“スパイアクション”の枠を超えた、優しさと共感――『アマチュア』日本語吹替版 チャーリー役・中井和哉さんインタビュー|玄田哲章さんに励ましてもらえるのは“吹替版の特権”!?
2025年4月11日(金)より映画『アマチュア』が全国公開となる。
スパイ映画史上最も地味な主人公・CIA分析官チャーリーは、妻の命を奪った国際テロ組織への復讐を決意。CIAすらも予測不可能な方法で、テロリストたちを追い詰めていく。その裏に隠された驚くべき陰謀、冷静な頭脳と暴走する狂気の間で繰り広げられる復讐劇の結末とは?
本作でラミ・マレックさん演じるチャーリーの日本語吹替を担当したのは、中井和哉さん。その他の吹替キャストにも、玄田哲章さん(ローレンス・フィッシュバーン)、坂本真綾さん(レイチェル・ブロズナハン)など、豪華な面々が集結している。
吹替キャストにも要注目な本作。アニメイトタイムズでは、中井さんにインタビューを実施し、役作りのこだわりや作品の見どころについてお話を伺った。
【写真】『アマチュア』中井和哉が語る、“スパイアクション”の枠を超えた人間ドラマの魅力【インタビュー】
復讐の先に描かれる、温かな気持ち
ーー“スパイアクション”と聞いていたのですが、実際に観てみると優しさも感じる作品だなと。
チャーリー役・中井和哉さん(以下、中井):確かに。僕も、台本だけでは実際の映像がイメージできなかったんですよ。でも、蓋を開けてみると絵面がとても上品で美しいんです。アクションシーンや派手な爆発もあるけど、それだけじゃない。スパイアクション映画のカタルシスとは、ちょっと違うというか……観終わった後に、温かい気持ちになるんです。
この“意外にも優しい”というのが、台本を読んだときには想像しづらかった部分で、そこが観終わって「とても良かった!」と思った部分でした。
ーーアクションはもちろん、人間ドラマや感情の動きを押したくなりますよね。
中井:予告編を観ると分かるように、本作は“復讐劇”なんです。それだけ聞くと「復讐の後に何が残るの?」と思っちゃいますよね。でも、実際はチャーリー自身が“自分を取り戻す”までを描いた作品でもあります。最終的には観ている僕らも「良かったね!」と思える結末で、それがこの映画の一番の魅力なのかなと。
ーーその中でも、中井さんが特に心を動かされたシーンはありますか?
中井:チャーリーが奥さんを亡くした後、ふいに奥さんの幻を見るシーンがすごく好きです。大事な人を失って悲しみのどん底にいる、本人も混乱もしている状況なのに、微笑むような表情をするんです。
ある意味で「そういうものなのかもしれないな」と。人の感情って「悲しい」とか「怒ってる!」とか、一色だけの単純なものではないですよね。そういった感情の複雑さを感じられるシーンじゃないでしょうか。
中井:あとは、スカイプールのシーンも印象に残っています。あそこのやり取りがとにかく人間味に溢れているんですよ。
ーーチャーリーが敵の居場所を吐かせようと迫る場面ですね。
中井:アクション映画ではよくあるシチュエーションですけど、チャーリーは緊迫感と同時に少しおどおどしているんです。
普通なら“復讐の鬼”というか、冷徹な主人公として描かれるシーンなのに、チャーリーは逆で「そりゃ怖いよな」と素直に共感できるところがある。共感という部分では象徴的なシーンだと感じたので、「面白いな」と思いながら演じた記憶があります。
ーースパイアクション映画の主人公としては、珍しいほど共感できる人物ですよね。
中井:そうなんですよ。チャーリーは一番大切な奥さんを亡くしてしまう訳ですが、それに対する悲しみや喪失感は痛いほど分かる。周囲の人間関係を見ても、ちょっと苦手な同僚がいたり、逆に軽くマウントをとり合うくらい気の置けない仲間がいたり……どこか身近に感じられる部分が多いですよね。
普通の人が大事にしているものといったら、まずは“日常”じゃないですか。これまでのスパイアクションものだと「非日常を楽しむ」とか「華麗な立ち回りに憧れる」ことが多いけれど、この作品はチャーリーの気持ちにすっと寄り添ってしまう感覚があります。
「もし自分だったら」という日常の延長線上で観られるからこそ、チャーリーの怒りや悲しみも理解しやすい。誰かの言葉でちょっと揺らぐところなんかも、「分かる!」と感じる方は多いんじゃないかなと。
ーー吹替版を観させていただきましたが、坂本真綾さんや玄田哲章さんなど、キャスト陣のお芝居も素晴らしかったです。中井さんから見た、吹替ならではの魅力はどんなところでしょう?
