地方都市の交通課題に挑む群馬版MaaS「GunMaaS(グンマース)」。地域の交通の動脈と毛細血管をつなぐ
前橋市の取組みが拡大、群馬版MaaS「GunMaaS(グンマース)」が誕生
交通に関しては地域ごとに違う課題がある。
群馬県が抱えていた課題は自家用車依存による交通渋滞に加え、中高生が巻き込まれる自転車事故の多さ。2024年9月の上毛新聞は民間団体「自転車の安全利用促進委員会」が2014年に調査を始めて以降、群馬県の県別自転車事故件数で高校生が10年連続でワースト、中学生もワーストの記録が8回あると報じている。
といってもバス便を増やすなどの手は打ちにくく、現在ある公共交通網を接続させることで利便性を高めていくことはできないだろうか……と検討されてきた。その中、前橋市が先行して2019年から前橋版MaaS「MaeMaaS(マエマース)」に取組んできた。
MaaSとはMobility as a Service(モビリティ・アズ・ア・サービス)の略。
日本では2020年以降、この取組みが話題に上ることが増えた。情報通信技術(ICT)を用いて移動をシームレスにつないでいく概念、サービスを意味しており、これまでの経路検索アプリの一歩も二歩先を行くものと考えれば分かりやすいかもしれない。
移動に必要な鉄道、バス、タクシー、シェアサイクルなど複数の交通機関を使ったルートを検索、地図や時刻表を表示、さらに実際の移動に必要なチケットなどを同じアプリ内で予約、購入、決済できるようになっているなど、移動を便利にしてくれるものである。
先行した前橋版MaaSをベースに高度化、広域化したのが2023年3月15日にサービスを開始した群馬版MaaS「GunMaaS(グンマース)」(以下グンマース)である。
一般に自治体はそれぞれ独自に施策を進めることが多いが、前橋市と群馬県の場合には共通した問題意識があり、それが連携に繋がった。
「群馬県は利根川を中心にした県東南部に関東平野からの平野が広がり、それ以外の県内3分の2ほどは山地や丘陵です。平野には前橋市や高崎市など中規模の都市が低密度に広がっており、それ以外の地域も同様。交通網の利便性向上は、県としても課題でした。県内ではバスの通行が1時間に1本未満の地域が県土の43%を占めており、鉄道を利用しても、駅でバスを30分以上待たなくてはいけないのであればやはり自動車が便利となってしまいます。
また、住民の移動は行政の境界内に収まるものではなく、開発した自治体内でしか使えないアプリでは使いにくいことも。県がプラットフォームの提供者となり、県内全域で使えるものにしようと現在は各自治体に利用を売り込んでいる状態です」と開発時に知事戦略部交通イノベーション推進課で担当者だった田中佑典さん。
地域の交通は動脈と毛細血管から成り立っている
では、実際のグンマースはどのようなものか。
大きな特徴のひとつは多様な地域交通手段を見える化して接続しているという点である。
県内には鉄道、バスにタクシー、各自治体などが走らせているデマンドバス、シェアサイクル、カーシェアリングと複数の移動手段があるが、これまでこれらの交通手段は全部が見えていたわけではなかった。経路検索アプリを使えば鉄道、バスまでは検索できたが、デマンドバス、シェアサイクルなどは表示されないのが一般的。グンマースはそれを表示して見えるように、つまり使えるようにした。
「鉄道、幹線道路を走るバスのように広域からの移動を担う一次交通を人体の場合の動脈だとすると、そこから先の目的地までの二次交通は毛細血管のようなもの。ここが機能していないと目的地にはたどり着けません。人体と同じように交通も動脈、毛細血管がつながって動いていてこそ機能するのです。
ところがこれまでは地元の人にすら見えていない交通がありました。それを検索時に経路として出すことで見えるようにし、地図上にバス停として表示、時刻表も見えるようにしたことで使いやすくしました」と田中さん。
