米国の最新解雇事情から浮かび上がる「肩たたきされるエンジニア」の特徴【Brandon.K.Hill解説】
日本で話題になった「退職代行」だが、米国では一転して「解雇代行」のニーズが高いことをご存知だろうか。日本より従業員を解雇しやすい米国とはいえ、実際に人を辞めさせるのはそう簡単ではないのかもしれない。
そこで本記事では、サンフランシスコと東京でデザイン会社を経営し、米国テック企業やシリコンバレーのエンジニア事情にも詳しいBrandon.K.Hillさんに米国の最新解雇事情について聞いた。
そこから見えてきた「米国で解雇されるエンジニア」の特徴には、どきりとさせられる示唆ばかりだった。
Founder & CEO
btrax
Brandon K. Hillさん(@BrandonKHill)
北海道生まれの日米ハーフ。サンフランシスコと東京のデザイン会社btrax代表。サンフランシスコ州立大学デザイン科卒。 サンフラン市長アドバイザー、経済産業省 始動プログラム公式メンター。ポッドキャストも運営
目次
米国ではどんな理由でも従業員を解雇できるスキルが古くなったエンジニアは即解雇の対象に「マネジャーになりたくない」では解雇リスクが高まる必要とされるのは「どうすれば実現できるか」を考えるエンジニア
米国ではどんな理由でも従業員を解雇できる
ーー日本とは違い、米国では企業が従業員を解雇しやすいとの話をよく耳にします。改めて米国の解雇事情について教えてください。
原則として、米国では企業と従業員のどちらからでも自由に雇用契約を解約できます。これは「At-will(随意雇用)」と呼ばれる雇用の原則で、いつでも、どんな理由でも、あるいは理由がなくても、企業は従業員を解雇できるし、従業員は会社を辞めることができます。
最近日本では「退職代行サービス」が話題になっていますが、それは従業員が辞めようとしても、会社が無理に引き留めるなどして辞めさせてくれないケースがあるからですよね。でも米国の企業がそれをやれば違法になる。だからこちらでは退職代行サービスの存在は聞いたことがありません。
一方で米国では、従業員がある朝出社したら「君は今日でクビね」と突然言い渡されることも日常茶飯事です。会社側はいつでも解雇できるので、事前の通達もなく、本当にいきなり辞めさせられるんですよ。
ーー「どんな理由でも雇用契約を解約できる」とのことですが、実際はどのような理由で解雇されるケースが多いのですか。
米国における解雇には2種類あります。一つは会社都合による解雇で「レイオフ(Lay off)」と呼ばれます。会社の業績不振や事業再編による部署の閉鎖などを理由に人員整理を行う場合が該当します。
もう一つは従業員側に原因がある解雇で、こちらは「fire」と表現します。これは法律や社内規定に違反したり、パワハラやセクハラをしたりと、特定の従業員の行為に明らかな非があった場合に、その個人を指名解雇するケースです。
あるいは職務怠慢やパフォーマンスの低さが原因で解雇されることもあります。とはいえ全体で見ればfireで解雇されるケースは珍しく、数としてはレイオフの方が圧倒的に多くなります。
この二つの最大の違いは、解雇される従業員への対応です。レイオフは会社都合で辞めさせるので、企業側は退職金を支払うなどして従業員に便宜を図ります。「給料◯カ月分を払うので、どうか穏便に辞めてください」というわけです。
それに対し、fireは本人に原因があるので、退職金も出なかったり、失業手当ももらえないケースがあります。ただし揉めやすい辞めさせ方ではあるので、本当は指名解雇にしたい場合でも、本人には「会社都合で辞めて欲しい」と伝えてレイオフの形をとることがよくあります。
あとで訴訟を起こされるくらいなら、退職金を払ってでもトラブルを回避できた方が、会社にとっては都合がいいですから。
ーーレイオフなら本人は解雇に納得するものですか? たとえ業績不振などの理由があるとはいえ、辞めさせられることに反発する人もいると思うのですが。
もちろん解雇までのプロセスが適切でない場合や、平等性を欠く判断とされた場合は、レイオフでも揉めるリスクがあります。
そこで米国では大手企業を中心に、解雇に関する一連の業務を専門のエージェントに委託するケースがよくあります。それが米国で「解雇代行」のニーズが高い理由です。