中井:世界中の人がこの映画を観るでしょうけど、“坂本さん(サラ)”を失ってしまったという喪失感だったり、“玄田さん(ヘンダーソン)”に励ましてもらえる安心感は“吹替版の特権”ですよね。「玄田さんなら、なんとかしてくれるかもしれない!」って(笑)。そういう意味でも、オトクな吹替版だと思います。
“共感できるスパイ”をどう表現したのか
ーーラミ・マレックさんの日本語吹替を担当されるのは、本作で3度目ということになりますよね。
中井:(ラミ・マレックさんが)とても達者な役者さんなのは間違いないです。僕がこれまで担当してきた彼の役は、『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』での日常から飛躍したようなヴィランや、『オッペンハイマー』での公聴会シーンという特殊なシチュエーションでの演技。本当に幅が広いんですよ。今回は、妻を亡くしたことによる悲しみや憤りといった“より日常に近い”役柄だと感じました。
芝居としては、「ここを強調すればいい」という明確なポイントがなくて、掴みどころがないというか。そういった部分は、今までの彼が演じてきたキャラクターとは大きく違うところだと思います。加えて、この違いは声色などのハッキリとしたものではなく、もっと微妙な“オーラ”の違いなんです。
ーー“オーラ”の違い、ですか。
中井:言葉で説明するのは難しいんですけど、身に纏う雰囲気が変わっているんです。
セリフがないシーンでも、ただ立っているだけで伝わってくるものがある。だからこそ、「これって声を当てる側としてどう表現したらいいんだろう?」と感じる瞬間もありました。
そういう意味では、“取り組み方”もこれまでと少し変えています。以前は何度も映像を繰り返し観て、「ここはこうしよう」「ここのブレスを合わせよう」など、細かい部分を事前に書き込んでいたんです。
ただ、今回のラミさんは、映像を観ながら台本をチェックしている時の印象、本番で改めて観る印象がもう違う。それくらい微妙なニュアンスや繊細さがあるように感じられたので、事前準備はあえてシンプルにして、基本的な確認をしたうえで本番に臨みました。本番で映像を観たときに受けた印象を、そのまま照らし返すようなお芝居ができたらなと。
ーーチャーリーは専門用語をまくし立てる場面など、演じるうえで難しい部分も多そうです。
中井:そうですね。逆にセリフが少ないシーン、例えば、ため息やちょっとした呼吸だけで感情を表現する場面もあって。その両方がスイッチを切り替えるように交互に出てくるんです。その振り幅が面白い反面、苦労した部分でした。
ーー収録の中で印象的だったディレクションはありましたか?
中井:映画の冒頭のほうで、彼が気を許している相手と喋るシーンと、「ちょっと苦手だな」という人間と会話するシーンを「しっかりと演じ分けてほしい」という指示がありました。チャーリーが周りの影響を受けてしまう“普通の人”であるということを明確にするのは、作品全体としても重要だったと思います。
ーーお話いただいたような中井さんの繊細なお芝居を堪能できる吹替版となっていますが、ご自身で振り返ってみて、手ごたえを感じた部分は?
中井:ないですよ!(笑) 僕自身は自分の芝居を振り返ると、真っ先に反省が浮かぶタイプなんです。「もっとこういうやり方もあったんじゃないか」って。
アニメだとある程度レンジが広くて、「こう演じてもいいし、ああ演じてもいい」という自由度を感じる一方、吹替は“正解”がすごくピンポイントにある。そこに当てるのはかなり難しいんです。
ただ、今回は観終わったあと、不思議と「ダメだったな……」という気分にはなりませんでした。それは映画自体が持つ力、そしてラミさんの演技や物語の魅力だと思います。
ーー最後に、これから映画を観る方に向けてメッセージをお願いします。
中井:“スパイアクション”と聞くと「ちょっと自分には合わないかも……」と思う方もいるかもしれませんが、「良いラブストーリーないかな?」くらいの気持ちで観ても楽しめる映画だと思います。
もちろん派手な見どころはありますが、本質は人間ドラマ。“復讐劇”なのに、観終わったあとで「温かい気持ちになる」という珍しい作品です。普段アニメしか観ない方にとっても、実写映画ならではの世界観を味わっていただけるはずです。
「観終わって嫌な気分にならない」ということだけは保証します(笑)。
[インタビュー/失野 撮影・編集/小川いなり]