「抜き打ち避難訓練」で「校庭にいた児童」の想定外の行動とは?【専門家が緊急提言】間違った学校の避難訓練の功罪
保育施設や学校の避難訓練を一新し、災害の実態に合った内容に変えるべく事業を開始した日本大学危機管理学部。同大学の秦康範教授と、NPO法人減災教育普及協会の江夏猛史理事長に緊急インタビュー第1回。全2回
【写真➡】子ども用「防災リュック」の中身を見る〔専門家が解説〕この3月11日(2025年)で東日本大震災から14年、阪神淡路大震災からは30年です。「実は阪神淡路の30年前から、学校での避難訓練は津波を除いて基本的に変わっていないんです」と話すのは、日本大学危機管理学部の秦康範(はだ・やすのり)教授。
子どもを守るため、避難訓練はどうアップデートされるべきなのか、くわしく聞きました。
避難訓練の内容は現場にゆだねられてきた
子どもたちが通う幼稚園や保育園、小中学校では、毎月1回以上、定期的に避難訓練を実施することが義務付けられています(※)。
「中学生までの子どもは、だいたい月に1度は避難訓練をしていることになります。でも、毎月やっているのにもかかわらず『それが本当に意味のある内容なのか』というと、そうではないのが現状なのです」
そう切り出したのは、NPO法人減災教育普及協会の江夏猛史(えなつ・たけし)理事長。
「今、全国で子どもたちが毎月のように行っている避難訓練の多くは、震災の実態にそぐわない意味のない訓練や、かえって被害が増える恐れがあるものもあるのです」と、日本大学危機管理学部の秦康範教授も嘆きます。
首都直下地震や南海トラフ地震が心配される地震大国・日本。しかし、子どもたちの保育・教育現場で行われている「避難訓練」の多くは、阪神淡路大震災以降、約30年もの間内容が変わっておらず、地域の被害想定や最新の知見に基づいた行動を取り入れたものではありません。
現在、全国的に広く行われている学校現場での避難訓練は、一体どのようなものなのでしょう。
2025年1月、日本大学危機管理学部と、NPO法人減災教育普及協会、神奈川歯科大学歯学部総合歯学教育学講座、一般社団法人AR防災の4者が、「避難訓練をアップデートする!」という目的を掲げて、包括連携協定を締結した。 写真提供:日本大学危機管理学部
「そもそも避難訓練の正しいマニュアルというものは存在していません。文部科学省や都道府県教育委員会が資料を出しているものの、現場は長年続けられてきたものを毎月こなしているだけの状況。避難訓練をすること自体が目的化してしまっている学校がほとんどです」(秦教授)
「訓練開始のアナウンスとともに机の下にもぐったり、その場で丸くうずくまる“ダンゴムシのポーズ”をとったりするところが多いですよね。
このような身の安全を確保すると“されている”行動を一律でとった後、集団で校庭などの広いところへ集まり、先生の話を聞く、という流れが一般的なのでは。
そこで先生から言われるのは『しゃべらず静かに集まりなさい』ということと、『集合するまで◯分かかりました』という時間の話です」(江夏さん)
スピードより大事なのは「判断」!