言葉でいうと簡単だが、実現にはかなりの手間がかかった。
たとえばアプリにバスの時刻表を載せるためにはバス会社、デマンドバスの場合には市町村が時刻表をオープンデータとして公表していなければならない。エクセルの時刻表ではダメなのだ。
群馬県では県内の一部地域だけを走っている会社なども含め、30社近いバス会社があり、規模も情報の精度、IT化対応のレベルもすべて異なる。その規格を統一、オープンデータにしなければアプリ上で検索できるようにはならない。
「過去には県がオープンデータ化を行ったことがありますが、県の予算がなくなったらできなくなるのでは困ると、2年前から講習会を開催し、自分たちで実装できるようになってもらおうと考えています」と現在の交通イノベーション推進課の担当者である関口義範さん。
地域に住んでいる人限定の割引サービスも各種
最先端のアプリを作るためには地元の数多くの事業者の協力が必要で、協力を呼び掛ける地道な取組みは今も続いている。
「県庁玄関にバスロケ(リアルタイム位置情報)というサイネージがあり、そこには県庁近くのバス停と直近でそこに停まるバスの行先、到着時間が表示されます。これを実現するためにはバスが今どこを走っているか、時刻表通りか、遅れているなら何分遅れかが分かるように車両にGPSを搭載する必要があります。
現在、前橋エリアの路線バス(6社で運行)においては全路線でGPSを搭載、表示可能になっていますが、県内全域で実施するまでにはまだ時間がかかるでしょう。でも、完成すれば利便性は大きく向上します」と関口さん。
こうした取組みはバス会社自体を変えつつもある。
事業開始後、バスに搭載するGPSはより安価で自分たちで導入できる機器に替わったが、それはデジタル化に積極的なバス会社からの提案によるもの。群馬県に限らず、バス会社はどこも人手不足その他課題を抱えていると聞くが、デジタル化は課題解決の一助になり得る。そんな中で自分たちで新たなチャンスを模索する会社が増えていくことは将来の地域交通のために大きなプラスになるはずだ。
地域交通という観点からはグンマースがマイナンバーカードと連携、地域に住んでいる人に属性に応じた割引サービスを行っているのは他にない特徴。グンマースでは鉄道、バス1日フリーパス等の観光にも使えるお得な回遊チケットを扱っており、よく売れているそうだが、それだけではないのだ。
「前橋市では市内在住の若者(13~22歳)、高齢者(70歳以上)は市内の全路線バス(デマンドバスは対象外)の運賃が10%引きになりますし、通常大人500円の中心市街地乗り放題券が360円、大人1300円の上毛電鉄赤城南麓1日フリーパスが800円になるなど割引(※利用にあたっての要件詳細はホームページ等で確認)が多数用意されています」と関口さん。
渋川市でも65歳以上がバス・タクシー料金の割引を受けられるようになっており、今後は高崎市でも市民限定の割引サービスを検討しているとか。地元の人たちの移動を応援するアプリなのである。
公共交通の利用を促進することで他分野にもプラスの効果
地元の人たちの移動を促進するために「乗りトクパス」という独自のサービスも用意されている。
これは事前に乗車運賃の支払いに充てられるグンマースポイントを購入すると、購入した金額に応じて県内の店舗や施設で使える乗りトククーポンが貰えるというもの。
3,000円のグンマースポイント購入で受け取る乗りトククーポンは1枚500円相当×2枚となっており、1,000円分、飲んだり、食べたり、お風呂に入ったりができる計算だ。
「公共交通を利用してもらうためには出かける目的が必要、そのためには目的地との連携をと考えて始めた事業です。現在、クーポンが利用できる施設は前橋市中心部に多いのですが、これを増やしていくことで人の流れ、回遊性が生まれてくることを期待しています」と田中さん。
このやり方であれば公共交通の利用が増えるだけでなく、地元の商工事業者にもメリットが及ぶ。
