言語学から見るボケとツッコミ~ボケは4つの公理の逸脱!
5月24日(土)13時から生放送でお送りした『井上貴博 土曜日の「あ」』
犬山紙子さんがお休みのため、令和ロマン・松井ケムリさんが代打パートナーを務めました!
「ケツはシベリアか!」はなぜ面白いのか?
伝統的手法の「EXILEオーディション、2次審査で落ちる顔」
言語表現が独特の千鳥・ノブさんが冷たい雪の上で転倒した際、「ワシの尻はシベリアか!」と一言。ケムリさんは「文章としてそもそも意味が分からないけど、なんで面白いのか解明されてるんですか?」と質問。
水野:僕がその話を聞いてて思ったのが、これ、関東だとあまり言わない。関西のツッコミで、「俺、怪物か!」とかって言いますけど、あれを関東に戻すと「私は怪物でしょうか」って言わないですもんね。あれは関西圏の言い方なのかなと思いました。
ケムリ:雪の上を滑っただけだから、シベリアじゃなくて、温度が下がってるだけじゃないですか。そこは盛ってるってことなんですかね。その面白さなのかなあ。
水野:盛ってるのか、例えてるか。
井上:例えが例えになってないけど、でもイメージできる例え。
ケムリ:ノブさんので言うと、「ワシゃ、ルッコラ食いか!」とかは、新しい言葉ですよね。ルッコラばかり食べる人を「ルッコラ食い」って言ってるんですけど。
水野:連濁もしちゃってますからね。
ケムリ:連濁って言うんだ。新しい言葉がなんで面白いのか、分かんないですかね。
水野:新しい言葉がなんで面白いのか分からないんですけど、新しい言葉が面白いこと自体は、まず事実としてあって。僕が面白いなって思ったのは、ももさんの「EXILEオーディション、2次審査で落ちる顔」っていう、見た目が怖そうな人に対するツッコミ。こういうセリフ調の言葉を丸々、文を入れた後に名詞で受ける、これはかなり<逸脱>的な用法なんですね。「私、頑張ってますよアピール」「幻のポケモン、もらっちゃおうキャンペーン」とか、こういうのを<文の包摂(ほうせつ)>って言うんですけど。これ、面白いじゃないすか、ちょっと逸脱的で。どのくらい昔からこういう使い方ってされてたと思いますか?
ケムリ:えー、でも「なんとかかんとかキャンペーン」とか、昭和にもあったんじゃないですか?
井上:結構昔からあったんじゃないですか?
水野:江戸にはね、確かにあって。江戸にあったのって現在でも残っていて、それが「おいてけぼり」なんですよ。「おいてけぼり」って、あるお堀に行った時に、釣った魚か何かを「置いてけ、置いてけ」っていう声がしたっていう怪談話から来てるんですね。だから、あの「おいてけ」って命令形なんですよ。
ケムリ:はー!なるほど!
井上:なるほど、「ぼり」って「堀」から来てるんですか。
水野:はい、「おいてけぼり」の「ぼり」って、漢字で書かれているんですよ。もっとびっくりするのは、平安時代からあるんですよ実は。平安時代の例としてあるのが、今昔物語集の「うちにも御覧ぜさせよう顔」(笑)、「帝にご覧にいれなさいっていう顔」っていうような表現があるらしくて。だから文学とかで面白さを狙ったときに、ももさんみたいな表現は全然昔からやっていたと。
ケムリ:へー!おもしろ!じゃあ、ももさんて古典的なんですね。
水野:あれは、今昔物語からある伝統的な手法ですね。
「渡辺」は、まさかの最弱名字!
ケムリ:僕らのネタで、「渡辺って名字が最強」ってネタをやらせてもらったんですけど、これって、言語学的に見るとどうですか?
水野:まず、言語学的な論文じゃないんですけど、渡辺は最弱だっていう研究もあるんですよ。
ケムリ:アハハ!最弱ってのは、出席番号に関係してってことですか?
