人には、迷惑をかけたほうがいい時も多いという話。
日本人であれば、人に迷惑をかけてはダメ、と言われ続けて育った人が殆どではないかと思う。
だから、隣人をはじめ、公共の場での見知らぬ人々に対して、日本人はとても気を遣う。
道端で座り込んではいけないし、駅のホームでは電車を行儀よく整列して待たねばならない。
道にごみを捨ててはならないし、エレベーターの中で大声でしゃべってもいけない。
もちろん恥知らずも少なからずいるが、こうした「暗黙の了解」は、ほとんどの日本人のマインドに深く根付いており、外に出れば、眉を顰められないように、気を遣って過ごさねばならないと考えている人が殆どだろう。
しかし、上のような「マナー」程度の話であれば問題はないが、それが高じて「決して人に迷惑をかけてはならない」が行き過ぎれば、弊害がある。
それは端的に言えば、「お互いが、お互いを頼らなくなる」ということだ。
人は頼り、頼られてこそ、絆が強くなる。
実際には、人には、迷惑をかけたほうがいい時も多いのだ。
頼ってくれたら、契約を継続したのに
例えばつい先日。
保険会社に勤める知人から、こんな話を聞いた。
「人に迷惑をかけてはいけない、っていうじゃない。でも実は、そんな簡単でもないんだなあ、って思ってる。」
「なぜ?」
「実は昔、地方に赴任した時に、保険の契約を切られそうになった時があって。」
「うん。」
「契約切られないように、クルマでその人のとこに、急いでいく必要があった。アポを取って、すぐに車で向かったんだよ。そしたら運悪く、路肩に脱輪してしまって。」
「急いでたのに?」
「そう。天気も悪くてさ、時間も間に合わないかもしれなかったから、急いで会社に連絡して、ロードサービス呼んで、何とかぎりぎり、アポの時間に間に合わせた。」
「おお、良かったね。」
「そう、お客さんにもギリギリになったことをお詫びしてさ。状況も話した。すごい頑張ってたどり着いた、って。」
「で、結局どうなったの?」
「頑張って来たな、といわれて褒められたんだけど。結局「悪いな、契約は別の会社に切り替えたよ」って言われてしまって。もう踏んだり蹴ったり。」
「ああ……大変だったね。」
「で、ここからが本題なんだけど。あとで、その人の奥さんから言われたんだよね。「脱輪した時にウチに電話して、助けてくれって頼ってもらったら、たぶん契約継続できてたのに」って。」
「えええ?どういうこと???」
「要は、もっと自分たちを頼ってもらったら、信頼関係も厚くなったのに、ってことなんだよね。人間て、難しいよねえ。」
お前が俺を頼らないなら、俺もお前を頼らない
いったい、何が起きたのか。
つまり、こういうことだ。
「お前が俺を頼らないなら、俺もお前を頼らない。」
わかるだろうか?この感覚。
そう、「人に決して迷惑をかけないようにする」というのは、万能解ではない。
迷惑をかけることで、かえって強まる絆があるのだ。
例えば。
あなたはベテラン社員で、日々忙しい。
そこに、ひとりの新人が「本当に困ってまして……助けてもらえないでしょうか。」と言いに来る。
めちゃくちゃ忙しいのに……勘弁してくれよ……と思いながらも、
「しかたねえな、助けてやるよ」
と、手を差し伸べる。自分が苦しくなるのはわかってはいるが、人を捨てておけない性格だからだ。
結局、散々苦労したが、新人の問題解決には成功した。
自分の仕事は残っているが……まあ、何とかなりそうだ。
あなたは新人に「貸し」をつくった。
はずなのだが、その新人が上手くやれているかどうか、その後も気になる。
予想通り、いろいろと困っていたので、手を差し伸べることにした。
「しょうがねえなあ、面倒見てやるよ」と、彼は言い、新人は
「本当にありがとうございました!先輩感謝です!」と言ってくれる。
まんざらでもない。
むしろ、他の出来の良い新人に比べれば、能力的には今一つなのだが、
「頼られる」ことは悪い気持ちはしない。
そして後日わかったのだが、彼は「新人」たちから、頼りがいのある先輩として、一目置かれていた。
「人望」というものは、こういうものなのか。
「じゃあ、俺のために死ぬほど働いてもらうからな。」
後輩たちはこう言った。
「なんでもやりますよ!」
とはいえ、また彼らのしりぬぐいをやるのは自分だ。
でも、成熟した大人の人間とは、そのように「頼られながら」生きていくものなのだ。
*
上の話はフィクションではない。
というより、どこの組織にも、多かれ少なかれ、このような話は存在している。
この話の注目すべきポイントは、必ずしも「迷惑をかけること」が悪いことではないという点だ。
しかも、「先輩」は、後輩から一方的に迷惑をかけられている。
「ギブアンドテイク」ですらない。
親から受けた恩は、親に返すのではなく、子供に返していく。
先輩からおごってもらったときに、先輩に返そうとしたら、「ベテランになった時に、後輩におごってやれよ」と言われる。
旅先で見知らぬ人から親切にしてもらったら、自分も見知らぬ人に親切にする。
こういう「頼り」「頼られ」が世の中全体で回っていくことが、本当の意味で
「迷惑をかけないで過ごしていく」よりも大事なのは、言うまでもない。
「人に迷惑をかけてはいけません!」ではなく、「マナーは守ろう、人には頼ろう」でもよいのではないかと思う。
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【著者プロフィール】
安達裕哉
生成AI活用支援のワークワンダースCEO(https://workwonders.jp)|元Deloitteのコンサルタント|オウンドメディア支援のティネクト代表(http://tinect.jp)|著書「頭のいい人が話す前に考えていること」88万部(https://amzn.to/49Tivyi)|
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