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6歳の愛娘を失った父が作った“こどもホスピス” 重い病と生きる子の「第二のおうち」とは

コクリコ

重い病や障害とともに生きる子どもとその家族を支える「こどもホスピス」ルポ第2回。コミュニティ型こどもホスピス「うみとそらのおうち」(横浜市金沢区)ができるまで。全5回

【写真➡】第2回こどもホスピス誕生を支えたはるかちゃんの写真を見る

国内2例目となる「コミュニティ型」のこどもホスピスは、2021年11月に横浜市金沢区に誕生しました。プロジェクトの中心となったのは、次女を小児がんで亡くした元会社役員、田川尚登(ひさと)さんでした。医療従事者でも福祉事業主でもなかった田川さんが、コミュニティ型こどもホスピス(※)「うみとそらのおうち」(通称うみそら)を開設できたのは、次女への思いと、さまざまな好条件が重なった経緯があります。うみそら誕生までの物語を、ご紹介します。

※コミュニティ型こどもホスピス=重い病気や障害とともに生きる子どもとその家族が、自分らしく過ごすことを目的にした医療機関ではない施設

6歳で小児がんを発症

うみそらの1階の天井の照明は、星座をモチーフにしています。ふたご座、やぎ座、カシオペア座、小熊座、大熊座……。

このうちふたご座は、田川さんの次女で、1998年2月に小児がんで亡くなったはるかちゃんの星座です。この「星座」に見守られながら、田川さんははるかちゃんへの思いを胸に業務にあたっています。

はるかちゃんは活発な性格で、周囲を笑顔にすることが大好きな女の子でした。はるかちゃんの体に異変が起きたのは、1997年6歳の初夏のことでした。

朝、「頭が痛い」と訴えるので、幼稚園を休ませ、小児科を受診したところ、「風邪」と診断されて薬を処方されましたが、その後も頭痛はなかなかおさまりませんでした。そして夏の終わりごろ、田川さんが、はるかちゃんの深刻な異変に気づきました。大きく右足を引きずって歩いているのです。

「風邪なんかじゃない」。そう確信し、総合病院で受診したところ、頭部の画像診断を指示されました。診断結果は、小児がんのひとつである小児脳幹部グリオーマでした。しかも担当医からは、「残念ながら、治療法はない」と告げられました。

「一定期間、放射線治療で腫瘍を小さくすることならできます。残された時間で、家族とともに、楽しく過ごしてください」。

いきなりの余命宣告です。あまりにも突然で衝撃的な事態に、田川さんも妻も、現実を受け入れられませんでした。

放射線治療を終え、はるかちゃんは自宅に戻りました。幼稚園には戻れませんでしたが、自宅で明るく過ごすはるかちゃんを見て、田川さんは、子どもの生命力を痛感したといいます。

しかし病魔は確実にはるかちゃんの体をむしばんでいきました。

1998年1月末、千葉県鴨川市の海岸で。鴨川は、はるかちゃんにとって、友達家族との楽しい思い出の地だった。  写真提供:田川尚登さん

悲しみと後悔でつぶされそうに

5ヵ月後の98年1月末。はるかちゃんが「行きたい」と望んだ千葉県鴨川市への家族旅行の翌日、容体が悪化。緊急入院したものの、はるかちゃんの呼吸が止まり、緊急措置として、人工呼吸器が装着されました。

医師からは、「医療的にできるのは、人工呼吸器を動かし続けることだけ」という説明を受けます。

田川さんは葛藤の末、呼吸器を外す決断をしました。胃に通じる管から血液が逆流する症状が頻繁に起こり、はるかちゃんが「つらい」と訴えているように思えたためです。

2月15日。田川さんと妻、そして長女の家族全員と、たくさんの看護師が病室に集まり、はるかちゃんの人工呼吸器が外されました。6歳での旅立ちでした。

はるかちゃんが旅立った後、田川さんは「もっとはるかに寄り添うべきだった」という後悔にさいなまれたといいます。

はるかちゃんの闘病中も、田川さんは家族を支えるために仕事を続けるほかありませんでしたが、「もっと時間を割いて、そばにいればよかった」という感情に、押しつぶされそうになったといいます。

苦悩のすえ、田川さんは2003年に友人らとNPO法人「スマイルオブキッズ」を立ち上げました。医療現場と手を携えながら、自身の経験を生かして民間の立場からも小児医療の充実を目指そう、と考えたのです。

「はるかが生きた証を残したいと思い、彼女がこの世に生まれてきた意味を考え続けました。その結果、はるかと過ごした時間の中からメッセージをくみ取り、形にしようと思い到りました」