水野:そうです。出席番号が前の人であるばあるほど成績が良いっていう論文があるらしくて、これなんか卒業論文なんで、ちゃんと例えば査読に通ったような論文ではないんですけど。
井上:そこまで読んでんすか。
水野:はい、Xで見たんですけど。なんでそうなのか、あんまりよくわかんないんすけど、例えば、渡辺さんが出席番号32番だとした時、学校の先生って「今日は31日だから、31番の〇〇」と当てるけど、32番目以降ってそのチャンスないですよね。例えばですけど、そういうようなことが関係してるのかもとか、わかんないですけどね。なので、最強は「井上」とか「阿部」とか「青木」とかね。
サイトウ問題の本質は、下半身?!
ケムリ:渡辺の「なべ」の字もね、いろいろ、漢字が違ったりしますけど。これは言語学とはまたちょっと違いますよね。
水野:ま、漢字学とかになるんでしょうけど。でも、やっぱり「斎藤」と「渡辺」を同列に語るのは結構まずいですよね。
ケムリ:なに!?そうなんですか?結構同列に語らせてもらってました。
水野:えっと。「刀・Y」はいいんですよ、細かな細部として問題ないんですけど。斎藤の問題の本質って、下半身なんですよ。
ケムリ:ワハハ!
水野:斎藤って、今手元に僕書きましたけど、この字、2種類ありますよね。この下の部分に「示す」が入ってるやつ(=斎)と「二本線」のやつ(=斉)ありますよね。この字、全く別の字なんですよ。
ケムリ:へえー!全く別なんだ。
水野:上にその「刀・Y」をつけたやつは別に字体の違いなので、どっちでもよくて。「刀・Y」は無視して、「下が示すのやつ(斎)」は同じグループ、「下が二のやつ(斉)」は同じグループとみなすと。「下が二のやつ(斉)」は、「等しい」とか「整う」とか、そんなような意味があって。例えば「国歌斉唱」の「斉」の字ですよね。だから、一緒に歌うとか、あと「一斉に」の「斉」ですよね。
逆に「斎」の字の方は、「身を清める」みたいな、もうちょっと神仏的な神聖な。だから「斎場」「斎戒沐浴」とか。だからこれ、一緒くたにしてはいけない字なんですね、全く由来が違うので。
ケムリ:おもしろ!じゃ、斎場のサイを、国歌斉唱の「斉」で書いちゃ駄目ってことすか。
水野:試験で書いたらバツでしょうね。だから「斎藤さん」が斎場の示すの方の「斎」なのに、一斉の「斉藤」で書かれたら、それは怒りますよね。
ケムリ:そっか、そういうことか!我々漫才でね、「斎藤は違うよ、斎藤は怒るよ」って言ったんですけど、怒ってしかるべきだ!字が違うんだからってことか。はー、なるほどね!
水野:多くの人はこの事実を知らないので、例えば「刀・Y」に示すのやつは、すごい画数が多くて、自意識がこじれてそうだみたいなこととか言われるのは、もう完全に事実無根の誹謗中傷と言えると思いますね。
漫才の終わり方も東西でこんなに違う!
ケムリ:漫才の終わり方とかどうですか?「もうええわ」とか「やめさせてもらうわ」とか。
水野:それこそね、令和ロマンさんのネタだと…
ケムリ:そうっすね、変な終わり方をしました、僕らは。「え、終わったんだけど」って。
水野:はい、ですよね。それも、言語学者が研究してるんですよね。
ケムリ:言語学者、なんなんすか。すごいな、言語学者。
水野:【漫才談話の結末句の機能と変遷―「やめさしてもらうわ」をめぐって―】っていう論文が、この『させていただく大研究』っていう本に収まってるんですけど。
ケムリ:「やめさせてもらう」は、確かに変な言葉ですね。
水野:これまず例えば、ちょっとお二人に伺いたいんですけど、その土地の目上の人がいて、その人がめっちゃ荷物を重そうに持っていて、荷物を持ってあげるとする時、どのように声をかけますか?
