げた男』概要
原題:MR.JIMMY 2025年1月10日(金)新宿シネマカリテほか全国順次ロードショー 出演:ジミー桜井 製作・監督・編集:ピーター・マイケル・ダウド 撮影:アイヴァン・コヴァック&マシュー・ブルート 音楽録音&ミキシング:ジェフリー・ジュサン 2023年 アメリカ・日本 日本語・英語 16:9ビス 114分 5.1ch 提供:ニューセレクト 配給:アルバトロス・フィルム 公式インフォメーションMR. JIMMY Movie
©One Two Three Films
(インタビュー&文●尾谷幸憲)