宮藤官九郎が描く「泣き笑い移住エンターテインメント」菅田将暉主演『サンセット・サンライズ』(ネタバレなし解説)
宮藤官九郎脚本×菅田将暉主演『サンセット・サンライズ』
2020年2月、新型コロナウイルス感染症が日本でも広がりはじめたころ、感染者が乗船していることが判明したクルーズ船、ダイヤモンド・プリンセス号が横浜に入港した。
映画『サンセット・サンライズ』の舞台はそれから1ヶ月後、2020年3月から始まる。東京の大手電気機器メーカー、シンバル社の資産管理部に勤める34歳の西尾晋作(菅田将暉)は、コロナ禍のリモートワークをきっかけに南三陸の宇田濱町に移住した。物件情報サイトで見つけたのは、4LDK・家具家電完備で家賃わずか6万円の神物件だったのだ。
大家の関野百香(井上真央)は、過疎化が進む宇田濱町の役場で空き家対策を担当する身。漁師である父の章男(中村雅俊)と二人暮らしだが、とある事情から空き家となっていた別宅を貸し出すことにしたところ、すぐに飛びついてきたのが晋作だった。町のマドンナである百香の家に、なにやらよそ者の男が住みついたらしい。小さな町内を噂話が駆けめぐり、晋作は住民たちの手厚いもてなしを受ける。
釣り好きの晋作は、ある日、章男の船に乗せてもらい海へ出た。近くに見えた島の山肌を指して、章男は言う。「あそこまで来たんだよ、津波が」――。東日本大震災の発生から、ちょうど9年が過ぎたばかりだった。
コロナ禍、リモートワーク、震災、復興、高齢社会、過疎化。「東京からのお試し移住」をキーワードに、日本社会の問題をコミカルかつドラマティックに描き出したのは、原作者・楡周平、脚本・宮藤官九郎、監督・岸善幸のコラボレーションだ。
地元「東北」を描き続けてきた宮藤官九郎の到達点
3人の共通点はともに東北出身者であること。楡は岩手県、宮藤は宮城県、岸は山形県の生まれで、宮藤と岸は初めての顔合わせとなったが、ともに原作の東北人描写に共感したという。ちなみに主演の菅田は、岸と『あゝ、荒野』(2017年)以来7年ぶりの再タッグ。宮藤作品には初出演となり、異色の組み合わせに早くから注目が集まっていた。
宮藤による脚本は、文庫本で400ページを超えるボリュームの原作から本質を抽出して大胆に再構築。等身大で生活感あふれる、コミカルなせりふの数々を通じて、晋作が経験する宇田濱の移住生活を軽やかに描き出した。宮藤作品でおなじみ、居酒屋に集まる男たちのおかしなやり取りも見どころのひとつだ。
東日本大震災の同年に放送された『11人もいる!』以来、『あまちゃん』(2013年)や『季節のない街』(2023年)などに代表されるように、宮藤作品は“震災”をしばしば直接的・間接的に描きつづけてきた。「初めて地元を正面から描いた」という本作は、その流れでいえばひとつの到達点と言えそうだ。
劇中に描かれるのは、ときに形をとって、ときに目に見えない形で今も残っている震災の爪痕。それでも地元を離れることなく、さまざまな課題に向き合いながら生きている人々の力強さ(と、それゆえのめんどくささ)。訪れる人を迎え入れ、去ってゆく人を見送る、温かさと寂しさ。自らも東北人であり、上京後は東北を外側から見てきた宮藤による、優しくユーモラスなアプローチだ。
被災地にとっての“よそ者”と、それを受け止める“住民たち”
百香や章男のほか、居酒屋店主のケン(竹原ピストル)、常連客のタケ(三宅健)、山城(山本浩司)、耕作(好井まさお)、晋作の隣人となる茂子(白川和子)たちと晋作の関わりは、穏やかであり、激しくもあり、ときに乱暴でもあり、そこに人間味を感じられる。コロナ禍の東京から失われていた、人が直接触れ合うコミュニケーションが、晋作と東京の同僚たちによるオンライン飲み会とさりげなく対照されるのも巧みだ。オンラインならワンクリックで退出できるが、目の前にいる相手との関わりからはそう簡単に逃れられない。
映画が展開するにつれ、ゆるやかに“震災”のテーマが前面に押し出されてくるが、じつは後半の展開は宮藤によるオリジナル。原作のストーリーを踏まえ、そこに描かれていなかった“震災”への向き合い方を提示した。被災地にとってはどこまでもよそ者でしかない晋作と、それを受け止める住民たち、それぞれの視点がひとつの場面に集約されるクライマックスは、震災を描き続けてきた書き手にしか紡ぐことのできない場面だろう。
ちなみに宮藤は、『俺の家の話』(2021年)や『新宿野戦病院』(2024年)などでコロナ禍を描いており、本作ではコロナ禍初期の(今となっては)過剰に思えるほどの反応や、田舎町の相互監視などの感覚をきわめてリアルに取り込んだ。ほんの数年前の出来事だが、それらをシリアスなトーンではなく笑いによって描けるようになったことも時代の変化を感じさせる。
「宮藤作品らしさ」と「岸作品らしさ」が交互にやってくる感覚
監督の岸は、震災やコロナ禍という大きなテーマ、そして宇田濱町でおこなわれる人々の営みを、ささやかなディテールの積み重ねから確実に立体化した。『正欲』(2023年)でも記憶に新しい、人物の心理や生活を美術や小道具ひとつからさえも描き出していく演出は、新境地となった今回も健在。宮藤脚本のもつユーモアや悲しさに、さらなる厚みと説得力をもたらした。
宮藤と岸による異色の共作は「時間」の扱い方にもあらわれており、せりふのやり取りは宮藤節だが、せりふのない時間や、そこにいる人物を切り取る視線は岸節というべきもので、異なるリズム感が同居しているのも興味深い。あえて言えば「宮藤作品らしさ」と「岸作品らしさ」が交互にやってくるような感覚で、どちらのファンにとっても新鮮な体験となるはずだ。
舞台となった宇田濱町は、南三陸にあるという架空の町。よそ者としてふらふら漂い、迷いながら生きる晋作を演じた菅田のほか、町そのものに存在感と説得力をもたらした住民役の俳優陣が織りなすアンサンブルも見事だ。章男役の中村雅俊を除き、じつは出演者のほとんどが東北出身ではないにもかかわらず、まるで違和感を抱かせない方言の演技にも舌を巻く。
文:稲垣貴俊
『サンセット・サンライズ』は2025年1月17日(金)より全国公開