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スター・レストランの誕生:ロンドンの郊外飲食店のクオリティが上がり続ける理由

料理王国

スター・レストランの誕生:ロンドンの郊外飲食店のクオリティが上がり続ける理由

今年1月半ば、ロンドンの北西部郊外で創業した「Don’t Tell Dad」は、オープンと同時に行列ができる店になった。レストランとベーカリーを併設したその店は、なぜ食通の注目を集めているのだろうか。

ロンドンでは一般の人々が住まう郊外住宅地の「ネイバーフッド・レストラン」、いわゆるご近所レストランが近年、充実してきている。中心部の大型店や高級レストランで料理やマネージメントの腕を磨き成果を上げてきたトップシェフや事業主が、自宅付近に「自分が通いたいレストラン」をオープンする例が増え続けているためだ。

彼らはミシュランの星付きレストランや英国の最高峰ガストロパブ、あるいはブランド・チェーンを成功させてきた強者たちでもある。この「オーナー/シェフの地元回帰」現象は、賃料が高く競争の激しい中心部を避けて、個性を生かした地域のための上質な飲食店を作り上げたい人々、その力のある事業主によって可能になっている。

最新例として今、食通ロンドナーの間で話題沸騰の店をご紹介したい。1月半ばにロンドン北西部郊外にオープンしたばかりの「Don’t Tell Dad ドント・テル・ダッド」だ。隣り合わせのベーカリーとレストランの2本柱で地域住民にアピールしていくコンセプトで、ロンドン最高峰の人材がチームを率いる。「パパにはナイショだよ」というユニークな店名には、「子どもが経験する本当に最高のことは、いつだって親は知らないものだ」という創業者Daniel Land ダニエル・ランドさんの冒険心が反映されている。

元厩舎としての歴史ある通りに佇む。

レストランとベーカリーに分かれる店内。こちらはレストラン。

ロケーションはロンドン西部の人気エリア、ノッティング・ヒルのちょうど北部郊外にあたるクイーンズ・パーク。Don’t Tell Dadは中でもトレンドの中心となっている通り「Lonsdale Road ロンズデール・ロード」に面している。

通りに連なる倉庫風の背の低い建物は、古くは厩舎として使われていたもの。Lonsdale Roadはその昔、ロンドン・タクシーの前身である乗合馬車、ハックニー・キャリッジが拠点としていた歴史もある。ここ数年で人気レストランがいくつも立ち上がり、他にマイクロ醸造所、地域の文化センターや多様なオフィスが彩りを添える市内でも最もホットな通りの一つとして知られるようになった。

Don’t Tell Dad創業者のダニエルさんはこのエリアの住人で、英国全土で展開するイタリアン・ファストフードチェーン「Coco Di Mama ココ・ディ・ママ」を大成功させ売却した後、業界のコンサルタントを務めつつ、この独立店を創業した。

レストラン部門のヘッドシェフ、ルーク・フランキーさん。現在のロンドンにおけるトレンドを熟知している。

床と壁にモロッコの手焼きテラコッタ・タイルを敷き詰めたインテリア。引き出しや窪みにカトラリーやメニューを収納しているのは、「かくれんぼ」コンセプトの遊び心から。

軽くスモークしたトラウト(マス)は、自家製ソーダブレッド、ホースラディッシュ、ピクルスと組み合わせるのが近年の定番。

レストラン部門のヘッドシェフはLuke Frankie ルーク・フランキーさん。彼がNoble Rot ノーブル・ロット、Drapers Arms ドレイパーズ・アームズ、Dock Kitchen ドック・キッチンなどロンドンのそうそうたる厨房を牽引したシェフであると知って、なるほどと深く頷いた。その料理をあえて一言で表現するとしたら、最上質のガストロパブ風。ネイバーフッド・レストランのお手本メニューでロンドナーの食のツボをおさえている。

例えば紅茶で燻した上質のトラウトに、ホースラディッシュやピクルスを添えた一品。伝統のソーダブレッドは魚の燻製には欠かせないが、この店の味は格別。また甘味のあるカボチャや根菜、レンズ豆、ヤギのカードチーズなどを合わせた温かい一品は、近年のロンドンで供される野菜料理でも高い人気を誇る組み合わせだ。

それはまさにシェフがプライベートで家族や友人たちに振る舞うような、リラックス感あふれるプロの味でもある。シンプルだが洗練されており、気取りがなく温かい。ご近所レストランのあるべき姿が、そこにある。

パリっと焼き上げたガーナード(ホウボウ)。トスカーナ風のパンツァネッラはアグレッティがアクセントに。

ホロホロ鳥、セロリアックとマッシュルーム、カーボロネロ。調和のある一皿。

ご近所の気軽に使えるレストラン。©Restaurant PR

もう一つの柱であるベーカリー部門を率いるのは、同じく西ロンドンにある「Layla レイラ」を現ロンドンのトップ・アルチザン・ベーカリーへと引き上げたKeren Sternberg ケレン・スターンバーグさん。ロンドンのベーカリー戦線はパンデミック以降、白熱の度合いを増しているので、また別の機会に触れられればと思っている。

その彼らが「うちの名物デザート」と太鼓判を押すのが、注文を受けてからサクサクに焼き上げるマドレーヌ(冒頭写真)だ。クロテッド・クリームをつけてほどよい酸味のあるサワーチェリーと一緒にいただく温かいマドレーヌは、お腹いっぱいでもどんどん胃のなかに収まっていく軽さがある。

ロンドンでこのような「朝食のような焼き菓子を食後のデザートにいただく」伝統は、おそらくこのコラムでもご紹介した老舗レストラン「St John」以降ではないだろうか。マドレーヌだろうがブレッド&バター・プディングだろうが、はたまたチーズといただくカランツ入りパイ菓子だろうが、イギリス人は1日のどの時間帯でも焼き菓子をこよなく愛する。Don’t Tell Dadもどうやら、その延長にあるようだ。

キャリアを積んだチームがなんでもない住宅街に突如トレンドを持ち込み、そこからエリアが活性化していく。そんな現象が今のロンドンでは当たり前のことになっている。Don’t Tell Dadも「クイーンズ・パーク・コミュニティの活気ある中心地になる」というビジョンを掲げ、日々実現に取り組んでいるそうだ。食を通じてコミュニティを活性化していくのが地域レストランの重要な役割だが、そこを目指して地域外から多くのファンが来始めると、また新たな伝説が生まれる。ロンドンには今、いくつもの地域でスター・レストランが育ちつつある。

Don’t Tell Dad
https://www.donttelldad.co.uk

text・photo:江國まゆ Mayu Ekuni

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