坂茂氏が設計「豊田市博物館」の建築的な挑戦。隣接する美術館の傑作との“調和と対比”
豊田市美術館の隣地、だからこその難しさとは?
駐車場からのアプローチを進むと、高木がリズミカルに並ぶ庭が広がり、その奥に「豊田市博物館」が見えてきた。頭上にぽっかりと広がる空と、別天地のような静けさが印象的だ。
2024年4月に開館した同館の設計を手がけたのは、国内外で活躍する建築家の坂茂(ばん しげる)氏。数々の名建築を世に送り出すとともに、災害・難民支援を行っていることでも知られ、同館には「ZEB Ready*」や防災拠点となる機能も盛り込まれている。
*ZEB Ready:ZEBを見据えた、基準一次エネルギー消費量から50%以上の一次エネルギー消費量削減に適合した建築物
豊田市博物館の隣には、谷口吉生氏が設計した「豊田市美術館」が建つ。豊田市美術館の建築については当サイトでもご紹介しているが、全国的にも名を馳せる美術館の存在は計画に影響したのだろうか?
「豊田市美術館の隣であることは、大きな挑戦でした」
そうほほ笑むのは、豊田市博物館の基本計画から関わってきた副館長の髙橋健太郎さん。“美術館の傑作”と並び立つだけに、「建築的に調和が可能なのか」が大きな課題であったという。
坂茂氏とプロジェクトチームがたどり着いた結論とは? 髙橋さんにじっくりと話を伺った。
坂茂氏の提案は「つなぐ」。谷口吉生氏へのリスペクトを込めて
「豊田市博物館」の敷地は約4万平方メートルと実に広い。高校敷地として活用されていた時は、美術館との間に約5mの高低差と木立という自然の境界線があった。美術館側から校舎が目に入ることはなく、むしろクローズドであることによる静謐な空間が美術館の評価を高めていたという。
「開館30周年を迎える美術館の横に博物館を建てるにあたり、ランドスケープが大きな課題となりました。2館を一体化すれば人の流れが生まれますが、谷口氏設計の美術館と調和できるような建築物が必要とされる難しさがあります。坂氏以外の提案の中には『美術館と分断する』プランもありました」(髙橋さん)
そんな中、建築家・坂茂氏の提案は「つなぐ」ことだった。
「坂さんが発想したのは、30年前に美術館のランドスケープを手がけたピーター・ウォーカー氏の再登板により、ランドスケープを連続させるアイデアです。坂さんの人脈を生かして同氏を含めた設計チームを編成する提案は、僕らにとって画期的なものでした」(髙橋さん)
豊田市美術館のランドスケープ設計者が30年越しに庭の設計を行い、2館が連続するミュージアムゾーンが見事に完成。2館は木立越しにお互いの建物がちらりとのぞく程よい距離感であり、静謐を愛する豊田市美術館のファンからも評判は上々とのことだ。
坂氏の選択は『調和』だったのだろうか?
