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辺境から現れた謎の戦士集団は、いったい何者だったのか?【世界史のリテラシー:小笠原弘幸】

NHK出版デジタルマガジン

辺境から現れた謎の戦士集団は、いったい何者だったのか?【世界史のリテラシー:小笠原弘幸】

オスマン帝国は、いかに「中世」を終わらせたか──コンスタンティノープル征服

一千年の長きにわたって君臨したビザンツ帝国の崩壊と、そこから続くオスマン帝国の興隆は、キリスト教とイスラム教という二つの文明が交錯する、その転換点であると共に、新時代へと移行する歴史の分岐点でもありました。

九州大学大学院准教授の小笠原弘幸さんによる『世界史のリテラシー オスマン帝国は、いかに「中世」を終わらせたか~コンスタンティノープル征服』は、稀代の征服者メフメト2世がもたらしたこの一大事件の世界史的意義について考えます。

今回は、著者の小笠原さんによる本書へのイントロダクションを紹介します。

オスマン帝国は、いかに「中世」を終わらせたか

 一四五三年五月二十九日。

 オスマン帝国の第七代君主(スルタンもしくはパーディシャー)である「征服王」メフメト二世(一四三二~八一、在位一四四四~四六、五一~八一)は、二か月近い包囲のすえ、コンスタンティノープルを征服しました。

 ローマ皇帝コンスタンティヌス一世(在位三〇六~三七)によって三三〇年に建都されたこの町は、ローマが東西に分裂したのち、東ローマ帝国とも呼ばれるビザンツ帝国の都となります。アジアとヨーロッパの境に位置する、三重の城壁を誇る難攻不落のこの都市は、これまで幾多の侵攻をしりぞけてきました。

 しかしこの日、ついに陥落し、千年続いたビザンツ帝国は滅びたのです。コンスタンティノープルは、このあと徐々に「イスタンブル」と呼び慣らわされるようになり、オスマン帝国の帝都として栄えました。オスマン帝国が一九二二年に滅びたのちも、トルコ共和国最大の都市として、現在にいたるまで存在感を放ち続けています。

 オスマン帝国によるコンスタンティノープル征服は、「中世」という時代を終わらせた事件であると、かつては評されていました。その理由のひとつは、ビザンツ帝国が滅亡したことで、プラトンをはじめとしたギリシア古典の書籍がヨーロッパにもたらされ、ルネサンスの原動力となったというものです。ルネサンスは、「神にとらわれた迷妄(めいもう)なる」中世を脱却し、人間中心を目指した文化運動であり、一般的に近代のはじまりと位置付けられます。また、オスマン帝国がビザンツ帝国を滅ぼし、ヨーロッパ諸国の東方交易路を遮断したことで、ヨーロッパ諸国が西回り航路を模索し、大航海時代の契機となった、ともいわれます。コロンブスやヴァスコ・ダ・ガマの航海が、ヨーロッパが世界に拡大し飛躍する契機となったことに、異論を唱える人は少ないでしょう。

 しかし現在の研究者は、一四五三年五月二十九日の征服そのものが、ただちにルネサンスや大航海時代の原動力になった、すなわちここで中世が終わった、とは見なしません。古典古代の書籍がヨーロッパにもたらされたのは征服以前からですし、オスマン帝国が東方交易路を遮断したことはなかったからです。中世から近代への移行は、特定の事件に帰されるものではなく、十四世紀から十六世紀まで続く長い変化の結果であった、と見なすべきでしょう。さらには、そもそもこうした考え方が、西洋中心的な見解であることも批判されるべきです。世界史は、西洋だけで成り立っているわけではありません。ビザンツ帝国の滅亡が、西洋への影響だけで語られるのは、バランスの取れたものとはいえないでしょう。

 もちろん、コンスタンティノープル征服が、世界史上の一大事件であったことは疑いありません。この事件は、ビザンツ文明というひとつの世界に終焉をもたらし、ヨーロッパにも一定の影響を与えました。なによりも、オスマン帝国という、イスラム史上もっとも強大だった国家が、名実ともに帝国たるにふさわしく発展できたのは、メフメト二世がコンスタンティノープルを征服し、その後に行った一連の政策に帰せられます。すなわちコンスタンティノープル征服とは、新たな時代を切り開いた歴史的事件だったのです。ですから、本書のタイトルで「中世を終わらせた」という文句を使っているのは、厳密に中世とは何かという定義をしたうえでではなく、新時代を示す象徴的な意味ということになります。

1453年の「コンスタンティノープル征服」を描いた当時の細密画

『世界史のリテラシー オスマン帝国は、いかに「中世」を終わらせたか』では、「メフメト二世は、いかにしてコンスタンティノープルを陥落させたのか?」「辺境に登場した戦士集団は、宗教的混淆のなかから台頭した」「メフメト二世は、オスマン帝国の礎をいかに築き上げたか?」「オスマン帝国は、なぜ六百年も存続したのか?」という4章で、稀代の征服者がもたらした一大事件の世界的意義について考えます。

著者

小笠原弘幸(おがさわら・ひろゆき)
1974年北海道生まれ。九州大学大学院人文科学研究院イスラム文明学講座准教授。青山学院大学文学部史学科卒業。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。専門はオスマン帝国史およびトルコ共和国史。著書に『イスラーム世界における王朝起源論の生成と変容』『オスマン帝国』『オスマン帝国 英傑列伝』『ハレム』『ケマル・アタテュルク』など。
※刊行時の情報です。

■『世界史のリテラシー オスマン帝国は、いかに「中世」を終わらせたか──コンスタンティノープル征服』より抜粋
■脚注、図版、写真、ルビ等は権利などの関係上、記事から割愛しています。

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