ケムリ:え、なんだろう。めっちゃ偉い人なんすよね。「持ちましょうか」とかじゃないってことっすかね。
井上:「持ちましょうか」とかですかね。
水野:そんな感じで良いと思います。「重そうですね」「お手伝いできることありますか」とか。これが、関西に行くと「持たせてもらう系」がすごい出てくるんですよ。
ケムリ:なるほど。そうだな、「持たせて下さい」ってね、確かにあるかも。
水野:これ関東の人からするとちょっと不思議というか、「持たせる」ってことは向こうの許可が必要になってると思いますけど、向こうはその許可をするような立場じゃなく、むしろ手伝いの表明なので。でも、関西だとこういう表現が自然なんですね。だから多分、「何とかさせてもらう」っていう表現自体が関西の方がよく見られる形式ではあると思います。で、M-1グランプリ計16回分の決勝戦に進出した77組の196演目の漫才の終わりを調べ上げた件数なんですね、先ほどのものは。そうすると、関西は「もういい」とかを使うのに対して、非関西は、「もういい」とか「いい加減にしろ」を使う傾向があると。で、やっぱり「やめさせてもらう」は関西出身の芸人さんがメインらしいんですね。
ケムリ:「もういいよ」か、多分東京で一番多いのは。「もういいよ、どうもありがとうございました」。
水野:そうですね。あと「やめさせてもらう」は、2008年以降はしばらく見られなくなったっていうことも、この論文中には書かれていました。
ケムリ:へー!ちょっと古めの言葉にはなりつつあるんですかね。
水野:なんかコテコテ感があるんですかね。
いずれにせよだから、やっぱり「やめさせてもらうわ」って関東の芸人さん、令和ロマンさんお二人とも関東ご出身だと思うんで、使いにくいのかなって、あんまり日常的な会話の延長線上に「やめさせてもらう」はないんで、言いづらいのかなと思って。
ケムリ:言わないですねぇ。
言語学の視点で見るボケとツッコミ~ボケは4つの公理の逸脱!
ケムリ:ボケの定義を教えて欲しくて。ツッコミは何となくやってるから、その「型」があるからできてる。僕はどうしてもボケるのが苦手な部分があって。それを何か定義から理解したら、ちょっと楽になるんじゃないかって思うんですけど。
井上:ケムリさんは今現状、ボケってどう捉えてるんですか?
ケムリ:んーまあ、…正しいことと違うことぐらいしか思ってないですよね。
水野:これやっぱその「金水1992」っていう研究、金水敏先生の研究の話をしてもいいですか。
ケムリ:もうわからないです(笑)お願いします。
水野:まさにそれ、言語学者がボケとツッコミを言語学の視点だとこう見えるよねってのを整理したのがその金水先生の1992年の研究で。
ケムリ:知りたい!そっから学びたい。
水野:ちょっとあのややこしい概念の話をしちゃうんですけど、言語学の中でも「語用論」といって、日常のコミュニケーションの研究をするような分野があるんですね。その「語用論」の中でグライスっていう研究者が、「我々の会話はこのような原則にのっとっているんだ」っていうのを4つ整理したんですよ。ちょっと今から言うのを別に覚えなくてもいいんですけど、順番に。<量の公理><質の公理><関連性の公理><様態の公理>。
ケムリ:…もう諦めた。
水野:大丈夫です。これからわかるように説明するので。めっちゃ当たり前のことなんですけど、会話するときに「必要以上の情報を言うな」ってことと、「間違ってることを言うな」ってこと、「関係のあることを言え」っていうことと、「不明瞭や曖昧な言い方は避けろ」って言ってるだけですこれは。
ケムリ:これが普通の会話の法則みたいな。
水野:はい。ただ、グライスも面白かったポイントは、「こういうルールを守ってるよね」じゃなくて、逸脱するケースがあって。逸脱するときには、何かしらの効果を狙っているんだみたいなことを言ってるんですね。
ケムリ:なるほど、はい。
水野:例えば、夜寝る前に「コーヒー飲む?」って聞かれたときに、「ごめん、明日出張で朝早いんだ」みたいな会話って、普通にあるじゃないすか。でも「コーヒー飲む?」ってイエス・ノーの質問文なので、「はい」か「いいえ」で答えるべきじゃないですか、本来は。でも、「明日出張で朝が早いんだ」って言われたら、わかりますよね。
ケムリ:はい。
水野:つまりこれは、「はい」か「いいえ」で答えられる質問に対して、「はい」か「いいえ」で答えないっていう、<関連性の公理>を破った会話なんですね。<関連性の公理>を破ることで、「はい」「いいえ」という直接的な返事を避けて、相手を傷つけないように配慮しているのだとか、婉曲な言い方をすることで配慮してるんだっていう風に考えられるんですね。ここまでが、グライスが言ったことで、これを漫才に当てはめてみようって言ったのが金水先生なんですね。
ケムリ:金水先生!
