野球は1に楽しむ、2に続けてゆくこと。八千代市出身、元プロ野球選手 重田倫明さん
八千代市出身の元プロ野球選手 重田倫明さんに取材をしました。
重田倫明さんプロフィール
1996年千葉県八千代市生まれ。
小学3年で野球を始める。
八千代市立村上東中学校軟式野球部、千葉英和高校硬式野球部、国士舘大学硬式野球部に所属。
2018年の大学4年時に福岡ソフトバンクホークスより育成3位指名を受け、同球団に入団。
現在は、福岡ソフトバンクホークスファーム広報担当として活躍。
野球を始めたきっかけを教えて下さい
父が野球好きで、家ではいつも野球中継がついていたので、自然の流れで小学3年生の冬に地元の少年野球チーム(旧ヤングタイガース・現八千代イーストスピリッツ)に入団しました。
部活を選んだのは、仲の良い先輩たちが入部していたので、流れに乗って。
単に硬式ボールが怖かったのもありますけど(笑)。
中学では、セカンド、サード、ライトを担当していました。
軟式野球部時代で、うれしかったことやつらかったこと、思い出など教えて下さい
中学時代が一番つらかった思い出が多いですね。
監督が怖い人で、中3ではキャプテンも努めていたので、よく怒られていました。
反抗してサッカーで遊んでいたことも(笑)。
中2の時は市の大会で初戦負けしてすごく悔しかったのですが、中3の最後の夏の大会ではトントン拍子に勝ち進み、全国大会まで行けたことが良い思い出です。
高校時代の思い出を教えてください
演歌歌手の新浜レオンさんと始球式で久しぶりの再開、そしてマウンドに立った時の感想を教えて下さい
高校時代の思い出
高校では投手として推薦を受け、野球部に入部しました。
多分、部員は100人くらいいたかな。
1年の終わりにはレギュラーを務めさせていただいていました。
演歌歌手の新浜レオンさんとバッテリーを組んでいらっしゃったとこのことですが、2025年6月11日にみずほPayPayドーム福岡で開催されたプロ野球交流戦の始球式で久しぶりの再開、そしてマウンドに立った時の感想を教えて下さい
新浜は努力家。
そしてすごくしっかり者で、わがままな私をひっぱってくれていました。
めちゃくちゃ仲良かったんですが、卒業してからは、私のオフシーズンは年末のみで、新浜は年末が忙しいのですれ違いでした。
先日久しぶりに会って、変わったなと思った部分と変わっていないところもあるなと懐かしく思いました。
福岡ソフトバンクホークスへの入団が決まった時の気持ちを教えて下さい
高校3年生の時に、プロ志望届けを出していたのですが、残念ながら選考に漏れてしまい、そこから心を入れ替え、それまでで一番真面目に練習しました。
大学時代はすごく楽しかったですね。
ただ2年生の時に右肘を怪我してしまい、そこから野球はできなかったのですが、育成ドラフトで指名していただいた時はすごくうれしかったですね
プロ野球選手としてのプレーする中で、これまでとは違うと感じた点、野球に対する気持ちの変化はありましたか?
プロ時代の5年間、めちゃくちゃ投げさせてもらいました。
大学時代一所懸命練習して自信をつけていたのですが、プロに入って感じたことは「自信というものが完全になくなる場所」。
プロに入るということは、生きるか死ぬか人生をかけなければいけない、どんなに努力しても活躍できるとは限らない、今考えるとすごい場所でプレーしていたんだなと思います。
現在、セカンドキャリアとして同球団の広報を担当されていらっしゃいますが、仕事内容や、心がけていることなどを教えて下さい
「広報」としての仕事の何が正解かはわかりませんが、自分がいつも心がけていることは、選手、メディア、会社、ファン、この4角形のど真ん中に立って、誰よりも信頼されて、選手の良いところをメディアに伝え、ファンに届け、選手が活躍できる一番良いものを世に出していくこと。
選手の気持ちは誰よりもわかっていると思っていますので、メディアを責めることもあれば選手を守備することもあり、一番の軸に居たいと思っています。
野球を楽しむ子どもたちに向けてのメッセージをお願いします
何よりも楽しむこと。
初心者だろうが、負けようが、目の前の結果や実力に関係なく、続けていくことが大事。
続けていくと、周りの人とつながり、道ができていくはず。
でも、つらくなったり、悩んだり、迷ったりした時は、ぜひ親子でプロ野球を観戦して楽しんでください。
福岡ソフトバンクホークスのウエスタン・リーグも、ぜひ遊びに来てくださいね。
重田倫明さんInstagram/@shigeta_