松田優作没後35年「蘇える金狼」ジーパン刑事とは違うダークヒーローにハマった!
松田優作が演じる「蘇える金狼」の主人公 “朝倉哲也”
映画『蘇える金狼』が公開されたのは1979年の夏休みのころ。僕らの世代(1965年生まれ)はちょうど中二病(厨二病)の真っただ中にあった。悪っぽいものやメカや道具に憧れ、クルマやバイク、時として拳銃やナイフのようなものにまで思いを馳せることもあった。音楽の趣味も歌謡曲よりロックや洋楽へ興味が移り、異性の好みにおいてもより大人っぽい志向を公言するようになる時期だ。
主演の松田優作が演じる主人公 “朝倉哲也” は、そんな僕らがハマるダークヒーローだった。マセラティやランボルギーニのスーパーカーを乗り回し、鍛え上げた肉体を黒のレザースーツで覆い隠したスタイル。表はうだつの上がらないサラリーマンだが、裏ではプロボクサー並みの格闘術と射撃の腕前、明晰な頭脳を活かして私欲にまみれた悪党どもを一蹴する。
そのリアリティのある二面性は、幼少期に変身ヒーローに慣れ親しんだ僕らの願望にも通ずるものがあったのかも知れない。バイオレンスあり、濃厚なラブシーンあり、今見れば明らかにR指定は免れない内容だが、当時はまだ大らかな時代だったのだろう。
クールなダークヒーローとして再登場した松田優作
ハードボイルドなアクションヒーローといえば、古くからの価値観ではせいぜい刑事か私立探偵と相場が決まっていた。昔の日活映画には “殺し屋” なんて稼業が描かれていたけれど、果たしてそれがヒーローかといえば違うだろう。
原作者の作家、大藪春彦がその道の草分けといわれるのは、こうしたハードボイルド不毛な土壌に、普段はサラリーマンの “殺し屋” を主人公としたアクションエンターテインメントを生み出したことにある。そして、主人公である “朝倉哲也” を演じた松田優作はそのキャラクターをビジュアル的に体現した憧れの存在となった。それまで『太陽にほえろ』のジーパン刑事など熱血キャラのイメージが強かった彼が、エキセントリックな側面を併せ持ったクールなダークヒーローとして再登場したことに僕らは陶酔した。
転機を迎えた俳優・松田優作。未踏の地ハードボイルドに挑む
新人として『太陽にほえろ』への出演以来、順調にキャリアを重ねてきたかに思えた松田優作は、1976年、ある不祥事から約1年間の活動休止を余儀なくされていた。復帰に際しては尊敬する渡哲也から “もっと映画に出ろ” という助言もあって、テレビからスクリーンへと重きを置くようになり、1977年、角川映画の話題作『人間の証明』で主役に大抜擢される。主人公・棟居刑事役の抑制の効いた演技は評判となり、映画も大ヒット。角川映画に近しい存在となっていった。
またこの間、彼はテレビドラマ『大都会』シリーズへの出演で村川透監督と出会う。東映ハードボイルド路線を推し進めた “遊戯シリーズ” をはじめ、この『蘇える金狼』や新境地を開いたドラマ『探偵物語』、そして遺作となった1989年の単発ドラマ『華麗なる追跡』に至るまで、村川監督とは数多くの作品でタッグを組むことになる。
『蘇える金狼』の制作体制が実現した背景には、大藪作品の映像化に際して東映と良好な関係にあった角川側が、松田を起用するにあたり遊戯シリーズの実績で十分計算できるユニットを流用したという事情もあるのだろう。本作に続く大藪春彦シリーズ第2弾『野獣死すべし』も村川と松田のコンビで作品を世に送り出している。
ヒロインを演じた風吹ジュン、主題歌を歌った前野曜子
俳優としての転機でいうなら、ヒロインを演じた風吹ジュンもまさに同様であった。彼女は1973年にアイドルとしてデビューするも、所属事務所のマネジメントが噛み合わずに移籍騒動を引き起こす。その後も年齢や経歴詐称の疑惑が持ち上がるも自らこれを認め、スキャンダルをものともしない “ぶっちゃけキャラ” としてイメージ転換を図ろうという、まさにその過渡期にあったのである。
彼女の役どころは主人公が務める企業の役員の愛人という設定。激しい濡れ場を見事に演じ切ったことをセンセーショナルに扱った宣伝効果もあって、映画を観る前から僕らの間でも話題になっていた。この体当たりの演技が功を奏して、演技派女優として彼女の道は開かれる。
そして、主題歌である「蘇える金狼のテーマ」を場末感たっぷりに歌い上げているのは前野曜子。その名前にすぐにはピンとこなかったが、1971年に結成された “ペドロ&カプリシャス” のデビュー曲「別れの朝」をヒットさせた初代ボーカリストである。宝塚出身の彼女はその歌唱力を買われてグループに参加するも体調不良から2年で脱退(後任は高橋真梨子)。その後紆余曲折あってソロとなったが、不遇もあって健康を害し1988年に亡くなっている。享年40は奇しくも翌1989年にこの世を去った松田優作と同じ歳であった。
伝説のシーンにつながる? ストイックなヒーローの死
映画は半ばトラウマになるような松田優作の迫真の表情で幕を閉じる。原作とは異なる様々な設定変更が行われる中、あえてハッピーエンドにはしないというプロデュース側の意向もあり、エンディングは “主人公の死” という設定が用いられている。
海外逃亡を企てた朝倉は、共に旅立つつもりでいたヒロインに刺されて深手を負う。瀕死の重傷で何とか機内にたどり着くも、焦点の定まらぬ表情で妄言を口にしながら事切れるというものである。詳しい説明こそないが、おそらく激痛を抑えるためにモルヒネを過剰摂取してオーバードーズとなり死に至ったというところだろう。役作りのためなら厳しい減量も辞さず、奥歯を抜いてまで表情を作る彼のこと、真っ青な表情のまま瞬きもせず、首だけぽっきり折れたように客席に倒れ掛かる様には、その気迫に圧倒されてしまう。
いま改めて目にすると、あの伝説ともいえる『ブラック・レイン』での死を前にした鬼気迫る演技は、既にここから通ずるものがあったのかも知れない。
*UPDATE:2022/08/25