発達障害の兄ときょうだい児の妹。生まれる前からの心配事と7年間で見えてきたもの
監修:新美妙美
信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 特任助教
育て方のバランスに悩む日々
わが家には、療育手帳A判定・知的障害(知的発達症)を伴うASD(自閉スペクトラム症)、DCD(発達性協調運動症)のある息子と、定型発達の娘がいます。1歳10ヶ月の歳の差の兄妹です。
息子が療育に通い始めた頃、私は娘を妊娠していました。これからどうなっていくのか息子の将来がまったく見えない中で、まだ生まれてもいない娘のこと、きょうだい児としての葛藤や生きづらさを想像して心配していました。
兄に障害があることでいじめに遭うのではないか。好きになったひとと結婚できるだろうか。そんなふうに、心配は尽きませんでした。一生、支援を受けて暮らすことができる息子より、障害者の兄がいるという人生を歩んでいく娘の方が心配というのが母としての本音でした。
娘を想う気持ちはあっても、実際、娘が生まれてからは息子に手がかかり、どうしても娘に我慢させてしまう日々が続きました。どのようにしつけをするかなど育て方のバランスに悩み、「この子たちはどうなっていくのだろう」と、見えない未来に不安を感じていました。
妹が生まれても、息子はまるで存在が見えていないかのようでした。癇癪や夜泣きが一層激しくなり、当時はとても不安定な状態でした。赤ちゃんが寝ていても家中を走り回る息子に注意を向け、事故が起きないように神経を張り詰める毎日。娘が1歳を過ぎて兄に関心を向けるようになっても兄からの反応はなく、関係は一方通行のままでした。
娘の成長を感じた出来事
そんな中でも、兄妹は少しずつ成長し、心配は尽きないけれど、娘は娘なりにしっかりと育っていると感じた出来事がありました。
ある朝、保育園の玄関で息子が靴を脱がずに楽しそうに横揺れしていると、同じクラスの年中の男の子が息子に「おい!いっちゃん!おはよう!なにやってんの?笑」と声をかけてきました。話しかけられても無反応で横揺れする息子。
その男の子は自分のお母さんに「いっちゃんはまだ何も分からないし、話すこともできないから」と説明しました(この発言に悪気は一切なく、私は息子を分かってくれていてうれしいと感じていました)。
それを聞いていた当時、未満児クラスの娘がその子に向かってこう言いました。「ねぇ、いっちゃんは私のたからもののいっちゃんなんだから、そういうこと言わないでくれない?分かってることだってあるんだから!」
私は、その場にいた男の子のお母さんと目を見合わせ、驚いてしまいました。いつも兄が優先で、我慢をたくさんして、理不尽なことで叱られてばかりの娘が、こんなふうに想ってくれているなんて……と、胸がいっぱいになりました。
正解はない、兄妹のかたち
最近は息子も少しずつ妹を意識するようになり、「貸して」「やめて」など、気持ちを伝えられるようになってきました。娘も兄を自然に気にかけ、声をかける姿が見られます。息子の調子がいい日には、逃げる息子を追いかけて笑い合い、仲良くおもちゃで遊ぶ様子を見られることもあり、そんな様子を見ると幸せな気分になります。
もちろん娘も人間なので、「喋れるお兄ちゃんがよかった」「いっちゃん、いやだ、いないほうがよかった!」ということもあります。そんなときは否定せず、「そう思うこともあるよね」と気持ちに寄り添うようにしています。
完璧な理想の兄妹ではありませんが、この子たちなりの関係性は、ゆっくり育ってきていると感じています。兄妹のかたちは一つではなく、正解もありません。今後も変わっていくかもしれません。だからこそ、まだ起こってもいないことに悩みすぎず、今を大切にしていきたいと思っています。
きょうだい児についての心配や悩みは、今後も尽きることはなく、私も娘も一生背負っていくことだと思います。娘が家族を嫌いになり、家族から離れたくなったりすることもあるかもしれません。
どんな道を選んだとしても、寄り添える母でいられるよう、「あなたはママの、世界でいちばん大切な宝物だよ。生まれてきてくれてありがとう」と言い続けたいと思います。
執筆/かさはらあやこ
(監修:新美先生より)
障害のあるお兄ちゃんと、定型発達の妹さんの兄妹関係について聞かせてくださりありがとうございます。
障害や難病のある方の兄弟姉妹、いわゆる「きょうだい児」は、一般的に、通常のきょうだい関係よりも我慢をする場面が多くなったり、世間の偏見に悩まされるリスクがあるなどと言われていて、親御さんとしても、きょうだい児に申し訳ない気持ちを抱きやすかったり、将来のことを不安に感じてしまうことがあるかもしれません。
きょうだいとして、いいことも、大変なことも、影響し合うことがあるのは当然です。大切にしたいのは、障害のあるお子さんも、きょうだい児さんも、一方の負担が大きくなりすぎないよう、それぞれに、納得できる、満足できる生活が送れるようにしていくことかと思います。
かさはらさんは、娘さんが生まれる前から、娘さんのことを心配するぐらい、お二人のことをそれぞれに大事に大事にされてきたことが、文面から伝わってきました。きょうだいに対して不満やネガティブな気持ちを抱くこともあるかもしれません。そういう時に、その気持ちを否定することなく、そのまま受け止めて寄り添われるのがとっても素敵だと思いました。お母さんにしっかり気持ちを受け止めてもらえるからこそ、本音が言える関係性になり、その先にまたきょうだいへのポジティブな気持ちも湧いてくるんじゃないかと思いました。
(コラム内の障害名表記について)
コラム内では、現在一般的に使用される障害名・疾患名で表記をしていますが、2013年に公開された米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルDSM-5などをもとに、日本小児神経学会などでは「障害」という表記ではなく、「~症」と表現されるようになりました。現在は下記の表現になっています。
神経発達症
発達障害の名称で呼ばれていましたが、現在は神経発達症と呼ばれるようになりました。
知的障害(知的発達症)、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如多動症)、コミュニケーション症群、LD・SLD(限局性学習症)、チック症群、DCD(発達性協調運動症)、常同運動症が含まれます。
※発達障害者支援法において、発達障害の定義の中に知的発達症(知的能力障害)は含まれないため、神経発達症のほうが発達障害よりも広い概念になります。
知的発達症
知的障害の名称で呼ばれていましたが、現在は知的発達症と呼ばれるようになりました。論理的思考、問題解決、計画、抽象的思考、判断、などの知的能力の困難性、そのことによる生活面の適応困難によって特徴づけられます。程度に応じて軽度、中等度、重度に分類されます。
ASD(自閉スペクトラム症)
自閉症、高機能自閉症、広汎性発達障害、アスペルガー(Asperger)症候群などのいろいろな名称で呼ばれていたものがまとめて表現されるようになりました。ASDはAutism Spectrum Disorderの略。