第10回「三国」駅散策 ~ 阪急宝塚線・箕面線をスズキナオが降りて歩いて飲んでみる
駅前からその街を知るべく街を歩き、巡り合った人に街について聞いてみたり、酒場で店主と話してみたりして、街に住む人、そしてその街の良さを探る本連載。今回は、阪急宝塚・箕面線の三国駅周辺を散策します。
ドーンと広い駅前エリア
当シリーズも早いもので第10回を迎えました。今回は三国駅編です。梅田側から路線図をたどると十三駅の隣が三国駅で、その一つ先が庄内駅です。
阪急十三駅は大阪市淀川区にあり、庄内駅は豊中市にあります。では三国駅はというと……駅の住所は大阪市淀川区になります。ただ、駅のすぐ北を神崎川が流れているのですが、この川を越えた北側は豊中市となります。三国一丁目、三国二丁目といった住所は豊中市に属し、三国本町という住所は大阪市淀川区に属するので、ひとことで「三国」と言った時に示されるエリアは大阪市の北端と豊中市の南端にまたがっていると言えるでしょう。ちなみに、大阪メトロ御堂筋線には「東三国」という駅がありますが、その東三国駅と阪急三国駅とは、徒歩で20分以上離れた距離にあるので注意が必要です。
高架にある阪急三国駅の改札を出ると、「Viewl(ヴュール)阪急三国」という複合商業施設に直結しており、その建物の中にはスーパーマーケットも、ドラッグストアも入っています。地上に降りて東口の駅前を見渡すとロータリーがとても広く、近くに高層マンションも立ち並び、整然とした印象です。
行き当たりばったりに飲み歩きながら街を知っていこうというのがこの取材の主旨なので(と、勝手にこちらが決めたことですが)、果たしてそういう場所があるのだろうかと不安に思いつつ、東口側からぐるっと駅の反対側に回り込むようにして西口側へ歩きます。駅の西側にはマンション群があり、その隙間にスーパーや大型の飲食店がありました。
駅の南側から再度東側へと抜け、大きな道路に沿ってさらに東へ、交差点で北に折れ……と、気まぐれに歩いていくと、ふいにアーケードの商店街に行き当たって驚きました。そこは「サンティフルみくに」という商店街で、私はずいぶん遠回りをしてたどり着いたのですが、阪急三国駅の東口から割とすぐの場所に入り口があります。
手造りこんにゃくの「狭川商店」でお話を聞く
取材時は真夏で、尋常ではない暑さでした。商店街の中腹を北に折れたところに銭湯の看板が見え、冷たいシャワーを浴びたい……と近づいていきます。その銭湯「青山温泉」は一旦おいておくとして、その道の先に「手造りこんにゃく」という看板を掲げた「狹川商店」というお店がありました。見るからに老舗で、美味しそうなので一つ買ってみることに。150円のこんにゃくを買わせてもらうと、店主の狹川一三さんがお話を聞かせてくれました。
狹川さんがこのお店でこんにゃくを作るようになったのは70年以上前のことだそう。もともとは狹川さんのご祖父が大阪・堀江で「満歳軒」というレストランを営み(その頃の貴重な看板も見せていただきました)、終戦後に三国の方へそのお店を移すことになったのだとか。しかし、食材が手に入りにくい時代だったため、こんにゃく店に転業されたところ、後継ぎがいないということで、長崎出身の狹川さんが大阪へ出てこの仕事を引き継いだのが1954年のことでした。
「昔はみんなこんな風に手造りでこんにゃくを作っておったんですが、スーパーができて大手の商品を扱うようになって、そのうちみんなやらんようになって、気ぃついたら僕だけや(笑)」と、阪神エリアでこのように昔ながらの製法でこんにゃくを作っているのはこの店だけなのだとか。手造りゆえに歯ごたえもよく、味がよく染み込むそうで、おでんにするのがおすすめだといいます。
狹川さんは地元の方々と歴史研究会をやっているというほど三国の歴史に詳しい方です。貴重な資料を見せていただきつつ伺ったところによると、この辺りには商家のお屋敷などが昔からあったそう(アサヒビールの創業者・山本爲三郎の邸宅も近くにあったとか)。今は静かな狹川商店の周辺もにぎわっていたそうで、お店の斜め前にある空き地は「三栄館」という芝居小屋の跡地だそうで、後の村田英雄が少年時代に大衆演劇の一座として舞台に立ったこともあるといいます。
90歳になるという狹川さんは長崎出身なのですが、10歳の時に長崎で被爆したそうです。親戚を原爆で亡くし、その悲惨な経験をようやく語れるようになったのは大阪に出てだいぶ経ってからのことだったといいます。狹川さんの趣味は淀川河川敷で凧をあげることで、今でも毎週日曜日は凧あげをしているそうなのですが、日本被団協がノーベル平和賞を受賞したことを受けて記念の連凧を作ったのだと、その凧あげの模様を取材した新聞記事のコピーを私にも下さいました。
