リーダーシップを発揮してキングスを勝利へ導く #4 ヴィック・ロー
僕が日本に来てから今シーズンが3年目となる。最初は千葉ジェッツでプレーをし、そして昨シーズンからは琉球ゴールデンキングスのユニフォームを着ている。 Bリーグ以前は、NBAやNBA下部リーグのGリーグ、オーストラリアのNBLでプレーをしていた。多くのアメリカ人選手がそうであるように、僕もNBAに行くことが最大の目標で、それを実現することもできたわけだけど、なかなか思うように事が運ばなかったというのが正直なところだ。 僕は最初にGリーグでプレーをし、NBAへの昇格を目指して每日、できるだけハードにバスケットボールに取り組んでいたし、自分がNBAでプレーできるだけの力があると信じて疑っていなかった。ただ、僕自身もやがて気づくわけだけど、NBAに行くためには才能だけではだめで、訪れる機会を確実に手にしなければならないという側面もある。 僕の場合は、その機会を手にするタイミングが良くなかった。というのも、Gリーグでの1シーズンを経ると世界は新型コロナウイルス蔓延の時期に入り、通常の状況とはかけ離れた状況へと突入してしまった。その中で、NBLだけは通常に近い状態で試合が行われていて、代理人との相談の上、オーストラリアで良いプレーをすればNBAに戻るチャンスを得られるのではないかという決断に至った。 結局は、思い描いたような形とはならず、オーストラリアを経て日本に来ることになった。だけど、そうした状況を恨めしく思ったわけではない。僕は、物事は理由があって起こるものだと信じているからだ。 Bリーグに来る前は、このリーグのことについて多くを知っているわけではなかったし、Bリーグ以外にもドイツやフランスなど、ヨーロッパの強豪などに行く選択肢もあった。だけど日本のバスケットボールマーケットが成長を続けているのは認知していたし、そこへ行くことが最良の選択肢だと思った。 実際、日本へ来てみると、皆がバスケットボールのブランドを大きくしようとしていたし、ファンや周囲の盛り上げに驚いた。それ以前にいくつものリーグを経験したわけではなかったけれど、これからバスケットボールを大きなものにしようとしているその一部になることが素晴らしいことだと感じた。 Bリーグではまず千葉ジェッツに所属した。ジェッツには1シーズン所属して、富樫勇樹や原修太、西村文男、ジョン・ムーニーなど今でもつながりのある友人がいる。自分のバスケットボールキャリアとしても非常に良いシーズンだった。
そして2023-24シーズンに琉球ゴールデンキングスへ移籍してきた。2022-23シーズンのファイナルでは、ジェッツの一員としてキングスと対戦をしているけど、移籍前の彼らについての僕の印象は、キングスは1人1人がゲームをとても楽しんでいて、かつチームとしてのケミストリーが強いということだった。 ジェッツを去るにあたって、僕としては勝てるチーム、勝つことに何よりも優先度を置くチームに行きたいと考えていた。キングスはその条件に合致していた。僕はキングスに来る前に沖縄アリーナでプレーをしたことは1度もなかったのだけど、知り合いは皆、沖縄は素晴らしくきれいな場所だし、気候も最高だと言っていた。だから、決断に時間を要することはなかった。 もっとも、キングスに来てからの僕の背中に常に順風が吹いていたかといえば、そんなことはなかった。新たに加わった選手の多いチームではよくあることではあるけれど、ケガを抱えていたこともあって、僕がキングスに来てからこのチームに順応するのに少し時間がかかってしまった。
そもそも、キングスは僕が来る前年にBリーグを制覇していて、そこにファイナルでの対戦相手の選手だった僕が入ってくるという状況だった。キングスにはすでに経験豊富な選手が数多くいたわけだけど、そこに僕という新たな選手が入ってきた。昨シーズンは僕が入って、そして途中からアレックス・カークも入ってきた。すぐにチームが機能しないのも当然なことだった。優勝をしたキングスが強いのは明白だったとはいえ、新加入選手が入ってくると最適なバランスを探るのに時間がかかるものなんだ。それに、昨シーズンのキングスではケガ人も多かった。だからこそ、容易ならざるシーズンとなってしまったんだ。 昨シーズンは、天皇杯でもチャンピオンシップでも決勝に進みながら、いずれも敗れてしまった。戦っているからには優勝という称号を得て終わりたい。だけど、そういう形がほしいというよりも、僕らは皆、勝ちたいという気持ちのほうが強い。僕について言えば、昨シーズンは新たな環境に足を踏み入れた中で様々な学びのある年となった。 天皇杯の決勝で僕らはジェッツに対して48点差(69対117)という大差で敗れてしまった。もちろん僕は、負けるために沖縄に来たわけではない。どの試合に臨むにしても負けることなど微塵も考えてはいないし、あれだけの大きな試合でジェッツに大差をつけられて敗れることなど考えもしなかった。だけど、Bリーグのチャンピオンシップセミファイナルでは反対に僕らがジェッツを破って、ファイナルに進出した。天皇杯のことがあったから、勝利は余計に甘美なものとなった。
