【小原古邨】花鳥画で人気が高まる日本画家の生涯と作品の魅力とは?
小原古邨(おはら こそん、1877〜1945年)は、明治から昭和にかけて活動した日本画家です。花や鳥、魚や昆虫、兎や狐などの姿を、生き生きと詩情豊かに描いた木版画で知られ、かつては特に海外のコレクターから高く評価されてきました。
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小原古邨『交喙(いすか)』,Kruisbek op boomtak, RP-P-1999-512
実は小原古邨は戦略的に海外顧客に受ける作品を制作していたようで、アートにおけるインバウンドビジネスの先駆けとも考えられます。この記事では古邨の生涯とともに、作品の魅力を紹介します!
未だ謎の多い小原古邨。肉筆の日本画家としてキャリアをスタート
小原古邨
1877年(明治10年)2月、石川県金沢市に生まれた小原古邨(本名:小原又雄)。父は加賀藩士で文書・記録の作成を担った人物とされていますが、古邨がわずか5歳の時に亡くなります。また古邨自身も子どもの頃の足跡はつかめていません。
古邨が花鳥画を師事したのは、日本画家の鈴木華邨(1860〜1919年)でした。古邨は上京して華邨に学んだとされていますが、その経緯も明らかになっていません。
画家としての古邨の名が最も早く確認できるのは、1899年、22歳の時のことです。この年に日本絵画協会と日本美術院が上野で共催した展覧会に『寒月』や『春色』などを出品。さらにその後も同じ展覧会に1902年まで出品を続けました。
また1901年に前橋絵画展覧会、1903年には奈良絵画展覧会など、東京以外の地域の展覧会にも出品を重ねます。この時期の作品はほとんど残っていませんが、出品作の『柿』、『金魚』といった題名や、最近になって初めて公開された『木兎』などから、肉筆の花鳥画を描いていたことが分かっています。
『花鳥画帖』で木版画デビュー。海外に向けた作品として人気を集める
小原古邨『シジュウカラ』,Koolmezen op esdoorntak, RP-P-1999-535
肉筆の日本画家としてキャリアをスタートさせた古邨が、初めて木版画を制作したのはいつ頃だと考えられているのでしょうか。それは、1901年、23歳の時に刊行された『花鳥画帖』です。版元の名は小林文七といい、出版活動を行いながら浮世絵を商う人物でした。
また文七は翌年、小原古邨の掛軸の作品や『花鳥画帖』と思われる画帖などを、江戸時代の浮世絵と一緒にアメリカのオークションに出品します。つまり古邨の木版画は、当初より海外での販売を意識して作られていたと言えるのです。
文七と古邨の関係は『花鳥画帖』で終わりますが、次第に肉筆の日本画の制作から距離を置いた古邨は、おおよそ1905年から12年にかけ、秋山武右衛門の滑稽堂と松木平吉の大黒屋の二つの版元より、300点を超える木版の花鳥画を制作します。
そしてこれらも国内向けというより、海外からの訪日客を中心に販売されました。花鳥画が日本的な分かりやすい画題として海外の人に好まれたのも一因とされています。
昭和時代に入っての小原古邨の活動とは?新版画との関係
Koolmees op paulownia tak, RP-P-1999-375
順調に見えた古邨の木版画制作ですが、版元の滑稽堂と大黒屋が衰退したことにより、大正時代に入った1912年、35歳の頃、画号を祥邨に改め、再び肉筆画を描くようになります。ただし祥邨の名による肉筆画は数点しか残っていないため、大正時代の活動についてよく分かっていません。
そうした古邨が木版画の世界に帰ってきたのは、昭和時代になった1926年のことでした。49歳にして版元の渡邊庄三郎の求めによって新版画の制作をはじめます。そして古邨は祥邨の名にて、渡邊とともに新版画の花鳥画を100点以上も描きました。
小原古邨『2匹の金魚』,Twee sluierstaart goudvissen, RP-P-1999-380
新版画とは明治末期から昭和初期にかけ、江戸時代の木版画の彫りや摺りの技術を継承しつつ、同時代の画家による近代的な表現を目指した一種の新しい芸術運動でした。
渡邊は橋口五葉や伊東深水らに美人画、また川瀬巴水に風景画など描かせるなど、さまざまジャンルの新版画を制作しますが、ちょうど花鳥画を手がけられる人物がいなかったため、古邨に白羽の矢が立ったとも考えられています。
この頃、新版画は海外にて一大ブームを引き起こし、アメリカの各地では展覧会も開催。古邨の作品は特によく売れたといわれるほど人気を博しました。「koson」の名は日本の人々が想像するよりはるかに欧米にて受け入れられたのです。
そして古邨は昭和10年代前半頃まで制作を行うものの、体力の衰えもあったのか筆を置くようになり、1945年1月、67歳にて世を去りました。
小原古邨の代表的な作品5選を解説!