米国の法律には退職金に関する規定がないので、解雇までのプロセスでは、まず本人が納得するだけの額を提示する必要があります。さらに十分な報酬を支払う代わりに、「会社に対してクレーム訴訟を起こさない」「会社の悪口をネットやSNSに書かない」などの条件を盛り込んだ契約書にサインさせるのが一般的です。
こうした交渉を直属の上司や人事部が行うと、従業員が感情的になったり、「どうか辞めさせないで欲しい」と泣きつかれたりすることもあるでしょうが、第三者が介入することで、淡々と機械的にプロセスを進められる。これが解雇代行を利用するメリットです。
ーーなるほど……。日本人から見ればドライなやり方に思えますが、会社の立場になれば合理的ですね。
何か一つでも対応を間違えれば、米国ではすぐに訴訟を起こされますからね。
どんな理由でも解雇できると言いましたが、年齢や性別、人種などの差別的な理由で解雇したと疑われた場合は、不当解雇として訴訟を起こされる可能性が高くなります。
なのでコンプライアンスにも配慮しながら慎重に手続きを進める必要がある。こうした難しい調整は専門知識やノウハウを備えたプロに任せた方が安心できるというのが企業側の考え方です。
スキルが古くなったエンジニアは即解雇の対象に
ーー近年はGAFAMを始めとする米国のビッグテックの大量レイオフニュースがたびたび聞こえてきます。どのような人材がレイオフの対象になっているのでしょうか。
あれは業績不振が理由のレイオフとは少し事情が違うんですよ。GAFAMの決算を見ると、この1~2年は業績も株価もかなり上昇していますから。
ではなぜ定期的にレイオフをするのか。それはスキルが古くなった人材をリストラし、新たに必要となるスキルを持った人材と入れ替えるためだと考えられます。もちろん、企業側から本当の理由を公式に発表されることは、ほぼありませんが。
例えばAIが発達すると、AIの専門スキルを持つエンジニアの需要は高まりますが、AIに置き換えられる仕事しかできないエンジニアは要らなくなる。ならば必要なAI人材を100人採用するために、不要な人材を100人解雇すればいい。これがテック企業の考え方です。
変化の激しいテクノロジーの最前線では、求められるスキルも次々と移り変わるので、人をどんどん入れ替えて組織の新陳代謝を図るのが基本的な経営戦略です。
さらには新しいスキルが必要とされる分野でも、アジアや南米など人件費の安い国に外注できるなら、オフショアに振り分けてコスト削減を図るのが米国流。
それで同じ成果が出せるなら、わざわざ給与の高いシリコンバレーにチームを置く必要がないので、オフショアに出した事業は組織ごとリストラされるケースも珍しくありません。
ーー日本企業の場合、注力する事業や技術領域が変化したら、人材を配置転換することで雇用を維持できるように経営努力がなされるものですが、米国ではあり得ないのでしょうか?
それは日本企業が従業員を解雇したくても簡単にはできないので、苦肉の策でやっているだけでしょう。経営視点で見れば、米国流がラクだし、効率的というのが本音のはずです。
今いるエンジニアに新しい技術をいちから教え直すより、最初からスキルのあるエンジニアを採用したほうが時間も手間もかからない。
しかも勤続年数が長い人ほど給与も高いので、ベテランを配置転換して雇い続けるより、新卒や若手を新たに採用したほうがコストダウンにもなる。残酷なようですが、これが現実です。
「マネジャーになりたくない」では解雇リスクが高まる
ーーレイオフを実施するにしても、真っ先に解雇されるエンジニアもいれば、解雇の対象にならないエンジニアもいると思います。両者の違いはどこにあるのでしょうか。
企業によって様々なケースがあると思いますが、解雇されやすい人材として代表的なのは、入社して一定期間が経つのにマネジャーやリーダーに昇格しない人です。
チームを率いる立場であり、なおかつメンバーから「この人と一緒に仕事がしたい」と思われるだけの実力や人柄を備えていて、その人がいることによってチームのパフォーマンスが上がるようなマネジャーやリーダーであれば、会社から解雇されにくい。
逆にいつまで経っても末端のメンバーに留まっているエンジニアは、解雇されるリスクが高いといえます。
ーー日本では「自分は手を動かすのが好きだから、マネジャーにはなりたくない」と考えるエンジニアも多いのですが、このタイプは米国では生き残れないということですか?