「火災の避難訓練であると、火もと(火が出た場所)と逃げるべき場所が定まっているため、避難のスピードが重要になります。想定される被害が火災であれば、速さを競うのは間違ってはいません。
そして、その速さを重視するうえで、走ったり、前の人を押したりするから『かけ(走ら)ない』『お(押)さない』というルールが出てくる。しかし、それはあらゆる災害に当てはまるものではないのです」(江夏さん)
広く使われている避難時向けの標語、『おかしも(おはしも)』も正しくないといいます。『おかしも(おはしも)』の意味は、①おさない ②かけ(走ら)ない ③しゃべらない ④もどらない です。
「標語『おかしも(おはしも)』は、誰しも聞いたことがあるのではないでしょうか。みんながそれを教訓として育ってきていますし、教育委員会の資料にも載っています。
しかしこれは、不特定多数の人がいる映画館や地下街など出口の狭いところからの避難、または火災などを想定した標語なんです。子どもしかおらず、いくらでも出口がある、学校のような現場や施設に見合った内容にはなっていません」(秦教授)
阪神・淡路震災以降、消防庁による教育安全指導のガイドラインに紹介されたことから、防災教育の標語として「おかしも」が全国に普及した。
「話さずに移動」も正解ではない
「震災の場合、1秒でも早く校庭に出ることに意味はないし、私語で被害が拡大したなんて話も聞いたことがない」と、秦教授は一刀両断します。
「私が視察した地方の小学校では、『話してはいけない』と強く言われているものだから、声かけもせず、暗い雰囲気で淡々と避難訓練が行われていた。実際に地震が発生したら、身を守るためにみんなで声を出すべきなんです。
つまるところ、現在の避難訓練の内容や標語は、先生が児童生徒を統率し、管理するための訓練になっているのです」(秦教授)
抜き打ちの避難訓練で子どもたちがとった驚きの行動
「避難訓練の際、防災頭巾やヘルメットをかぶりましょう、と教えると、子どもたちは真っ先にそれを探します。ヘルメットをかぶれば『安全』、机の下にもぐったら『安全』ですって、それが一番危険な伝え方なんですよ。
その教え方では、子どもたちは自分に身の危険が迫っていたとしても、みんなとにかくヘルメットを取りに行くようになる。その際、危ないものが何かを見たり探したりはしないんですよね。本来は『危険』なものは何かを考えながら判断して移動し、そこ(危険)を避けつつ逃げることを教えるべきなんです」(江夏さん)
この話を裏付けるエピソードがあります。秦教授が山梨県内の小学校にて、抜き打ちで行った避難訓練の映像です。
「事前に子どもたちに知らせない無予告の地震避難訓練を行いました。すると、校庭にいた100人弱の児童の約9割が、緊急地震速報のアラーム音を聞いて、一斉に校舎の中に向かった。そして、教室の自分の机の下にもぐったんです」(秦教授)
実際の映像を見てみると、子どもたちが最初は戸惑っている様子がよくわかります。そして次にゾロゾロと、多くの子どもたちが校舎へと戻っていくのです。
「普段から『地震のときは机の下にもぐりなさい』と訓練しているから、校庭にいるにもかかわらず、机の下に向かったのです。しかも、近くの教室の机ではなく、みんな自分の教室の自分の机でした。
建物被害のない校庭という比較的安全な場所にいたのだから、本来はそこにとどまるのが良いわけです。にもかかわらず、わざわざ教室へ戻ってしまいました。子どもたちは教わったとおりに実践しただけであり、指導の仕方に問題があるんです。これが実際の地震の映像だとしたら、本当に恐ろしいことですよね」(秦教授)
この避難訓練を経験した小学校5年生の女子児童が、訓練について振り返ったエピソードがあります。
「その女子児童は、抜き打ちでの初めての訓練だったので、何をしたらいいかがわからなくて頭が真っ白になった、と言っています。友達にどうするかを聞いたら、『校庭にいよう』と言われたからそうしたけれど、そのときは考えることもできなかったし、言葉でも説明できなかった。
あとからじっくり考えたら、確かにわざわざ物が落ちてくる可能性がある校舎に戻る必要はなかったけれど、あのとき、瞬時には判断ができなかった、と」(秦教授)
地震や火災は予告があって起こるものではないので、秦教授は抜き打ちでの避難訓練を推奨しています。
江夏さんも、「何から逃げるのかを理解させず、ただ指示どおりに早く動くこれまでの避難訓練では、意味がないどころか、間違った行動を誘発し、かえって被害を増やす恐れがある。これまでの防災教育や避難訓練を変えなければ、子どもは被害者に、先生は加害者になってしまう。今すぐにアップデートが必要」と話します。
では、どのような避難訓練を行っていけばよいのでしょうか。命を守るための避難訓練とは。次回は、避難訓練のアップデート内容を掘り下げます。
※=保育園などの児童福祉施設は、児童福祉法に基づいて義務付け。東京都の公立幼稚園・小・中学校・特別支援学校では、東京都教育委員会によって年11回以上の避難訓練が推奨。
取材・文/遠藤るりこ
●秦康範(はだ・やすのり)PROFILE
日本大学危機管理学部危機管理学科教授。専門は、地域防災、災害情報、防災教育。
●江夏猛史(えなつ・たけし)PROFILE
NPO法人減災教育普及協会理事長。減災人づくりアドバイザー、幼保防災アドバイザー、学校防災アドバイザー、避難訓練アドバイザー。
●取材協力
日本大学危機管理学部
NPO法人減災教育普及協会