「暑さに気をつけてお元気で!」と狹川さんにお礼を言って店を出て、自分こそが暑さにやられそうな私は「青山温泉」に立ち寄って汗を流すことに。18度にキープされた水風呂が気持ちよく、かなり回復した気がします。
商店街を歩き、神崎川を渡る
引き続き「サンティフルみくに」を歩きます。商店街の公式サイトによると、阪急電車の前身である「箕面有馬電気軌道」の三国駅が開業した大正時代から商店が並び始めたこの地に商店街振興組合が発足してアーケードができたのは1967年頃のことだそう。歴史ある商店街には、老舗も新しい店も並び、買い物や食事にも便利そうです。商店街沿いの居酒屋「みゆき」で、よく冷えたビールを飲んで一休みさせてもらいました。
店を出た後、三国駅の北側へ歩いて神崎川を渡ってみました。神崎川にかかる三国橋は能勢街道の街道筋にあたり、古くからこの地には渡し舟があったと、石碑に刻まれていました。川の向こうは住宅地となっており、そこを抜けた先にはエディオン豊中店の大きな建物があったり、ニトリの大型店舗や、アミューズメント施設「アルゴセブン」などが集中するエリアがあります。そこからさらに北に歩くともうすぐ庄内駅に近づくようなので引き返し、神崎川からほど近い場所にある「ゴリラベイク」というドーナツショップでソフトクリームを買って食べながら歩きました。
どこかで締めの一杯を飲もうと「サンティフルみくに」の南側に平行するように伸びる通り沿いを歩き、「一品料理 山の仙人 淳」という気になる屋号のお店に入ってみました。
自ら山に入って天然のじねんじょを掘ったり、山菜を採ったりしているというご主人の渡邊さん。大阪市内で飲食店を経営した後、この地にお店を移して8年ほどになるそうです。おすすめの豚しゃぶをいただきました。
渡邊さんは「ここら辺は何もないでしょう」と笑いながら、チェーン店など、安さを売りにする飲食店が多くなって個人店が減った昨今では、貴重な食材の価値をわかってくれるお客さんがなかなかいないのだとつぶやきます。
3月にはワサビ、4月にはタケノコがおすすめだそう。4月には三重県までアマゴを釣りに行くそうで、大きなアマゴをお刺身にすると、とても美味しいのだとか。今はちょうど旬のものが入荷していないタイミングだったようですが、人気メニューだという豚しゃぶをいただくと、上質な豚肉が自家製のポン酢によく合って箸が止まりませんでした。
焼酎にじねんじょを漬け込んだ「仙人酒」をいただくと、とろりとまろやかな舌触りで、クセもなく、とても美味しかったです。冷凍したものが少しだけ残っていたと、すりおろしたじねんじょを味見させてもらいました。なんとなく、山芋のようなものを想像していたのですが、それとは違い、プリプリした歯ごたえで驚きます。これはまた、旬の時に食べに来てみたい。
島根県から60年ほど前に大阪へ出てこられたというご常連さんは、「僕らの若い頃と今はまったく違うわ。金はないけど食うには困らんかったな」と昔を懐かしみます。
「三国の駅もね、電車が下を走ってたんや。駅前に生活用水が流れとってな。今、立ち食いそば屋になっているところにダイエーがあったな。ここら辺は、なんも無かったんや。蓮根畑でな。神崎川にかかる橋、あそこで昔はお盆になったら精霊流しをしてな。70年の万博あたりから、ころっと風景が変わったな」とご常連さんの話を聞きながら仙人酒をちびちびと飲む、贅沢なひとときでした。
三国駅周辺の物件情報
前述の通り、駅周辺は淀川区、神崎川を挟んで北側は豊中市となる三国駅。駅からすぐのところには、スーパーやドラッグストアが入るショッピングモールがあり、チェーンのハンバーガーショップなども立ち並びます。駅前を過ぎるとすぐに住宅街が広がり公園などもちらほらと。三国の特徴はなんといっても神崎川が東西に流れていることだと思いますが、そのおかげで夏の暑い日でも川に沿って吹く風が涼しさを感じさせてくれます。そんな三国駅周辺の家賃相場は、ワンルーム4.84万円、1K7.26万円、1DK 7.74万円で、1LDKなら11.24万円、2LDKが11.2万円となっています(2025年8月時点)。
スズキナオさんによる人気連載が書籍化! 加筆修正を大幅に行ない、「大阪環状線」1周の降りて歩いて飲んでみるが楽しめます。