かつおぶしが踊る! 川越の老舗『中市本店』が考案した焼きおにぎりをテイクアウト
風格ある蔵造りが立ち並び、国の重要伝統的建造物群保存地区にも選定されている川越のメインストリート、一番街。青空の下、景色を味わいながらのんびり歩いていると、鼻先にふわりと醤油の焦げる香りが。その出所を探りつつ進んでいくと、たどり着いた先は乾物店『中市本店』。どうやら、軒先でテイクアウトの焼きおにぎりを拵(こしら)えているようだ。
江戸時代に鮮魚店として創業し、乾物店へ
海に面していない分、江戸時代には川で物資を運ぶ舟運が発達した川越。市内を流れる新河岸川を伝い、あらゆるものが江戸から運ばれてきた。そんな江戸時代末期の慶応3年(1867)に創業したのが、この『中市本店』。初代は、江戸から仕入れた魚で鮮魚店を始めたという。
「第二次世界大戦までは鮮魚店として営んでいました。3代目と、戦地から戻った4代目が店を切り盛りしていた時代に、缶詰などの一般食料品も並べるようになったんです」と、現店主の6代目・落合康信さん。その後、5代目が乾物の卸売問屋に業種変更すると、主な取引先は割烹料理屋や飲食店、引出物として鰹節を使用する結婚式場となった。
「小売を再開したのは約30年前。大河ドラマ『春日局』の影響で川越に観光客が来るようになってからです」
それからしばらくして、「より多くの人にかつおぶしの魅力を知ってほしい」という思いから考案したのが、今や川越グルメとして人気のねこまんま焼おにぎりだ。
店内をのぞくと、かつおぶしを中心に昆布、煮干など、さまざまな乾物がずらり。関東のスーパーマーケットでは手に入りにくい商品も多く、いわば「かつおぶしのセレクトショップ」。モットーは「いいものをお求めやすいお値段で」。時代の移り変わりとともに取り扱う商品は変わっても、目利き力は代々引き継がれている。
かつおぶしが踊る、温かい焼きおにぎり
じっくり買い物もしたいが、まずはねこまんま焼おにぎりの列に並ぶとしよう。一つひとつ手作りしているので数が限られていて、売り切れ次第終了となってしまうからだ。炭火を起こすのも、ごはんを炊いて握るのも、いつも家族総出で行うという。販売日(金〜月曜。それ以外の日も祝日の場合は販売)の12時、店頭に用意した網でおにぎりを焼き始めると、その香りに引き寄せられて来た人が店先に列を作る。
使用する米は、埼玉県産コシヒカリ。かつおぶし粉を炊き込むことで、米の一粒一粒に風味を染み込ませている。網の上で焦げたいい香りを放つのは、自家製の出汁しょうゆ。これは、火にかけたしょうゆに昆布、たっぷりのかつおぶしを投入して作るオリジナルの調味料だ。
「この出汁しょうゆは元々家で作っていたもので、普段の料理にも使っていたんです。ねこまんま焼おにぎりのレシピを考えていた時、これを使えると思いました」
ベースにしているのは、寛政元年(1789)から続く川越の老舗『笛木醤油』の「蔵づくり一番 金笛しょうゆ」。かつおぶしが沈んだら、火を止める前にみりんでほんの少し甘みを加えるのもポイントだ。
トングでひっくり返しながら、裏表、側面と焦げ目をつけたら、両面に出汁しょうゆを塗り、袋に入れ、鹿児島県産の本枯節(ほんかれぶし)をワサッとかけて完成。焼きおにぎりの熱でかつおぶしが踊りだすと、こちらまで小躍りしたくなる。かぶりつくと口の中で香りが大きく広がり、勢いよく鼻に抜ける。おなかが満たされると同時に心も癒やされ、思わず頬がゆるむ。
王道のかつおぶしはもちろん、いわしぶしも人気。静岡県の由比で製造されているもので、頭とハラワタをきれいに取ってから削られているので臭みや苦味がない。
「初めての方は大体かつおぶしを選びますが、リピーターの方にはいわしぶしが好きという方も多いんです」
ねこまんま焼おにぎりに使用しているかつおぶし、いわしぶしは販売もしているので、気に入ったら自宅用に買って帰ることも可能だ。
川越の思い出を優しく彩るかつおぶしの香り
近くの広場でねこまんま焼おにぎりを食べ、満たされた気持ちで再び店へ。さて、次は川越みやげを探そう。目に入ったのは、『中市本店』が監修し、菓子メーカーの『長登屋』が製造しているねこまんまポップコーン。笛木醤油を使ったみたらし風味で、袋入のかつおぶしが添えてある。
ポップコーンにかつおぶしをかけ、一度蓋をして、容器ごと数回振ってみる。蓋を開けると、ふわっと舞い上がるかつおぶしの香り。一つ、二つと頬張ると、甘じょっぱいみたらしの風味が広がり、自然と笑顔に。ポップコーンの食感も良く、手が止まらない。
時間の流れを緩やかに感じさせてくれる街の景色。ふわっと広がるかつおぶしの香り。川越には、そのどちらもが揃っている。ホッとひといきつきたくなったら、ねこまんま焼おにぎりを目当てにまた訪れたい。
中市本店(なかいちほんてん)
住所:埼玉県川越市幸町5-2/営業時間:10:00~19:00/定休日:水(ねこまんま焼おにぎりは金〜月に販売。それ以外の日も祝日の場合は販売)/アクセス:西武鉄道新宿線本川越駅から徒歩14分
取材・文・撮影=信藤舞子
信藤舞子
ライター
北海道弟子屈町生まれ、札幌市育ち。現在は東京在住。雑誌、WEBメディアを中心に、街歩きや旅、日本の文化について執筆する。なかでもおやつには目がなく、近著は『東京おやつ図鑑 和菓子編』(交通新聞社)。レコードや着物も好き。