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能町みね子の「あんたは青森のいいところばかり見ている」(第15回)

まるごと青森

能町みね子の「あんたは青森のいいところばかり見ている」(第15回)

シリーズ・バス終点の旅  青森県南西端 幻の「板貝入口」を目指して
本編 〜紅の豚〜

気軽に「果て」を味わえる場所――バスの終点に行きたい。ということで、いくつかやってきたこのシリーズ。
青森県最南西端のバス終点「板貝入口」に行こうと思ったものの、訪問のわずか3か月ほど前にこのバス停が廃止されていることが判明。私は涙に濡れながら、その手前の現役バス停「大間越センター前」に行き、さらにはなくなった「板貝入口」を車で目指すことにしたのだ。
……といいつつ、寄り道しすぎて深浦町中心部に着いたところまでで終わってしまったのが前回までのお話。

目的のバスまで時間があるもんで、車で先回りする5号氏・風呂道具師と別れ、私は深浦町内を散策。すると、雨が降り始めた。
この日はこのあとずっと、雨が降っては止み、降っては止みを繰り返す落ちつかない天気であった。
バス停2つ分ほど歩いたところで、今回の目的のバスをお出迎え。

マイクロバスというんでしょうか。いわゆる路線バスっぽくはない。

バスにはありえないことなのだが、乗ってすぐ、運転手さんにどこまで乗るかを訊かれました。「あ、最後まで……」と言う私。これではタクシーじゃないか。乗客は私しかいない。料金はなんと、どこまで乗っても100円。公営とはいえ採算は大丈夫なのだろうか。
バスは基本的に海岸に並行した国道を走るのだけど、アップダウンが激しいし、海はそんなに見えない。ときどき集落のかなり細い道に入るので、なかなかスリリング。

とてもバスが走る道とは思えない。

終点に着くまで乗ること約1時間。結局最後まで誰も乗らず、客はずーっと私ひとりだけであった。バスにはつきものの「次は、○○」などというアナウンスも全くなく、運転手と客の2人きりのドライブ。やはりほぼタクシーである。

終点の手前。道はいよいよ狭い。前方の鉄骨を渡したようなものはなんと五能線のレールです、この上を汽車が走ります。

そんなわけで、終点に着いた。私が求める本来の終点ではないので、感動は薄い。車を近くに停めていた5号氏・風呂道具師と再合流。

これが現在の終点。周りの風景を写し忘れました。山と海に挟まれた集落の隅です。

もうこの先、これ以上公共交通機関はない。さて、我々はここからとりあえず秋田県との県境に向かおうと思う。車で。
県境をまたぐ前に、ちょっと腹ごしらえもしたいと思う。県境の手前には「福寿草」という食堂があるのだ。

福寿草は高台にあります。駐車場の向こうは崖で、その先は海。

イカのごろ鍋定食。おいしいよ。

というわけで、腹ごしらえも済ませまして。
福寿草の駐車場から何気なく海のほうを眺めていると、崖下に家が見えた。

画面奥から手前に向かって、国道(山沿いの道)から降りてくる細い道があり、降りきった手前側に何件か民家がありますよね。

おおお。ここだ。このごく小さな集落が、愛しき「板貝」。
私がたどりつきたかった「板貝入口」バス停は、国道沿いの、この細い坂道の入口のところにあったはずなのよ。

板貝に行ってみたい気持ちはやまやまなれど、県境近くまで来たんだから、まずは以前みたいに県境を歩いて越えたい。グーグルマップを見たところ県境までは500メートルもなさそうなので、私たちはまず、福寿草から歩いて県境越えすることとしました。

勇ましく国道を歩く風呂道具師。「お隣りは秋田県/素晴らしい旅を」ですって。

国道は海からだいぶ標高の高いところにある。しばらく歩くと、急に海側の景色が開けた。
そこには、岩山によって完全に隔絶された砂浜が……!

険しい岩山に囲まれ、砂浜がある。手前は崖なので国道からは降りられない。

「これは……超プライベートビーチですね、すごい」
風呂道具師が静かに興奮している。すると、5号氏がうわごとを口走り始めた。
「紅の豚だ……紅の豚」
「え?なんですか」
「赤い飛行機を置かなきゃ。これは紅の豚ですよ!」
5号氏のテンションが今まででいちばん高い。
――実は、恥ずかしながらジブリに疎い私。紅の豚については未見で、5号氏の言ってることにうまく反応できなかったよ。ごめん、5号氏。あとから画像検索したら、まんま紅の豚の景色じゃないですか(分かるの遅い)!
ここ、青森の「紅の豚ビーチ」と名づけたいな。

思わぬ発見がありつつ、いよいよ県境が近づく。
でも、県境って「ここから○○県ですよ」という看板はあるだろうけど、道に線が引いてあるわけでもないだろうから、くっきりとは分からないだろうな、と私は思っていた。以前の「目時」の回でも、くっきりとは分からなかったし。
県境を示す看板が見えはじめ、近づくと……あれ、県境、思ったよりもものすごくしっかり境目が分かるじゃん。

