「いつものおかず」が、誰かの心を癒やし、救うことは少なくないはず。「作り置きの出産祝い」──自炊料理家・山口祐加さんエッセイ「自炊の風景」
自炊料理家・山口祐加さんの「料理に心が動いた時」
自炊料理家として多方面で活躍中の山口祐加さんが、日々疑問に思っていることや、料理や他者との関わりの中でふと気づいたことや発見したことなどを、飾らず、そのままに綴ったエッセイ「自炊の風景」。
山口さんが自炊の片鱗に触れ、「料理に心が動いた時」はどんな瞬間か。今回は、韓国から帰国した山口さんが、友人の出産祝いとして選んだプレゼントについてのお話です。
※NHK出版公式note「本がひらく」より。「本がひらく」では連載最新回を公開中。
作り置きの出産祝い
6年ほど前から、友達の出産祝いは「作り置きおかず」をプレゼントしています。もし私が出産直後の母だったら何をもらったらうれしいだろう? と考え、もらう側が気を遣わず、役立って、心に残るものがいいなと思った時に、たどり着いた答えでした。赤ちゃんのお世話で慌ただしくしていても、冷蔵庫を開けたらすぐ食べられるものがあることは「助かった〜!」と思う気がします。調べて値段がわかるプレゼントではないので、お礼の気も遣わせません。モノのプレゼントは気に入ってもらえるかが不安なところですが、おかずであれば食べてなくなります。けれどきっと心には残ると思うのです。しかもプレゼントする側にも赤ちゃんに会いに行けるという口実ができます。もっと作り置きおかずのプレゼントが増えてもいいのでは? と思って、筆を取りました。
献立は、家にある調味料と冷蔵庫にある使ってほしい野菜を友達に聞いて、当日スーパーで食材を見ながら何を作るか決めています。よく作るのは、南蛮漬け、肉味噌、ささみとごぼうのサラダ、ピーマンのきんぴら、もやしのナムルなど、私が家でよく食べているいつものおかずです。3〜4日食べられて、少しアレンジもできるような料理がいいのではと思っています。料理を作る場所は友達の家が多いですが、私の家に来てもらって、作り置きおかずを持って帰ってもらうパターンもありました。
私は出産経験がないので推測でしか書けないけれど、産後に食べたいのは豪華で、おいしさの極まった料理ではなく、安心できて、身体の内側から元気が湧いてくるような料理だと思っています。日々食卓に並ぶ「いつものおかず」が、誰かの心を癒やし、救うことは少なくないはず。家のごはんにしかない「人が作った」という空気を纏(まと)ったおかずたちは、どこに行っても買えません。赤ちゃんのお世話で精いっぱいになり、きっと自分のために時間を使うことがなかなかできない産後のお母さんに、「私があなたのために作りました」という料理があるだけで、全部おいしく感じてしまうくらいうれしいはず(そう信じている)。
そして「よその家のいつものごはん」は、仲の良い友達同士でも共有されることがないので、意外と発見が多くて楽しいものです。きんぴらひとつとっても、切り方や味付けが少しずつ違ったり、あの野菜をこうやって食べるの!? という気づきがあったり。自分の好きな料理を友達が気に入ってくれて、その家の定番になったらさらにうれしい。出産祝いをきっかけにいつもの家ごはんに新しい風が吹き、暮らしの知恵を共有できたら、お互いにとってのギフトになりますよ。
※「本がひらく」での連載は、毎月1日・15日に更新予定です。
プロフィール
山口祐加(やまぐち・ゆか)
1992年生まれ、東京出身。共働きで多忙な母に代わって、7歳の頃から料理に親しむ。出版社、食のPR会社を経てフリーランスに。料理初心者に向けた対面レッスン「自炊レッスン」や、セミナー、出張社食、執筆業、動画配信などを通し、自炊する人を増やすために幅広く活躍中。著書に『自分のために料理を作る 自炊からはじまる「ケア」の話』(紀伊國屋じんぶん大賞2024入賞)、『軽めし 今日はなんだか軽く食べたい気分』、『週3レシピ 家ごはんはこれくらいがちょうどいい。』など多数。
※山口祐加さんHP