【佐内正史さんの写真集「写真がいってかえってきた」】 考えない。迷わずシャッターを切る
静岡新聞論説委員がお届けするアート&カルチャーに関するコラム。今回は2024年11月18日に初版発行された写真家佐内正史さん(静岡市出身)の写真集「写真がいってかえってきた」を題材に。
大人の片手に収まるサイズ、マットな質感の紙、乾いた色合いの写真。そこに写っているのは電柱と電線が混み合う商店街や住宅街、川の対岸を彩る桜並木、画面を斜めに横切る夜の高速道路、キッチンに伏せられた洗浄済みの食器や調理器具。などなど。
収録作は場所を特定しない。「ここ、どこだろう」がさして問題にならない。パッと開いたところにある写真が、家の近所のように感じることが多々ある。
「この景色、あるある」ともならない。既視感があるような気もするが、直後にそれは打ち消される。だが写真家がどこに関心があるのかについては、分かることが多い。それは画面奥へと続く電信柱だったり、電線と高層建築物の関わりだったり、木立の向こうににじむ残照だったり。
結局のところ、生活者である自分自身の関心が向けられる景色でもある。ただ、多くの人はそれを切り取ることができない。スマートフォンでいとも簡単に写真が撮れる時代になっても、たいていはシャッターを切る前に「考えて」しまうからだ。構図や、自分なりの「美しさ」「見栄え」みたいなものを。
佐内さんは、考えない。迷わずシャッターを切る。だからこういう写真が残る。多くの人は、それができない。
作家保坂和志さんによる、飼い猫にまつわるエッセー「シロちゃんと見た風景」も秀逸。
(は)
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「写真がいってかえってきた」は佐内正史さんのレーベル「対照」のサイト(https://taisyo.thebase.in/)で購入できる。320ページ、税込み3850円。