もちろん米国にも現場志向のエンジニアはいますが、その場合は3年から5年間ごとに転職を繰り返すのが一般的です。
同じ会社に勤め続けていると、いずれマネジャーになることを求められるので、手を動かし続けたいなら、それが可能なポジションを求めて職場を変えるしかありません。
ーーつまりどこかのタイミングで管理職を目指すのが王道のキャリアパスになるわけですね。
そもそもビッグテックでは役員を含めたマネジメント層やリーダー層の入れ替わりも激しく、その時々の事業戦略や時流に応じて適正なキャリアを持つ人材を外部から登用します。
そして新たな上司としてチームに着任するわけですが、しばらくすると「今のメンバーは使えないので入れ替えます」と言って、既存スタッフを解雇するケースがよくあるんです。
日本では人事部が人事権を持ちますが、米国ではチームマネジャーが採用や解雇の権限を持つことが多いので、新しい上司が求める理想の人材にハマらない部下はチームから外されてしまう。
これは別にパワハラでもいじめでもなく、新しい上司も会社から高いパフォーマンスを期待されて登用されているので、成果を出せる人材でチームを編成したいという冷静な判断に基づくものです。
だからその意味でも、メンバークラスのままでいると上司が変わるたびに解雇のリスクにさらされることになる。もしメンバーとして生き残りたいなら、直属の上司にどう評価されるかがものすごく重要になります。
ーー米国は成果主義なので、とにかくパフォーマンスさえ出せば上司から高く評価されるんでしょうか。
それが意外とですね、日本でよくあるような人間関係のドロドロした部分もありまして(笑)。私の会社もGAFAM系列の企業と仕事をすることがありますが、あれだけのビックテックでも、自分が出した成果を独り占めせず、上司の手柄になるように花を持たせてあげる部下が可愛がられたりするんですよ。
ーーそうなんですか!? 上司にそんな忖度をするのは日本人くらいかと思っていました。
もちろん部下自身が高いパフォーマンスを発揮することは大前提ですが、上司も人間ですから、うまく関係性を作れる部下は重宝されます。
シリコンバレーで活躍している日本人エンジニアは、レイオフされずに長く働いている人が多い印象ですが、それは日本にいた頃に上司への対応や組織での立ち回りを身につけたからじゃないでしょうか。
対上司に限らず、職場での人間関係が重要なのは米国も日本も同じです。むしろ米国の方がシビアな面もあって、例えば周囲に嫌な思いをさせる人は解雇されやすい。
日本ではちょっと嫌味を言ったくらいでクビにはなりませんが、特にシリコンバレーのある西海岸は本人が嫌がることを言うのはNGとされるカルチャーなので、働いているエンジニアもその点はかなり気を付けているはずです。
必要とされるのは「どうすれば実現できるか」を考えるエンジニア
ーー米国では様々な理由で解雇の対象になることが分かりましたが、これだけ頻繁にレイオフが行われても、解雇されたエンジニアはすぐに次の職場が見つかるものですか?