クーポン1枚がビール一杯として、それで終わらせて帰る人ばかりではないからで、クーポンが来店のきっかけになれば店側としてもうれしいはずだ。
公共交通が利用しやすく、外出が増えれば、高齢者の身体、精神の健康増進にも寄与する。
「車を所有している高齢者、していない高齢者では外出率がそれぞれ8割弱、4割強となっており、大きな差になっています。一方で高齢者の運転には危険を伴うことがありますし、免許返納には足回りが不便になるという声も。そのあたりを公共交通で補うことで高齢者にも、社会にも良いやり方があり得るかもしれません」と関口さん。
また、これらのサービスがチケット(スマホ画面)を提示、確認するなどの作業なく、自動で行われていることもポイント(※一部のチケットでは提示が必要になる。利用にあたっての要件詳細はホームページ等で確認)。地元の人にうれしいサービスでも導入のためにコスト、人手がかかるとなるとただでさえ人手不足のバス会社には負担が大きい。だが、グンマースの各種割引は登録する手間だけで、以降は何もしなくて良い。
現在はマイナンバーカード内にある年齢、居住地情報と連動した割引が行われているが、マイナンバーカード内の情報が増えればそれに応じたサービス増もあり得るかもしれない。
交通課題以外の地域課題へのアプローチも可能
他地域のMaaS同様に観光などに便利な各種チケットの購入も可能だ。
群馬県内には草津温泉、四万温泉、伊香保温泉などの温泉地、わたらせ渓谷、富岡製糸工場、水上谷川、桐生などの観光地があり、周遊するのにお得な1日フリーパス類が各種用意され、リピーターも多いという。
「去年からグンマース限定で高崎から伊香保温泉直通の伊香保ライナーというバスチケットを販売していますが、これがよく売れています。2025年7月末現在、グンマースの登録者は3万人強います。そのおよそ半数が首都圏近郊の他自治体となっています。そうした来訪者の多くがこのフリーパス類をよく使っています」と関口さん。旅行者にも役立つ存在なのである。
ちなみに登録者は男性が60%ほど。年齢は19歳以下がやや少ないものの、それ以外は幅広い年代がまんべんなく登録しているという。利用が多いのは先駆だったこともあり、認知度の高い前橋市内。各種割引が利用できるのも利用を後押ししているのかもしれない。
登録者増のために県内では市役所や公民館などで登録相談会やスマホの使い方教室で一緒にグンマース登録方法を教えるなどしている。利用者にわかりやすく、利用したくなる動画作成も検討しているとのこと。導入時に比べると一般の人からの問合せは落ち着いてきており、アプリ全体の骨格ができてきた。次に目指すものとしては使えるエリアを拡大していくことに加え、利用者を増やすこと、そしてアプリから得られる情報その他を活かした地域交通のマネジメントやサービス向上、などだ。
「ブラウザーの翻訳機能を使えば多言語に対応させられます。もっと、幅広い人達に利用してもらいたい。登録だけでなく実際に使う人を増やしたいと考えています」と田中さん。
使う人が増えれば、県内の人の動きが見えてくる。
現時点では各社の時刻表、バス停を表示、見える化することで使い勝手を良くしようとしているが、流れが分かればそれに合わせた新しいサービスを考えることができるようになるかもしれない。割引に応じて人の流れが変わるとしたら、最適なサービスは何かを推察できるようになるかもしれない。人が集まる場所が分かれば災害時の対策、企業誘致、住宅立地その他の参考になるかもしれない。
グンマースは交通課題の解消を目指して構築されてきたが、きちんと機能してくれば他の地域課題を考える基盤としても大きな意味を持つ。他自治体からの視察が多いのはそれが分かっているからだろう。いずれにしても群馬県民、群馬を訪れる人はこのアプリを利用、群馬県のこれからを応援していただきたいものである。
■取材協力
GunMaaS
https://lp.g3m.jp/