異国香るレシピ「赤いチャーシュー・チャーハン」。匂いは遠くの何かを映し出す ──映画研究者・三浦哲哉さんの【あの人のチャーハン】
『自炊者になるための26週』が話題の、映画研究者・三浦哲哉さん(49)の「心に残るチャーハン」を前編、中編で伺ってきました。今回はお話に出てきた、紅麹を使った「赤いチャーシュー・チャーハン」の作り方を教えていただきます。「匂い」は遠くの何かを映し出す、と映画の専門家ならではの視点のお話も。
NHK出版公式note「本がひらく」連載「あの人のチャーハン」よりご紹介。(※本記事用に一部を編集しています)
1.赤チャーシュー : 塩豚に紅麹をまぶして焼く
──前回、「赤いチャーシュー・チャーハン」のロマンについてお話を伺いました。今回、その作り方をぜひ教えてください。まずはチャーシューから。
「赤いチャーシュー」の作り方はいろいろあるのですが、普段「塩豚」をよく作るので、これをベースに紅麹をまぶす方法にしました。塩分はふつうの「塩豚」(だいたい3%)より控えめにします。
赤チャーシュー
〈材料〉
豚肩ロース 500g
塩 10g(肉の2%)
紅麹 大さじ2
〈つくり方〉
1 豚肩ロースに塩をすり込んで1時間おく。
2 紅麹をぬるま湯で30分ほどふやかし、ミルミキサーかすり鉢ですってトロトロのペースト状にする。
(今回は料理人・稲田俊輔さんお勧めの「マジックブレット」を使用)
3 ポリ袋に紅麹を入れ、そこに豚肩ロースも入れて紅麹を全面にまぶす。
4 ポリ袋の空気を抜いて肉を包み、2日ほど冷蔵庫で寝かせる。
5 冷蔵庫から取り出したら、肉の表面をさっと洗い流す。
6 160度のオーブンまたはオーブントースターで90分焼く。
2.チャーハン : チャーシュー・ネギ・卵・ご飯のシンプルレシピ
──では、いよいよチャーハンですね。
チャーハンを作る時、普段はラードを使うのですが、今回は豚肩ロースを焼いた時に出たラードを最後に少し振りかけますので植物油(綿実油)を使います。
チャーハン(1人分)
〈材料〉
ご飯 どんぶり一杯分
チャーシュー 50g(好みでたっぷり入れても)
卵 1個
ネギ 5㎝
油 大さじ2
ラード(チャーシューから出た) 大さじ1
〈つくり方〉
1 ねぎはみじん切りにし、チャーシューは1㎝角に切る。
卵は溶いておく。
2 中華鍋を熱して煙がたったら油を入れ、溶き卵を加える。
卵のふちが固まり、まだ液状の部分が残っているうちにご飯を入れて炒める。
3 卵とご飯がなじんだら、チャーシューとネギを加える。
4 ご飯をお玉の背で鍋肌に押し付けるように焼き、鍋をあおってパラパラにほぐす、を繰り返す。
5 炒まったら塩で味を調え、最後にチャーシューのラードを振りかける。
6 椀で形を抜き、こんもりと盛り付けて完成。
「匂い」が映し出す遠くの何か
──ご飯がはふはふ。紅麹のエキゾチックな香りがほんのりしてきて、おいしい。チャーシューはやっぱり「チャーハンの華」ですね!しっとりしていて、噛むとじゅわじゅわ塩味が奥からやって来ます。
麹をまぶしたのでチャーシューが柔らかく仕上がった気がします。ちなみにベースの「塩豚」は、料理家・高山なおみさんのレシピを参考に作っています。
お店のチャーシューで甘いのってあるじゃないですか。砂糖やしょう油が多めでこってりした。うちの家族は甘くない方が好きなので、それで豚に塩をして熟成させる「塩豚」を使うやり方に落ち着きました。今日はふだんよりたっぷり目に入れましたが、それなりに塩分があるので、各自注意していただければ。
──赤いチャーシューを巡るロマンのお話を伺ったこともあってか(※中編)、紅麹の香りの先に甲府の中華料理屋さんの情景や池波正太郎の昭和のイメージが浮かんできますね。
「匂い」には、ここではない遠くの何かを料理に「映す力」があるんですよ。例の『美味しんぼ』(※前編参照)で刷り込まれた話でもあるんですが(笑)、夏の鮎の匂いもやはりその好例ですよね。鮎は「香魚」という別名を持ちますが、すいかのような独特の香りがあって、その匂いによって夏の清流を思い浮かべるということがありえます。この匂いは清流に生える岩苔に由来しているそうです。まさに遠くの匂いに触れられることが感動をもたらす。
ここ数年、人気の町中華もノスタルジーをかきたてますよね。やはりこれも遠くの匂いの魅惑なのかなと思います。
チャーハンを食べていると、子どもの頃の思い出がよみがえってきます。
──どんな思い出ですか?
前編でお話しした、近所の中華料理屋さんの思い出ですね。母が食べさせたくないちょっと「悪い味」のチャーハンを食べていた時の感情とともに。ビニール張りのイスに座って、街のおじさんたちのタバコの匂いもしたなあ、だとか。
──三浦少年の表情が浮かびます(笑)。
「匂い」には遠くの「場所」「時間」を喚起し映し出す力があるんですね。三浦さんがご専門の映画と、風味を大切にする料理に重なり合う部分を感じます。
きっとそうだと思います。また、このことに気づいた時に、チャーハンも『美味しんぼ』のような「究極」を目指す必要なんてないんじゃないかなとわかったのかもしれません。自分の好きな「匂い」がして懐かしい、自分にとってオンリーワンのチャーハンができればそれでいい、というような。
ほっとするバランスのいい料理
──今日は思い出にからめたチャーハンをいただきましたが、普段チャーハンはよく作りますか?
作りますね。小学校3年と6年の子どもがいるのですが、子どもたちが好きなので月に2、3回は作ってるんじゃないかな。特に下の息子は魚より肉が好きで、チャーハンを作ると機嫌がいいので(笑)。
チャーハンってバランスのいい料理だと思いますよね。
空腹の時や思いっきり体を動かした後に食べると、炭水化物と脂質に体が癒やされる。ほっとするおいしさのC感覚が担保されています。それでいて、店や家庭によって微妙に違いがあり個性も楽しめる。
──中編でお話のあった、だれもが安心できる「C感覚」のおいしさがベースにありながら、今回の紅麹みたいな「風味」を忍ばせることで世界を広げ遊ぶこともできますものね。
そのバランスの良さが、チャーハンが老若男女に広く愛される理由ではないでしょうか。
今日の赤いチャーシューのチャーハン、参考にして作ってくださる方が出てくると嬉しいです。
プロフィール
映画研究者 三浦哲哉
青山学院大学文学部比較芸術学科教授。専門は映画批評・研究、表象文化論。1976年、福島県郡山市生まれ。東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻博士課程修了。著書に『自炊者になるための26週』(朝日出版社)『LAフード・ダイアリー』(講談社)、『食べたくなる本』(みすず書房)、『『ハッピーアワー』論』(羽鳥書店)、『映画とは何か──フランス映画思想史』(筑摩選書)、『サスペンス映画史』(みすず書房)など。
取材・文
石田かおる
記者。2022年3月、週刊誌AERAを卒業しフリー。2018年、「きょうの料理」60年間のチャーハンの作り方の変遷を分析した記事執筆をきっかけに、チャーハンの摩訶不思議な世界にとらわれ、現在、チャーハンの歴史をリサーチ中。
題字・イラスト:植田まほ子