エンジニアは手に職があるので、基本的には転職先を見つけやすいはずです。ただ最近は少し事情が変わってきて、AIで代替できる業務が増えたため、シリコンバレーでも以前より採用数を絞る傾向が見られます。
なかには求人を出しているものの、実際には採用を行わない“ゴースト求人”も増えていて、こちらで問題になっています。現場から人の補充を求められて求人は出すのですが、会社としては今の人数で仕事が回っているなら、これ以上の人件費はかけたくない。
そこで現場には「採用活動はしているんですが、なかなか条件に合う人が見つからなくて」などと言い訳をして、人員補充を引き延ばすケースが増えているらしいんです。それくらいテック企業のコスト意識はシビアになりつつあります。
加えて現在はスタートアップへの投資が冷え込み、採用も少なくなっています。米国ではGAFAMで働いていた人がスタートアップへ転職するといったキャリアパスは珍しくないのですが、それも難しくなっているのが現状です。
よって全体的に見ると、エンジニアが次の職場を見つける際の選択肢は減りつつある。転職が当たり前の米国でも、本当に自分が働きたい職場に移るのは簡単ではなくなっていくのかもしれません。
ーー日本でも終身雇用制度の崩壊やジョブ型雇用の導入などにより、今後は解雇に関する制度や価値観も米国に近づいていくことが予想されます。日本のエンジニアが10年後は20年後も必要とされる人材であり続けるために、どのような学びや心構えが必要でしょうか。
私の会社は日本企業向けのワークショップや研修を行っていて、その際に日本のエンジニアと接する機会も多いのですが、米国のエンジニアとの違いを感じるのが「どうすれば実現できるか」を考える力です。
例えば、日本のエンジニアとの会話でよく出てくるのが「理論的に無理です」という言葉。「このスケジュールでプロダクトを成長させるにはどうすればいいか」を議論している時に、技術的・時間的に障害になることを機械的に並べて「だから無理です」と結論づけるんです。
技術者だから理論的に考えるのは当然かもしれませんが、そもそも私たちは「どうすれば実現できるか」を話し合っているのに、「なぜできないか」を答えてしまう。これではクリエーティブな仕事はできないし、米国ならすぐにクビを切られます。
イーロン・マスクの有名なエピソードがあって、彼がテスラのエンジニアに「自動車にこんな機能をつけたい」と相談したら、相手は「現在の技術では不可能です」と答えた。
するとマスクは「君を雇っているのは僕のビジョンを実現するためであって、できない理由を教えてもらうためじゃない」と言って、そのエンジニアを即日解雇したそうです。
ーーできることを前提に考えるからこそ、米国のテック業界は次々にイノベーションを生み出せるのでしょうね。
日本のエンジニアと接していてもう一つ気になるのが、デザインやユーザビリティ、UI/UXなどへの関心が薄いこと。だから入力フォームの画面を作ってもらうと、ボックスのサイズがありえないくらい小さかったりするんです。
ユーザー視点で考えればどう考えても使いづらいのに、本人は「でも言われた通りの動作はできます」と言うんですね。つまり指示された要件さえ満たせばいいと考えているわけです。
米国の優秀なエンジニアは「こうすればユーザーが使いやすいと思う」といったアイデアを積極的に出してくれる。誰かに指示されるのを待つのではなく、自分の頭で主体的に考えて動けるんです。
ーー確かに日本人は指示待ちタイプが多いかもしれません。
言われた通りのことをやるだけなら、AIにもできる。生成AIならコードも書いてくれるし、修正を頼めば文句も言わずに作業してくれます。
エヌビディアのジェンスン・フアンCEOも「AIがコードを書くのでもうプログラミングを学ぶ必要はない」と発言していますが、少なくともコーディングスキルの価値が下がっていくのは間違いありません。
ではエンジニアはどこで価値を出すかといえば、アーキテクチャの全体像やプロダクトのコンセプトを考え、AIに指示を出して実現させることが仕事になる。そうなれば当然、デザインやユーザビリティといったエンジニアリングの周辺領域に関する知見やセンスも必要です。
さらには「このプロダクトを事業としてグロースさせるにはどうすればいいか」といったビジネス領域への理解もあれば、AIに置き換えられない価値の高い仕事ができるはずです。
もともと日本人エンジニアはものづくりの能力が高いし、仕事へ向かう真面目さも世界一です。だから自分が専門とする技術に加えて、プラスαの知識やものの見方を学べば、グローバル基準で必要とされ続けるエンジニアになれると思います。
文/塚田有香 編集/玉城智子(編集部)