水野:金先生の言い方は、「ボケっていうのは、その<協調の原理>の<逸脱>なんだと。その<逸脱>から<修復>するのがツッコミなんだ」っていうのが、金先生の考え方。
例えば、僕がちょっとすごいわかりやすいなと思う関連性の<逸脱>の事例で言うと、アインシュタインの稲田さんがテレビ番組で食レポをしたんですよね。
ケムリ:はい。
水野:稲田さんが「すごい美味しい」みたいなことを言った後に、フットボールアワーの後藤さんが2秒ぐらい待った後に、「すごいな。ちゃんと腕時計の時間、合っとるやん」みたいなことを言ったんですよ。一瞬シーンってなったんですよ。そしたら稲田さんが「俺のこと、ナメてますん?」って言って、めっちゃ笑いが起きたんですよ。これって、「美味しい」って言うのに対して、「腕時計の時間が合ってる」って、<関連性の公理>関連性がないじゃないすか、<逸脱>してますよね。それに対して、「俺のことナメてますん?」って言ったことで、「自分はめちゃめちゃ見た目が面白いから、時計さえも合わせられないぐらいの人間なのだ」って前提が、そのツッコミによって<修復>されますよね。
ケムリ:うんうん。そうですね。
水野:関連性が戻ってくる。その<緊張の緩和>によって笑いが起きるんだっていうのが、金水先生の捉え方。
ケムリ:なるほどー!
水野:だから、<量・質・様態・関連性>それぞれずらすことで、ボケってある程度推理できる。例えば、<量の公理>の「必要以上の情報を言うな」っていうのを違反すれば、それって「盛る」とか「誇張する」ってことですよね。
ケムリ:おもしろ!まじか!
尊敬する人、金水先生!
水野:例えば、「600年前から俺ら仲良かったじゃん」みたいなこととかって、<量の公理>に違反してるわけですけど、言いたいことはわかる。
ケムリ:結構当てはまるんですかね。バラエティでやってるボケぐらいなら、全部この4つに当てはまりそうな気がしちゃう。
水野:整理したら、ある程度いけるのかもしれないですよね。
ケムリ:まじで!え、金水先生の本はどれですか。(笑)
水野:『上方文庫13 上方の文化』
ケムリ:読まないと!『上方の文化』。これ、マジで勉強になりました!ありがとうございます!
水野:本当ですか。役に立ててよかったです。
ケムリ:今後、僕がボケてたら、勉強したと思って。この4つのうちのどれかに当てはまると思うんで(笑)うわー、良かった!聞けて!
井上:きっとじゃあ、ボケの人はそれをセンスでやってるんですかね。
水野:そうですね、センスでやってる人と、ロジックでやってる方もいるんじゃないですかね。
ケムリ:いるんじゃないですかね。ロジックでやってる人は、「普通ならなんて言うか」が前提として1個あるんじゃないかなと思うんですよね。僕、だからそれも遅いんでしょうね、それを考えるのが。
水野:ケムリさんはロジカルにやるタイプですか?
ケムリ:どちらかといえばロジカルにやるタイプだと思うんすけど。でもこれ、絶対訓練あると思います。訓練したいと思ってます。自分がボケる空間ってのは少ないので。そういう空間を作っていかないとなと思ってます。訓練のためにもね。
水野:まさかの語用論の研究がこんなところで役に立つとは。
ケムリ:本当に勉強になりました!ありがとうございます!
井上:ちょっとケムリさんの何かに火をつけたかな。
ケムリ:俺は金水先生とともに歩んでいこう!(笑)「尊敬する人、金水先生」って言おう!(笑)
(TBSラジオ『井上貴博 土曜日の「あ」』より抜粋)