ビショフベルガーキャンパー 旅立ちの日 Der FREIRAUM デアフライラウム “自由な余白” ♯27
長らく我々を悩ませた謎のエンスト現象もなんとか乗り越えて、入庫から一年以上ご厄介になった大阪・茨木の空冷工房「CHELM」を旅立つ日が現実味を帯びてきました。
2023年の夏、Golf Caddy Camper BISCHOFBERGERを持ち込み、軽く打ち合わせした時には「まぁ、1ヶ月あれば終わるやろ」という見立てでしたが、「移植用エンジンが動かない」という事態に直面し、あれよあれよという間に時が流れました。エンジン以外にも、想定を超えた様々な事態が起きました。
キャンパーのベースはGolf1のピックアップ版であるCaddyですが、エンジンはScirocco2から拝借しています。これだけでもややこしい気配が漂いますが、そもそも気楽に考えていたのは、GolfもCaddyもSciroccoも、みなシャシーが同じだったからです。Caddyでは見つからない部品もGolfのものが使えるだろう、と。
A1シャシーと呼ばれるそれは、Golf1の派生モデルであるCaddyはもとより、姿形はまるで違う初代Sciroccoも、その2世代目も同じものを使用しています。Caddyは後ろ半分がラダーフレームにはなっていますが、前半分はGolf1そのもので、エンジンマウントの位置も同じ。Sciroccoも同じ。イメージ的には「エンジン、ポン付け可!」だったのです。
しかし、実際に作業に取り掛かってみると、Golf、Caddy、Sciroccoは実に細かく部品が作り分けられていたことが徐々に分かってきたのです。甘かった……兄弟車とは言え、作り手の意識としてはそれぞれ別のクルマだったようです。
SciroccoからCaddyへのエンジン換装にあたって、ドライブシャフトや5速ミッションなども一緒に移す時に、ステアリング周りもそのまま行っちゃえ、と作業していただいていたのですが、え、そこが違うの? ということでしばし作業中断。ステアリングコラムをシャシーへの取り付けるボルト穴の位置が違う。ステアリングシャフト自体の長さも、1.5cmほどCaddyの方が長い。考えてみれば、ステアリングの角度が違うことが理由なのでしょう。
そして、ステアリングから伸びてきたシャフトが、転舵するギアにつながる部分の作りも、Caddyの方がゴツく頑丈にできている。Caddyは商用車で、自重も最大積載量も大きいからでしょうか。正直、こんなところ作り分けているとは思いもせず。
メーターですが、タコメーター付きにしたいこともあってSciroccoのものを使うことにしたのですが、これも見た目はほとんど同じなのに、Sciroccoのものは5mmほど幅が広いときた。当然、ボルトの位置が合いません。悩んだ挙句、メーター側に3Dプリントで作ったボルト留めのパーツを増設して移植。年式や仕様での違いは想定していましたが、同じシャシーを使用するクルマの、ステアリング系のような基本パーツが作り分けられているとは思いませんでした。
ダッシュボード自体も、Golfのものと幅こそ一緒でしたが計器板の囲いが微妙にカーブしているんですね。すでにあるものを有効活用する部分もフォルクスワーゲンにはあるのですが、こうした細かな意匠の違いを追求するのもまた「らしさ」なのだな、と思い至った次第です。
準備万端! いよいよCHELMを旅立つことに
大阪の茨木から220km先の、豊橋市に借りている一時保管場所が今回の目的地。移動当日は、万一に備えて友人のVW up!が伴走してくれることになりました。そして、主治医であるCHELM の"てんちょー"ご本人も同行いただけるということで、まさに盤石の体制。
長旅の前に、ショップ周辺を軽く一回り。走り出して100mで力尽きた日が遠い昔のことのようです。今回は何の問題もなくショップへ戻り出陣準備。長いリフト生活で積もりに積もった垢を落とすと、ヤレながらも白いボディが少し明るくなり、公道へ復帰する喜びが溢れているように見えます。長かった……。
てんちょーには、こんな案件を受けてくださり、やり遂げていただいたことに心の底から感謝です。今や目の前のエンジンルームには初代Golf GTIと同スペックの1.8Lエンジンが収まり、右手を伸ばせばGolf1乗り憧れの5速まで刻まれたシフトノブ、パワステやエアコンまで備わったこの世に一台のGolf Caddy Camper。ステアリングは、長らく温存していた初代Golf GTI用の3本スポークステアリング。エンジンがGTIスペックだから、これつけても許されるよな……。
