秋田『ちゃわん屋』で自分なりの“秋田ふる里セット”を構築。今夜も、酒場が呼んでいる
東京人は東京タワーに行かないし、大阪人も言うほどタコ焼きを食べない──観光地や名物であっても、地元であったり長年住んでいたりすれば「まあ、いつでも行けるし……」と、灯台下暗しなことがよくある。私もまさしくその通りで、レトロ建築、通称「レト建」が好きなのだが、私としたことが地元である秋田市内のレト建めぐりを失念していた。
秋田市といえば「久保田(秋田)城」とその城下町、秋田湊(あきたみなと)からの運河で栄えた街なわけだから、それ相応のレト建が残っている。先日帰郷した際、さっそく訪れてみることにした。
久保田城のお堀の一部である秋田イチの繁華街「川反(かわばた)」は、数年前に豪雨で氾濫したが、護岸も今ではすっかり元通りとなった。その川反の入り口にあるのが『秋田市立赤れんが郷土館』だ。
旧秋田銀行の本店を改装、その名の通り煉瓦造りが美しい。エントランスからの中心に広い旧営業室。2階には貴賓室や会議室が豪奢に並ぶ。
ちょっと大きな街には、必ず旧銀行本店がそのまま残っているが、はっきり言って構造はほぼ同じ。それでも行きたくなるという、不思議な魅力が旧銀行にはある。
続いては『秋田市民俗芸能伝承館』。おそらく、子供のころに遠足で来ているんだと思うが、こういうところは大人になってから行くのが楽しい。
基本は東北三大祭りの「竿燈(かんとう)まつり」の展示で、1階には提灯を並べた長い竹竿、2階、3階は竿燈体験コーナーや、ちょっと不気味な人形が並ぶ竿燈の歴史フロアがある。20年以上、生の竿燈まつりを観ていないが、毎年酒を飲みながらライブ映像は観ている。
最後は一番の目的だった『旧金子家住宅』へ。旧豪商の建物で、雪国っぽい土間造りや巨大な内蔵がたまらない。
「ちょっど、負げてけねがあ?」
「へば……こんなでどんだ?」
建物内では当時の商人と客とのやりとりが秋田弁で流れていて臨場感もある。
地方都市のレト建は、建物のかなり内部まで見学できるから最高。これはちょっと楽しくなってきたぞ。まだ時間も浅いし、このまま久保田城に乗り込むのもいいか……おや?
『ちゃわん屋』が、また営業(や)ってる! ここって、いつでも営業っているイメージで、前から気になっていた。正月に川反へ来た時も、周りが店を閉めていたが、ここだけは営業ってた記憶がある。調べると月曜が定休日となっているが、たまたまここを外していたということか……これはきっと“酒場に呼ばれている”のだ。
“酒場に呼ばれている”というのは私の中のジンクスみたいなもので、いざ行った酒場が臨時休業や改装で閉まっていた時に「これはまだこの酒場に呼ばれていない」と思うこと。神社やお寺なんかではこのジンクスをよく聞くが、私は酒場でもそれを思うことにしているのだ。
ははあ、まさしく「まあ、いつでも行けるし……」ってやつだ。他の酒場の予定があって、かれこれ5回くらいはスルーした気がする……いや、いい加減に“酒場に呼ばれている”と思うのが自然だろう。
川反のど真ん中、モルタルのシブい長屋2階建。店は階段を上がった2階にあり、なかなかワクワクとさせる造り。なんだか、今更ながら入るのが楽しみになってきた。
「いらっしゃいませ」
わあ! 思いのほか、めっちゃウッディ! 入って左手に座敷が数席、右手にはカウンターが奥までずらりと並ぶ。
何が素敵って、カウンター越しに見える手書きのメニュー札よ。白紙に赤と青の達筆フォント、木札には黒で太っとい相撲フォントがたまらない。
“秋田の味 大サービス”には、まさしく秋田の味が記されていて、うるうるしてしまう。なんですか、いい意味で期待を裏切ってきた内観ですねえ。