「坂さんは谷口さんへのリスペクトが非常にあり、谷口さんの建築価値を下げてはならないという使命で臨んでいました。一方で、美術館と同質化するのではなく、博物館は21世紀のミュージアム建築として『対比』を描いています。まるで兄弟館のような立ち位置になっていると思います」(髙橋さん)
木とガラスの有機的なデザインで、21世紀らしさを表現
坂氏は豊田市博物館の冊子に、次のような文章を寄せている。
「谷口吉生氏の美術館が20世紀後半を代表する、金属とガラスを直線的にふんだんに使ったモダニズム建築の傑作とすると、博物館はそれと対極的に、21世紀最大のテーマである環境問題に寄与するように、木をふんだんに使った有機的なファサードと空間として対比することとした」
両建物の対比がよく分かるのが、博物館には「木と透明ガラス」が存分に使われていることだろう。収蔵品にとって紫外線は大敵であるため、博物館は窓の少ない堅牢な造りが一般的。ところが豊田市博物館はとても明るく開放的なのだ。
「当館では計画段階から『市民が出会い、交流する』機能を盛り込んでいました。収蔵品の保存はもちろん、それらを見る人も大切にしたいという考え方は坂さんと共通し、『訪れる人が過ごしやすい空間とは?』という視点を意識した設計になっています」(髙橋さん)
その最たる場所が、面積の約5分の1を占める入場無料の交流ゾーン「えんにち空間」。木造で、ガラスと豊田市産の木材がふんだんに使われている。建築時の環境負荷が少なく、リサイクルがしやすい木材を使うことは坂氏の提案のひとつだった。
「対比」で各館の個性を尊重しつつ、ランドスケープで一風景として統一する。確かに、両館に自然に目が向き、行き交う人の流れができていた。博物館と美術館の隣接は国内では数少ないそうだが、坂氏が狙った通りの相乗効果が生まれている。
収蔵品を「より多く」「より面白く」見せる画期的な展示
建築的な見どころとして「常設展示室」も注目したい。楕円を描く大空間でひときわ目を引くのが、巨大なガラスの展示棚「とよたモノ語り」だ。昭和の日用品、動物のはく製、縄文時代の出土品など、あらゆる収蔵品がガラスケースに鎮座している。
そもそも博物館の常設展は、時系列別や地域別といったテーマが厳格に決められることにより、収蔵品の入れ替えはあまり行われない。また最近の博物館は映像が増え、実物展示が減っている傾向にあるという。同館ではそんな博物館の当たり前に一石を投じている。
「豊田市の多様なモノや話題を切り捨てることなく、たくさん展示し、頻繁に更新できる展示にしたいと考えました。平面的に展示すると面積を要しますが、タテ空間を利用したこの展示棚はより多くの収蔵品に焦点を当てられます。入れ替えはマンパワーなので大変ですが(笑)、こまめに行っています」(髙橋さん)
実は、坂氏からの初案は革新的で、見学者が興味あるテーマのボタンを押すと、地下の収蔵庫からピッキング・ロボットが収蔵品を運んできて、解説とともに展示するというものだった。この自動システムが叶わなかったことに坂氏からは無念さが伝わってきたそうだが、「でも巨大な展示棚というアイデアで、収蔵品を自分たちで選択して鑑賞できる展示方法を見事に実現してくれました」と髙橋さんは感服する。
ZEB Ready 、防災拠点としての機能を備えた、先進ミュージアム
建築家の坂茂氏は災害や難民支援活動をライフワークとし、豊田市博物館も「21世紀最大のテーマである環境問題に寄与する」ように設計されている。
事実、豊田市博物館は、省エネ性能「ZEB Ready」に取り組み、「防災拠点」の機能を持つ。博物館としては珍しい仕様をなぜ導入したのだろうか。
「どちらも坂さんからの提案です。ZEBを当初から目指したのではなく、高断熱で高エネルギー効率の建物にして発電設備を備えるという考えから始まりました。収蔵品を管理する博物館はかなりエネルギー負荷が高い建物なのですが、ZEB Readyの認証を受けることができました。豊田市の公共建築物では初の取り組みです」(髙橋さん)
防災に関わる設計にも、坂氏の知見が現れている。
「防災拠点=避難所とは限りません。本市では『セミナールーム』を豊田市の災害対策本部のバックアップ施設として計画しました。災害時には太陽光発電や蓄電池、自家発電を活用でき、展示・収蔵エリアと別棟としてゾーニングしたことにより可能となりました」
「美術館の隣であることは大きなハードルでしたが、今ではこの立地が博物館の魅力になっています」と達成感をにじませる髙橋さん。豊田市博物館へ訪れたら、建築家の豊かな発想や豊田市美術館との調和など、建築的な視点でも眺めてみてほしい。
取材協力/豊田市博物館
https://hakubutsukan.city.toyota.aichi.jp/
引用文献/豊田市博物館 冊子