それでは古邨の代表的な5点の作品をご紹介しましょう。
①『蓮に雀』
小原古邨『蓮に雀』,Koson - songbird-and-lotus
ふっくらと赤みを帯びた蓮が花びらを広げ、茎には小さな雀が舞い降りる光景を描いています。花びらや葉の部分の色のグラデーションが細かく表されていて、古邨の確かな技量が分かります。朝の早い時間を舞台としたのか、雀が乗ったことで、葉から夜露がこぼれ落ちる様子も見ることができます。
②『月に兎』
画像7: 小原古邨『月に兎』,Konijn bij volle maan, RP-P-1999-561
雲に隠れながらも、夜空に浮かぶ満月を1匹の兎が見つめています。月に兎がいるという伝承をベースにしていて、あたかも遠い月にいる兎の仲間を思うような仕草をしています。どこか物悲しく見えるのも魅力と言えるでしょう。
③『踊る狐』
小原古邨『踊る狐』,Ohara Koson Dancing Fox with Lotus-leaf Hat
蓮の葉を帽子のように被った狐が、まるで音楽に合わせてステップを踏むように踊っています。まるで人間のように笑みを浮かべているような表情もかわいらしいものです。そのユーモラスな姿から、展覧会に出品されると特に人気を集める作品の一つです。
④『木蓮に九官鳥』
小原古邨『木蓮に九官鳥』,Koson - Myna on Magnolia
昭和時代前期、古邨が酒井好古堂と川口商会の合版にて刊行した作品で、豊邨の画号がつけられています。古邨時代に一度、白木蓮と九官鳥を描いた作品を出していて、それを改変したとも考えられています。
⑤『柘榴に鸚鵡』
小原古邨『柘榴に鸚鵡』,Kaketoe en granaatappel, RP-P-2001-733
漆黒を背景に白い鸚鵡と赤い柘榴が鮮やかに浮かび上がっています。羽の部分には空摺りという技法によって凹凸が付けられて、実際の作品を目にすると立体感があることが分かります。この作品は1933年にワルシャワ(ポーランド)にて開かれた国際版画展に出品され、とても人気を集めました。
ようやく国内でも再評価!本格的な小原古邨展も続々開催。
小原古邨『キツツキ』,Grote bonte specht in boom met rode klimop, RP-P-2005-471
古邨の作品は、確かな観察眼に基づく高い写実性と詩心あふれる構図が融合しています。古邨は対象となる花や鳥を、花弁や羽毛などの細部まで精緻に描きながら、単なる模写には終わらせませんでした。
風に揺れる草花や今にも飛び立ちそうな小鳥、それに水辺で羽を休める鴨など、一瞬の気配を絵の中に捉えたのです。作品を前にすると「静かな美」ともいうべき、ふと時間が止まったような感覚を覚えることでしょう。と同時に、小さな生き物への深い愛情とも呼べるような温かい眼差しも感じられます。
それにしてもなぜ、古邨の作品は海外でばかり評価されたのでしょうか。その大きな理由として、生前から輸出向けとして海外に多く販売されていたことが挙げられます。
小原古邨『水鶏とアイリス』,Waterhoentjes en iris., RP-P-2005-479
実際に古邨がなくなった後、その名前は国内でほとんど忘れられてしまいます。大きな展覧会が開かれたのも、実に亡くなってから約半世紀以上も経った1998年(※)のことでした。※「小原古邨の世界一西洋で愛された花鳥画」(会場:平木浮世絵美術館)
しかし近年、国内においても古邨への眼差しは間違いなく高まりつつあります。2018年には茅ヶ崎市美術館にて「原安三郎コレクション 小原古邨展-花と鳥のエデン」が開催。会期終盤には入場が規制されるほど美術ファンの注目を集めました。
また同年には、NHKの日曜美術館でも特集「生き物のいのちを描く~知られざる絵師 小原古邨~」が放送されます。さらに2019年には太田記念美術館にて「小原古邨展」も開かれ、まだ謎多い画業を丹念に紹介し、当初の予想を上回るほどの人気を呼びました。
小原古邨『猿と昆虫』,Aap met insect, RP-P-2005-461
そして現在も同じく太田記念美術館にて、古邨の没後80年を記念した「小原古邨―鳥たちの楽園」が5月25日まで開催中です。
◆「没後80年 小原古邨 ―鳥たちの楽園」太田記念美術館
前期:4月3日(木)~4月29日(火・祝)/後期:5月3日(土)~5月25日(日)
※前後期で全点展示替え
美術館HP:太田記念美術館
親しみやすく、愛らしく、誰もが一目見てほっこりするような古邨の花鳥画に出会える絶好のチャンスです。なお作品の約4分の1が、前回の小原古邨展では展示されなかったもの。初めて古邨を知った方はもちろん、すでに古邨の作品を見たことのある方もおすすめの展覧会です。ぜひお出かけください!