ナンバー取得まではまだ長い道のりがあるし、内外装ともにレストアが必要ではありますが、なにせ夢にまで見たGolf顔のキャンピングカーです。体の底から、なんとも言えない感動がじわじわと込み上げてくるのが分かります。
これまで、バイクにテントを積んで日本中を旅してきた私としては、まずはこのGolf Caddy Camper BISCHOFBERGERでゆっくりと日本を巡ってみたい。そしていつかもう一度大陸に渡り、ヨーロッパを始め世界各地を旅してみたい。この丸目のGolf1顔が何より好きな私は、様々な世界の風景の中へこの佇まいを連れ出したいのです。
実はこのキャンパー、元はボンネットにスペアタイヤが載っていました。それはそれで旅グルマの雰囲気を高め実用性もあるのですが、G.ジウジアーロ氏の描いたGolfの美しいシルエットを活かしたくて、今回はボンネットをノーマルに戻しました。スペアタイヤは別の場所に収納する予定です。
これで、横顔も大好きな初代Golfになりました。大きなショーウィンドウの前で信号待ちしている時に、映り込んだ愛車を見ちゃう人ならわかっていただけるはず。
さて、身支度を整えたCamper、いよいよCHELM卒業です(退院か!?)。てんちょーは、このために午後のお仕事を早めに切り上げてくださいました。感謝。シャッターを下ろしたCHELMから、up!を伴走車にいざ出発です! 船出です! 新たなる旅立ちです!!
CHELMは名神高速の茨木インターまで500m、つまり心の準備をする間もなく、いきなり高速道路に乗ってしまうのです。でも今回は大丈夫、試運転はバッチリ。進入路を駆け上がり、本線に合流するためアクセルを踏み込みます。3、4、そして5速へシフトアップ。蘇ったScirocco譲りのエンジンは気持ちよく吹け上がり、ちょっと重たいCamperボディを力強く加速、なんなく本線の流れに乗りました。
100km/hで2500回転。私のもう一台の愛車、Golf E(1980年)は4速なので、100km/hで3000回転に近いところ、さすがは5速です。そして、これはドイツ・アウトバーンをこのクルマで走った時にも感じたことですが、直進安定性が素晴らしい。リヤサスがリーフスプリングという違いはあるものの、初代Golfの走りそのものです。速度が上がれば上がるほど高まるスタビリティは、初代に限らずGolfの美点です。
特にこのCamperは、ほぼCaddyの最大積載量に近い自重であり、空荷のトラック状態より重心も上がっているはずですが、ユサユサ揺れることもなく、ハンドリングに癖が出るわけでもなく、ビシッと進路が決まります。ポップアップ仕様で全高が抑えられているので、横風でふらつくような感じもありません。ドイツの車検証には許容最高速度が書いてあり、このCamperは135km/hと記されています。
ドイツの車検証と言えば、Teil1、Teil2の2種類があり、後者には前保有者の情報が記載されていて、私で6人目ということがわかりました。登録地の記録も載っているのですが、これによると、ほぼ南ドイツの近い範囲、いわゆる「シュヴァルツヴァルト(黒い森)」周辺で登録され続けてきたようです。今のようなネット社会ではなかった頃、実車を目にした人が「手放すなら私に!」と直談判した結果かもしれません。
実際、私の前のオーナー、シュテファンは入手のいきさつについて「近所で見かけて気になっていた。ある日ディーラーでお爺さんがナンバープレートを外しているシーンに出くわしたんだ」その場で買うことに決めた、ということなので、毎回、中古車情報誌やウェブサイトに載る前に次の買い手が決まっていたのかも知れません。
さて、そんな話を書いているうちに、キャンパーとVW up!は湾岸長島PAに入って念の為エンジンルームを点検。禁断メカK-Jetronicは燃料滲みもなく、問題なし! 残りの行程もパワーダウンや息継ぎもなく順調に走り切り、目的地の豊橋に無事到着したのでした。
これからの予定としては、排気ガス検査という関門がまずあり、その先に並行輸入自動車申請~車検、とまだまだやることは山積みですが、旅立ち前のこの壮大な旅も愉しんでおります。
大阪・茨木の空冷工房「CHELM」からの旅立ち。ながらくお世話になりました
こちら著者の動画です。
VW Golf1 Caddy キャンピングカーとの旅 Chapter 4 🔹 VW Caddy Journey
/ Bischofberger VW Caddy Camper