だから、昨シーズンがよくない1年だったなどとは全く思っていない。だけど、今シーズンへ向けてまた上昇していきたいと思わせてくれる糧になったとは言える。僕らは天皇杯やリーグの決勝戦まで到達するだけの実力があったわけだけど、最後は少しだけ及ばなかった。負けることはこの世界の常だし、負けてもそれを糧にして前に進むことこそが大切なことなんだ。 繰り返すが、昨シーズンは浮き沈みのある年だった。その中で、僕も主力としてチームを良い方向へ導くために行動をしていた。練習では自分が思うことがあれば遠慮なく、時に激しくコーチやチームメイトたちに言葉を投げかけることもあった。それが怒鳴り合いかといえば、少し違う。僕らは勝つためにやっているのだし、そのために率直に意見を出し合うことは当たり前のことだと思っている。声を大きくして何かを言うことは確かにあるけれど、それはチームメイトたちに良いプレーをしてほしいと思っているからにほかならない。僕らは皆、ファミリーだし、思うことを正直に言い合ってこそ、初めて本当のケミストリーが生まれて、ファミリーでいられるのだと信じている。
コーチ・ダイ(桶谷大ヘッドコーチ)は、僕と言い合いをしながらやっていると語っているけど、実は、僕に関して言えば、ジェッツ時代のほうがもっとコーチやチームメイトらと激しく言い合っていたんだ。昨シーズンまでいたジョン・パトリックHCは感情をあらわにしながら熱く指導をする人だったし、そのせいかチーム全体が意見を言い合っていた。どちらが良い、悪いと言った話ではなく、コーチ・ダイは選手たちに思いを自由に述べさせてくれる人だし、僕個人のやり方も尊重してくれている。キングスには自分たちが何をすべきかよくわきまえたベテランが多いし、かつ今シーズンは佐々宜央氏がアソシエイトヘッドコーチとして加わった。思うことを口にできる佐々コーチが入ったことで、皆もより、意見を言うことを恐れなくなったように感じる。 コーチ・ダイは、僕がキングスへ来た理由の1つでもある。彼とは本当に良い関係性を築けていると思う。彼は選手たちに自由度を持たせてくれて、一方的に指示を与えるのではなく、コートに立つ者たちこそが主体的にやるべきだという考えを持っている。それは素晴らしいことで、僕も彼のことが大好きだ。彼は選手たちにバスケットボールを楽しむことだけでなく、僕たちが生活の中でも楽しみながら、いいワーク・ライフバランスを保つべきだと考えてくれている。
僕は沖縄での生活を楽しんでいる。イリノイ州シカゴ出身で、アメリカの北端に近いところにある場所なので冬はとても寒くなるんだけど、プロ選手となってからはフロリダやオーストラリアなど、温かいところにあるチームに所属してきたから、沖縄に来てもなんら問題はないし、沖縄のビーチへ足を運ぶことも大好きだ。 僕は結構アクティブで、沖縄に来てからもいろんなところを訪れている。アメリカンビレッジへ行ったり、自転車に乗って遠出をして、日の入りを見に行ったりなどといったこともしている。宜野湾の「カフェオリンズ」や北谷の「ハッピーボウルズ」へ食事に行ったりもしている。沖縄ではいろんなことができるし、人々もとても親切で、本当に心地が良い。 他の外国籍選手たちもそうなんだけど、僕も今、日本語のレッスンを受けている。以前はフランス語ができていたのだけど、長らく使っていないのでもう話すことは難しくなっている。今ならもう、日本語のほうがうまくなっているんじゃないかな。最近よく使うフレーズは「彼女は僕の婚約者です」。交際している彼女と婚約をしたので、誰かに紹介する時にこれを言うんだ。 日本語の習得にはまじめに取り組んでいて、每日、新たな単語を覚えるようにしているし、どのようにして文章を成立させるかも勉強している。話すための日本語だけじゃなくて、読み書きも学んでいる。まだすごくうまいとは言えないけど、自分ではそれほど悪くないんじゃないかと思っているんだ(笑)。