めちゃくちゃくっきりしてる。

ものすごくくっきりしてた。

青森県側の路面が荒くて、秋田県側の路面がきれいだよ!
くしくも、整備状況によって県境がくっきりはっきり分かってしまったじゃないか。
こんなにはっきり分かるなら、記念に写真を撮るしかあるまい。

両県を股にかける活躍をしてみる能町。

……と、県の境目ではしゃぎつつ、青森県側も余裕があったら整備してね、と思いつつ、我々は元の道を戻る。
いよいよ本来行きたかった「板貝入口」の遺跡に向かうのだ。
ということで、下の写真である。
一見、海沿いの国道を写した、なんてことのない写真であります。
ここが、私が来たかった、つい3か月ちょっと前までバス停があった、「板貝入口」なのです。

おわかりだろうか……。

草むらに痕跡を求める5号氏。

なにかバス停の痕跡がないか、と路傍の草をガサガサまさぐってみても、バス停の土台のような物すら見つからなかった。果たしてここに、「青森県の果て」のバス停は本当にあったのだろうか……。ちょっと前のグーグルストリートビューを見れば本当に立っていたことは分かるのだが、今となってはそれも信じられない。ここまでバスが来てくれていた時代があったなんて。

「入口」だけではなく、「板貝」の集落本体にも向かうことにする。

さっき崖の上から眺めた坂を下り、魅惑の板貝集落に向かう。思った以上に海っぺりである。

坂を下りてそのまま道なりに進めば集落のメインストリート。というか、道はこの1本しかないかも。

そのメインストリートをさらに進むとこんな感じに……。右は海。

青森県の南西端・板貝集落は見たところ民家が3軒くらいという感じ。もし誰か庭仕事でもしていればお話でも聞いてみたかったけれど、雨模様だったこともあり、このときは全くひと気がなかった。観光地でも何でもなくて「果て」感はかなり強く、私は歩くだけで大変満足してしまいました。かえすがえすも、バスで来られなくなったことが悲しい。
で、このメインルート沿いに民家すら見えなくなり、この先には何があるのでしょう?

まだまだ歩く我々。船が見えてきたけど、使っているのだろうか……?

こんなところに出た。

一見、これは港と呼んでいいのか?と思ったけれど、どうやらここからちゃんと漁船が出ているようなので、まぎれもなく港である。青森県・最南西端の港!板貝集落の方々が使っているはず。

海へと駆け出す5号氏。漁関係の道具が散らかってる。現役バリバリ。

しかし、周りはかなり険しい岩場であります。同じ深浦町内の千畳敷海岸にも似ている。ここもいかにも「果て」だ。

「火星の表面」と言ったら信じてくれる人もいそう。

なにせ足場が悪いので、私はそこの「果て感」でも十分に満足していたのだけど、あれあれ、ほかの2人はまだまだ先へ……。2メートル氏と言い、この連載の担当となる人はみんなこういう無鉄砲な冒険家ばかりなのだろうか。

え、まだ先に行くんですか?

遠くから5号氏の叫ぶ声がうっすら聞こえる。
「紅の豚が……」
たしかに、位置関係的には、この先をずっと進んでいけばさっきの「紅の豚ビーチ」に行けるかもしれない。でも、上から見た感じだと、この先は恐らく岩場どころかとんでもない岩山でしたよ。行けるのか?そんな無謀に彼らは挑むのか?

俺のビーチ……俺だけのプライベートビーチ、俺だけの紅の豚……

紅の豚ぁぁぁ……オレの、紅の……

ダメでしたー。これ以上やっぱり行けませんでした。てへぺろ。

あきらめてくれた。よかった。5号氏がそこまでの冒険野郎じゃなくて助かった。

そんなわけで、帰りは「十二湖駅」に寄って、構内にある青池ソフトを食べて帰りましたとさ。

ヨーグルト味でおいしいよ。

十二湖のお店の方に、板貝のことを聞いてみた。
おそらく住んでいるのは3軒くらいじゃないか、とのこと。ワカメ漁をされているという。
さらに調べてみると、1968(昭和43)年の漁業関係の資料が見つかった。
それによると、この地は断崖絶壁が多く、田畑耕作は不可能。漁業は、マス1本釣、ヤリイカ小型定置、テングサ、ワカメ採取、ブリ1本釣、アワビ、ヒラメ1本釣など。お金のかかる網漁業はできず、旧式の釣り漁業なので漁獲量が少なく、青年も壮年も北海道や関東に出稼ぎに行っている、とある。予想できることではあるけど、大変だ。
しかし驚いたのは集落のこと。なんと、この資料の時点で住宅が「3戸」と書いてある。当時からそんなに少なかったとは!
50年以上の間、戸数が減っていない。この集落が令和の今までしっかり残ってきたのは奇跡だ。ありがとう、板貝。私はここの紅の豚ビーチをひそかなる観光地にしたいよ。

by 能町みね子
【プロフィール】
北海道出身。文筆業。大相撲好き。南より北のほうが好きで青森好き。著書に、『逃北』(文春文庫)、『結婚の奴』(平凡社)など。アンソロジー小説集『鉄道小説』(交通新聞社)では青森の妄想上の鉄道について書いている。新刊『ショッピン・イン・アオモリ』(東奥日報社)が10月11日に発売!

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