「ポツンと一軒家なんてレベルじゃない!」田舎に“ターン移住”したくなる大自然ドキュメンタリー『ソング・オブ・アース』
いま注目される「田舎」生活
いま地方自治体はUターンやIターン、Jターン移住を推進している。都会の生活に限界を感じた人々にとっては支援金などの存在も魅力的で、とくに子育て世代にとっては自然の中での伸び伸びとした教育環境に惹かれるパターンも多いようだ。もちろん引退世代や単身者にとっても、都会のように日常的な誘惑が少ない環境は貯蓄向きでもあり、そこには幾重にも豊かな生活がある。
もちろん地方都市ならではの“ご近所関係”に窮屈さを感じる人もいるようだが、地元の勝手知ったるUターン勢はそういった煩わしさを避ける方法も心得ている場合が多いだろう。しかし、とくに高齢者は“クルマ移動前提”になる田舎生活に限界を感じ、都市部に戻る例も多い。そういった理由で手放された家屋を安価で斡旋することもまた、自治体が担う移住推進活動の一つになっている。
自然が過ぎる!『SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース』の衝撃
そんな移住ブームや自然に囲まれた生活に興味のある人におすすめしたいのが、9月20日(金)より公開となる映画『SONG OF EARTH ソング・オブ・アース』。北欧はノルウェーの山岳地帯で生活する老夫婦の姿を、その娘がじっくり撮影したドキュメンタリーだ。だが本作が映し出す“田舎”は、いわゆる寒村や離島といった私たちが想像しうるレベルを場外ホームラン級に超えている。
大自然ライトフライ級の我々に対し、まごうことなきヘビー級であろう本作は地方移住の参考にするには階級が違いすぎるかもしれない。しかし、監督の父が言う「自然を見渡しながらゆっくり歩く。感じるはずだ、自分たちの存在がいかに小さいかを」という言葉には、座る場所欲しさにコーヒーチェーンに立ち寄り、コンビニの加工食品で腹を満たす忙しい毎日を見つめ直したくなるだけのパンチ力がある。
田舎映画の極北にして大自然ドキュメンタリーの傑作
『SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース』はドキュメンタリー映画でありながら、第96回アカデミー賞で国際長編映画賞ノルウェー代表に選出された話題作だ。ミネラルウォーター<オルデン>の採水地としても知られるノルウェー西部の山岳地帯、息を呑むような美しい大自然に囲まれた<オルデダーレン>の渓谷に暮らす老夫婦の姿を、その娘でありドキュメンタリー作家のマルグレート・オリンが一年をかけて密着。生きるとは、老いるとは何か――大地に根を下ろし、シンプルで豊かに生きる両親の姿から、娘は人生の意味や生と死について学んでいく。
実際に自然と対峙することで人間との関係を考えていくというオリン監督の視点は、近年のヴェルナー・ヘルツォーク監督作とも通じるものがある。そんな本作のプロジェクトに共感し製作総指揮を買って出たのは、役所広司主演で“慎ましやかな東京の生活サイクル”を描いた『PERFECT DAYS』の巨匠ヴィム・ヴェンダースと、イングマール・ベルイマン監督のミューズとしても知られるノルウェーを代表する大女優リヴ・ウルマン(『仮面/ペルソナ』『鏡の中の女』ほか)だ。
大自然から「立ち止まる」「足跡を見る」ことを教わる
スカンジナビア半島の壮大な風景を背景に、監督の父ヨルゲンの言葉をガイドに映像を紡いでいく本作。その軸にあるのは言わずもがな、自然のサイクルに介入する人間の存在だ。神々しさすら放つ山河は同時に恐怖も感じさせ、年々失われゆく氷山は気候変動による不安を増幅させる。一見すると牧歌的な自然ドキュメンタリーでありながら、「自然との共生」の難しさ、そして「無関心の行き着く先」も想像させる。
田舎暮らしは当然ながら、都会での消費にまみれた生活を俯瞰することの絶対条件ではない。たとえば国内外の搾取企業に対するボイコット運動などは、本来の目的の達成と同時に無為な消費を見つめ直すきっかけにもなる。ヨルゲンが誘うオルデダーレンの湖、ところどころ緑に覆われた岩の道、美しい川や鬱蒼とした平原、そこに暮らす野生動物や幻想的なオーロラからは、本作が「いったん立ち止まる」ためのドキュメンタリーであるようにも思えてくる。
そして本作は多くの観客と同じく、遠くない未来に<愛する人との別れ>と向き合うことになる監督の、これ以上はない最強のラブレターとなった。厳しい残暑が続く今、映画館でマイナスイオンを浴びた気分になれる清涼感にあふれた逸品だ。
『SONG OF EARTH/ソング・オブ・アース』は2024年9月20日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー