怒鳴る客にも共感を示し落ち着かせる。「被害意識」の強いカスハラ加害者へ取るべき具体的な対応
従業員を高圧的に攻撃し苦しめる「カスタマーハラスメント(カスハラ)」。コロナ禍を経てますます増加したカスハラから従業員を守るため、企業は早急な対策を求められています。犯罪心理学者の桐生正幸氏は、著書『カスハラの犯罪心理学』(集英社インターナショナル)で、豊富な調査実績をもとにカスハラが起こる理由とその対策を提案。いまや社会問題化しているカスハラの事例を通し、従業員や自身の心を守る方法、そして「客」としての自分自身を見つめなおしてみませんか。
※本記事は桐生正幸著の書籍『カスハラの犯罪心理学』(集英社インターナショナル)から一部抜粋・編集しました。
従業員を守り、消費者を育てる
※写真はイメージです(画像提供:ピクスタ)
エッセンシャルワーカーを支える
カスハラ被害を受けるのは、最前線で接客などをする「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる人たちだ。
エッセンシャル(essential)とは「必要不可欠な」という意味を表す英単語で、エッセンシャルワーカーは「必要不可欠な仕事に従事する労働者」を示す言葉だ。病気や介護のほか、衣食住など生きていくために必要なものやサービスは多くある。コンビニやスーパー、そうした店で売られる商品を運ぶ運送業、医療や介護、さまざまな場面で私たちの生活を支える「必要不可欠な仕事」をしている人たちがいる。コロナ禍の緊急事態宣言下でも、通勤して職場で働かねばならない職種の人たちが注目されたことで、この言葉は日本でも広く知られるようになった。
そんな従業員たちは、真っ先にカスハラと直面する人たちでもある。土下座事件でも見られるように、マニュアル対応だけでは被害は拡大してしまう。カスハラ加害者のタイプを知り、具体的な対応をとる必要がある。ここでは数例を挙げよう。
被害意識を落ち着かせる
ドラッグストアで働きはじめたFさんが棚の商品を補充していると、突然の罵声に驚いた。
「お前ふざけんなよ! なめんなよ!」
Fさんよりもずっと年上に見える男性客の言葉は支離滅裂だ。身の危険を感じてパニックになりかけたFさんだが、すぐさま先日受けた指導を思い出した。
(そうだ、まずは「そんなにビックリしないでも大丈夫」――そう自分に語りかければいいんだっけ)
ビックリはしたが、心のうちで呪文のように唱えると、心なしかさっきよりも気持ちが落ち着いてきた気がする。男性客の向こうに他の従業員や客の姿も見える。先輩が待機しているのが見えて、Fさんは冷静さを取り戻した。
客はすごい剣幕で怒りつづけている。先ほどから「なめるなよ」「お前のせいで」という言葉も何度か聞こえてくる。こういうタイプは「自分が危害を加えられている」と思っているタイプのはずだ。
「いつもご来店ありがとうございます。いかがなさいましたか?」
Fさんが落ち着いた声でそう言うと、怒鳴っていた客は少し驚いた顔をしながらも、荒らげていた声は幾分小さくなった。
客の話を聞くと、ポイントアップキャンペーンを知らずに購入したことで、自分が損をしたことに腹を立てていることがわかった。それを知らせなかったのは自分をバカにしているからだという思い込みで攻撃的になっているらしい。
こういう被害意識の強い人は、自分が損をしたのは店の悪意や敵意のせいだと思って攻撃的になっている。こういうタイプには、怒らせたり、被害意識や被差別感を煽(あお)ったりすると悪化するので、応戦せず落ち着かせるべきだ。
「おっしゃることはごもっともです」
決して差別的な態度をとっていないことを示すのも、このタイプには大切だ。Fさんは、穏やかに言葉を続けた。
「お客様にはいつもご利用いただいて感謝しております。もちろんポイントアップもさせていただきますから、商品とレシートをいただけますか? カードをお忘れでもご登録いただいている電話番号でポイントを付与させていただきますね」
Fさんの態度と対応に、客も「そう?」と拍子抜けしている。レジでポイントをつけると「さっきは悪かったね、騙されたようでついね」と謝罪する客に、いま一度Fさんは「ごもっともです。いつもありがとうございます」と共感を示し、セール予告のチラシも手渡した。
もちろん、こうした応対はやれと言われて早々にできるものではない。人から怒鳴られる、罵声を浴びせられることは、多くの人にとっては本来あまり経験のないもので、恐怖で身がすくんだり脈拍数が上がってドギマギしたりするものだ。そのため、研修や指導を通して「怯えなくてもいい」という認識を持ち、冷静に応対にあたることを身につけるだけでも、心持ちに大きな変化がある。「毅然(きぜん)とした態度をとる」場合も、客のタイプに応じたアプローチがある。この判断も瞬時にできるものではないから、学ぶだけではなくトレーニングをすることで、現場でも実践できるようになる。被害経験を積むのではなく、プログラムやトレーニングの経験を通して身につけてほしい。