【西新宿小学校】通知表・単元テスト・宿題をなくしてどうなった? 学力偏重から変わり始めた保護者の意識
通知表、単元テスト、強制的な宿題を廃止した東京都新宿区立西新宿小学校校長・長井満敏先生の連載記事第2回。改革の経緯、徐々に変化している保護者の「子ども観」、学校に協力してくれる保護者の存在など、2年間の変化をうかがいました。
「強制的な宿題はなし」でも自ら学ぶクラスへ〔子どもの主体性を信じた公立小学校教員の驚きの実践〕2023年度から通知表、単元テスト、強制的な宿題を廃止している新宿区立西新宿小学校。周囲からの反対はなかったのでしょうか。また、この2年間で子どもたちや保護者はどのように変化したのでしょうか。
改革を主導した校長の長井満敏(ながいみつとし)先生にお話をうかがいます。
改革への反対はなかった?
公立小学校での通知表、単元テスト、強制的な宿題の廃止は、類似する例が少ない取り組みです。保護者や先生からの反発や不満はなかったのでしょうか。
「結論からお話しすると、不安の声はあったものの、実施できないほどの反対はありませんでした。最初は誤解もありましたが、何度も説明することで反対意見は徐々に収束していきました。もちろん、完全に納得していない教員や保護者も多かったとは思いますが」(長井先生)
改革の実行にあたり、前年(2022年)の夏休み前から地域の方々との会議(地域協働学校運営協議会※)で説明を開始し、その後、徐々に教員・PTA役員へとその範囲を広げていきました。
※地域協働学校運営協議会
地域の声を学校運営に取り入れるための制度。委員は校長、PTA役員、自治会長、地元企業の代表者などで構成され、学校運営について話し合う。地域協働学校運営協議会を設置している学校を、コミュニティ・スクールとも呼ぶ。
それらの場で明確な反対意見は出ませんでしたが、2023年3月に開催した保護者説明会ではさまざまな声が上がります。「学校では勉強に力を入れないのですね」「塾に行かせろという意味ですか」といった不安を口にする保護者もいたといいます。
長井先生は、学習を軽視するわけではないこと、テストや通知表で測れる能力だけではない部分に目を向け、一人ひとりのよさを認めていきたいことなどを、丁寧に説明しました。
2022年度末に2回、年度明けの2023年度の保護者会に加え、オンラインでの説明会も開催して話し合いの機会を設けた結果、懸念や反対意見は徐々に少なくなっていったといいます。
「説明会では、文部科学省が定めている学習指導要領でも、数値化できない力を伸ばそうとする方向性が示されていることなどもお伝えしました。非認知能力の重要性などがある程度定着してきたことも、大きかったかもしれません」(長井先生)
こうして2023年度から、通知表、単元テスト、強制的な宿題がない学校生活がスタートしたのです。
数値で測れない「変化」をどうとらえるか
改革を実行して約2年が経つ西新宿小学校。長井先生は保護者からの反応について、「夏休みなど長期休暇の宿題は、親の負担が減ってありがたいという声があります。ただ、通知表やテストについては、直接私のところに意見が届くことは少ないですね」と少し残念そうに話します。
では、実際に子どもたちにはどういった変化が見られるのでしょうか。
「強制的な宿題から自主学習に切り替えたことで、自分で学習テーマを見つけ、深める子が出てきていると感じます。また、地域の企業や大学などと連携した体験型学習を取り入れていることもあり(詳細は第4回参照)、以前より学ぶ楽しさを感じる時間は増えていると思います。
ただ、数値で計測できる『学力』とは異なり、それらはすぐに効果や結果が出るものではありません」(長井先生)
体験型学習でシャンプーの仕組みについて学ぶ子どもたち。 写真:川崎ちづる
確かに、勉強させればその結果をテストで測ることができますが、興味のあるテーマを見つけて学ぶようになったとしても、それを数値化することはできません。
「通知表や単元テスト、宿題を廃止したのは、子どもたちが序列をつけられることに疲弊し、本来持っている学びへの意欲を失ってしまっているからです。大人が強制することで身につく学力は短期的には効果があるように見えますが、本当の意味で『学ぶ力』が身についているかは疑問です。
主体的に学習する中でそのおもしろさを経験できれば、学びを前向きにとらえ、続ける力や挑戦しようとする意欲につながっていく。それらが将来、子どもたちを支える本当の『学ぶ力』なのではないでしょうか」(長井先生)
ある保護者は、強制的な学習が子どもの意欲を奪い、主体的な行動を妨げてきたことを示唆する、次のような話を聞かせてくれました。
「うちの子は、宿題が苦痛で仕方なくて。以前は帰宅しても2時間くらい、『やりたくないなぁ、でもやらなきゃな……』と葛藤していました。だから宿題がなくなったときは、すごく喜んでいましたね」
しかし驚いたことに、宿題廃止後はそれまでよりもずっと授業に真剣に臨むようになったといいます。「学校で集中しているからか、家では全然勉強しなくても漢字の小テストはいつも全問正解。不思議です」と笑います。
嫌々机に向かわせるのは、やはり逆効果だということがよくわかります。選択の自由があれば、子どもは自分に合った方法を見つけ、大人が思うよりずっと前向きに学ぶのかもしれません。
通知表と単元テストの代わりに導入した「CDT」
単元テストを廃止した西新宿小学校ですが、テストをまったく行っていないわけではありません。学習した内容の定着度合いを把握するために、CDTという学力検査を年間2~4回(回数は教科によって異なる)実施しています。
CDTで単元テストよりも長い期間の理解度を確認し、学習した内容が定着しているのかを確認したいと考える先生や保護者の要望に応えています。
「通知表がないと学校での子どもの様子がわからない」という保護者の声には、個人面談をそれまでの年間1回から2回に増やすことで対応してきました。
「個人面談では普段の学習の様子に加えてCDTの結果もお話ししますが、その子自身のよさ、成長などをもっと伝えていく必要があると考えています。
そして、保護者からも家庭での様子を共有していただき、その子のよい面を認め合えるポジティブな情報交換の場にしていくことが理想です。現状でもそうした方向にシフトしていますが、まだ道半ば、という感覚です。今後改善していきたい点でもあります」(長井先生)
子どものよいところを認め合う個人面談は、学校と保護者の信頼関係にもつながります。 写真:optimus/イメージマート(イメージ写真)
一方で、保護者と学校の関係が、徐々に変化している部分もあるといいます。たとえば学校へのクレーム。この2年間は非常に少なくなり、特に先生の子どもへの対応に関する苦情はほぼない状態です。
「通知表で『評価される』という感覚は、子どもだけでなく保護者にもあったのではないでしょうか。通知表廃止により、学校と保護者がともに子どもを支える関係になりつつあると感じます」(長井先生)
保護者の「子ども観」にも変化が
この2年間、長井先生は保護者と気軽に対話しようと、積極的にその機会を設けてきました。また、ことあるごとに、「テストの点数や成績で序列化するのではなく、一人ひとりが持つ個性を認めていきたい。そして、子どもたちが『おもしろい』と思える探究的な学びへと変えていきたい」という思いを伝えてきました。
そうした対話の効果か、少しずつ保護者の『子ども観』にも変化が表れています。前述の宿題について話してくれた保護者からは、次のような声も聞くことができました。
「今は子どもを『学力』で評価するような価値観からは卒業しましたが、まだ通知表があった第1子(現在中学3年)の小学生時代は、通知表を前に『なぜできないの』『勉強してないからでしょ』と厳しく問い詰めることもありました。もっと本人のよさに目を向けてあげられたらよかった……」
さらに、一部の保護者は長井先生の理念に共感し、新たに開始した体験型学習に積極的に協力するなど、改革を支援してくれるようになりました。
「応援してくれる保護者の方々には、本当に感謝しています。ですが、現在の西新宿小学校の教育方針とは相容れない考えや意見であったとしても、ぜひそれを我々に伝えてほしいと思っています。
学校教育は過渡期にありますから、いろいろな考えがあって当然です。敵対するのではなくお互いの話に耳を傾け、対話することでよりよい学校になるのですから」(長井先生)
第3回は、変革に対する先生方の反応、今求められている学校の役割などについてうかがいます。
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【長井満敏(ながいみつとし) プロフィール】
東京都公立学校教員、指導主事などを経て新宿区立西新宿小学校校長に就任。専門は学校経営、理科教育。子どもたちの「学びたい」を育む教育を目指している。
取材・文 川崎ちづる