【澤田瞳子さんの新刊「赫夜」】 富士山噴火、その時人々は
静岡新聞論説委員がお届けするアート&カルチャーに関するコラム。今回は静岡新聞で「春かずら」を連載中の澤田瞳子さんの新刊「赫夜(かぐよ)」(光文社)から。
平安末期の歴史書「日本紀略」によると、延暦19(800)年の(旧暦)3月14日から4月18日にかけて富士山で大規模な噴火があった。「赫夜」は、その史実をベースに、富士山周辺すなわち今の静岡県東部の住む人々の混乱と再生を描いた物語だ。
名馬育成で知られる愛鷹山麓の岡野牧(現在の沼津市)、街道を行き交う人々でにぎわう横走駅(同、御殿場市)から見た、2度の噴火の描写が五感に迫る。
「毬を連ねたような形の真っ白いもの」が富士山の中腹から空に伸びていき、「濛々と膨れ上がった」後に「轟音が突如、辺りに響き渡った」と記す。
子どもの甲高い泣き声、閃光、雷。「雲とも煙ともつかぬもの」が峰から湧き上がり、空をどす黒く包む。ほどなく「白い砂」が空から降り始め、小指の先ほどの石も降り注ぐ。目の前に落ちてきた「拳ほどの大きさの石」を恐る恐る触ると、とてつもなく熱いー。作家の果てしない想像力と創造力で描写される、「地べたの出来事」はどこまでもリアルだ。
澤田さんは後年の富士山の噴火に関する資料を調べ、富士山かぐや姫ミュージアムや火山学者の小山真人さん(静岡大名誉教授)への取材を経て、こうした描写をものにした。作品の舞台のみならず、「出自」という点でも、これは正しく「静岡小説」である。(は)