患者家族の居場所づくりからこどもホスピス開設に

田川さんはまず、はるかちゃんのお見舞いに通ったときに感じていた、患者家族の「居場所のなさ」の解消に取り組みました。

はるかちゃんが入院していた神奈川県立こども医療センター(横浜市南区)には、県内外の子どもたちが治療に訪れるため、遠方の家族は、車中泊をしたり、院内の休憩スペースで仮眠をとるなどして過ごしていました。

そこで「スマイルオブキッズ」としてチャリティー活動を続け、2008年、患者家族のための宿泊型滞在施設「リラのいえ」を、医療センターから徒歩5分の県有地に開設。1泊1,000円で11組まで泊まれるため、遠方から子どもの付き添いにやってくる家族などに、とても喜ばれています。

そして2013年、「スマイルオブキッズ」あてに、高額な遺贈寄付が届いたことで、「横浜こどもホスピスプロジェクト」が始動しました。遺贈の送り主は、もと看護師で2012年2月に急逝した石川好枝さん(享年76歳)でした。

石川さんは生前、ホームロイヤー契約を結んだ弁護士に、「自分の遺産は、病気と闘う子どもたちのために使ってほしい」と伝えていました。もっとも望んでいたのが、新たなこどもホスピスの開設に役立てることでした。

「スマイルオブキッズ」では誰ひとり、石川さんを知る人はいませんでしたが、弁護士が「リラのいえ」の情報を伝えた結果、ここを遺贈先に選んだのでした。

田川さん自身、「リラのいえ」が軌道に乗り始めた2005年、小児緩和ケアの勉強会の中で、「こどもホスピス」という施設がイギリスにあることを知り、「いつかそんな施設を手掛けてみたい」という漠然とした思いを抱いていました。

しかし現実問題として、欧米のような寄付文化がない日本では、運営費の大半を寄付金に頼る「こどもホスピス」は、自分には実現不可能だと考えていたそうです。

そんな折に多額の遺贈が届き、さらに弁護士から「本当は石川さんは、こどもホスピスの建設に役立てることを望んでおられました」と説明を受けたのです。そのときのことを、田川さんはこう振り返ります。

「こどもホスピスが地域にあれば、はるかのように重い病と闘う子どもたちが、最期まで子どもらしく生きられるはず。『これは運命だ』と感じ、決意しました」

田川さんの思いに弁護士も深く納得し、石川さんの遺産の残金を、「スマイルオブキッズ」に託してくれました。

横浜こどもホスピスプロジェクトの代表理事、田川尚登さん。はるかちゃんが残してくれた思い出を胸に、前に進んできた。  写真提供:うみとそらのおうち

病院と自宅ばかりの子どもに「第二のおうち」を

翌年(2014)の夏、「横浜こどもホスピスプロジェクト」が本格始動しました。

チャリティコンサートや行政への陳情、勉強会などの活動を経て、2019年にはプロジェクトが横浜市の「在宅療養児等生活支援施設支援事業」に指定され、施設の建設予定地も、横浜市立大学の学生寮跡地を30年間、無償で借り受けることになりました。

ハード面の準備を進める一方で、田川さんは「何をする施設なのか」を理解するため、仲間と共に先進地のイギリスやドイツに出向き、施設の視察を繰り返しました。

先進地の施設では、重い病の子どもたちとその家族が、看護師やカウンセラーやボランティアスタッフなどに見守られながら、遊んだり学んだり、笑顔で過ごしていました。

田川さんのイメージは固まりました。
「第二のおうちにしよう」

2021年11月21日の落成式典では、田川さんは挨拶の中でこう宣言しました。

「命にかかわる病気を持つ子どもは、いま全国に2万人いると言われていますが、彼らには、病院と自宅しか居場所がありません。残された時間を有意義に使い、家族と楽しく過ごせる『第二の我が家』のような場所を、目指します」

その言葉どおり、うみそらは、多くの子どもとその家族たちの「第二のおうち」として親しまれています。

次回は、うみそらで紡がれる子どもたちの「命の物語」を、ご紹介します。

取材・文/浜田奈美

田川尚登さんが愛娘・はるかちゃんを亡くした経験や患者会遺族の話をふまえ、こどもホスピスの必要性を綴った『こどもホスピス──限りある小さな命が輝く場所』(新泉社)。

フリーライター浜田奈美が、こどもホスピス「うみとそらのおうち」での物語を描いたノンフィクション。高橋源一郎氏推薦。『最後の花火 横浜こどもホスピス「うみそら」物語』(朝日新聞出版)

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