茶色のカウンターには茶色瓶ビールを生(は)やすのが正しい。麦汁を注いだグラスと一緒に並べると、いつまでも眺めていられる。そのまま写生でもしたいところだが…….。
ごぐんっ……ごぐんっ……ごぐんっ……、ちゃわ~んとうまい、安定の麦汁! いつからだろう、麦汁の苦味を感じると食欲が出てくるようになったのは。そんな食欲を満たすため、お料理を……。
「秋田ふる里セットを、えーっと……2人前ください」
ビールを飲み始めたくらいに、少し離れたカウンターに若いカップルが座った。しゃべり方からして関東人っぽい2人は、メニューを見ながら“秋田ふる里セット”を頼んでいた。なんだか、微笑ましい。
独身、かつ独酌の私は“秋田上級者”なので、自分なりの“秋田ふる里セット”を構築しよう。
言っているそばから「とんぶり豆腐」のお通しがやってきた。“畑のキャビア”とも呼ばれるとんぶりは大館(おおだて)の特産食材。醤油をチロリとかけて、豆腐ごといただく。
口に入れるととんぶりがハラリと解け、プチプチとした食感が最高。これがほんのり温かい豆腐としっくりくる。とんぶりはトッピングとして優秀なので、もっと全国区になってほしい。
続いて、なまはげの街・男鹿(おが)で有名な「くろも」である。見るからにヌルリとして光沢のある見た目がおいしそうだ。これをズルリッとすすり食らう……うまい!
味や食感的にはモズクが一番近いと思うが、そこに野趣あふれる味わいが追加されている。これがなんとも酒に合うのだ。
「東京の目黒、あそこはヨかねえ」
後ろの小上がりには、おそらく九州人であろう4人組が赤ら顔で飲(や)っている。なにやら秋田の酒場で東京の話をしているようだ。そのうち隣のカップル、小上がりの九州グループ、そして私で混ざり飲むんじゃないか?
……とりあえず準備しておこう。
日本三大地鶏のひとつ比内地鶏を使った「比内地鶏肉じゃが」が到着。なんと美しい茶色仕立て、塩っぱい香りがたまりません。
ムッチリとした比内地鶏の弾力から、じゅわりと鶏汁がたっぷりとあふれる。そのエキスをじゃがいもがトップリと吸い、ぽくぽくしたイモのうまさが格別。うまい、いやうまいなあ!
そして締めに選んだのが「だまっこ鍋」だ。くぅぅぅぅ、なんて懐かしいビジュアル。子供のころに、最低でも月一回くらいはおばあちゃんが作ってくれていた。秋田=きりたんぽ鍋のイメージだが、少なくとも私の家では完全にだまっこ鍋。
ご飯を丸くコネただまっこはモチモチとした食感がよく、コリポリのゴボウのうまさ、シャクシャクした山菜も最高。なめこが入っていて、全体的にヌルリとしているスープは、ひと口飲むとトロリと醬油味が喉を伝う。そう、秋田の鍋に出汁の概念はなく、ストレートな醤油味と食材の旨味で鍋を作る。これこそが秋田の鍋だ!
ああ、うめがっだなあ……我ながら、最高の“秋田ふる里セット”だった。そんな横では、カップルが料理の写真を2人して同時に撮り、彼は彼女に料理をよそってあげている。後ろの小上がりでは、酒宴が最高潮に達している。
昼間にレト建めぐり、夜には郷土料理で酒を飲む……。これ以上、素敵な地元の過ごし方があるだろうか。そう、これこそが“酒場に呼ばれている”ということだったのだ。この空間の心地よさ、そして地元の味が、私をこの場所へと引き寄せている。
うん、この酒場に呼ばれていたのだろう。
ちゃわん屋(ちゃわんや)
住所: 秋田県秋田市大町4-2-7
TEL: 018-864-5202
営業時間: 17:00~23:00
※文章や写真は著者が取材をした当時の内容ですので、最新の情報とは異なる可能性があります。
取材・文・撮影=味論(酒場ナビ)
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