【あんぱん】オリジナル要素強めの今週。脚本家がモデルの少女登場と"質感が違う2人"の物語に注目
毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「史実をもとにしたオリジナル展開」について。あなたはどのように観ましたか?
※本記事にはネタバレが含まれています。
国民的作品『アンパンマン』を生み出したやなせたかしは、絵本の世界ばかりでなく、作詞家、脚本家、そしてもちろん原点ともいえる漫画家としても、多彩な才能に恵まれた人物であった。
北村匠海が演じる、やなせをモデルとした柳内嵩は、「たっすいが」と呼ばれ続けたナイーブな人物として描かれてきた。心優しく気弱でありながらも信念は強く、ときにそれをきっぱり主張する場面も何度となく登場し、われわれ視聴者を驚かせてくれた。
前週のラストでついに登場した、アンパンマンの原型ともいえる、〝あんぱんを配る太ったおじさん〟の絵は残念ながら認められず、やはり嵩は落ち込んでいた。作中でも語られていたが、『オバケのQ太郎』『リボンの騎士』など世は空前の〝漫画ブーム〟。
嵩の母・登美子(松嶋菜々子)も、いつになったらその仲間入りができるのかと嘆いていたが、やはり心の底では漫画を描いて当てたい、それが本懐であるという思いは変わらず持ち続けているようだ。
いっぽうで、「九州コットンセンター」という会社を設立した八木(妻夫木聡)は、前述したあんぱんを配るおじさんの絵が好きだと言い元気づける妻ののぶ(今田美桜)と同じく、嵩の才能を理解し見守り続けてきた人物である。
「お前の詩は子どもでもバカでもわかる」という八木の言葉は最大級の賛辞ではなかろうか。その直感から開発した嵩の詩とイラストの入った陶器のグッズは飛ぶように売れ、嵩にもっと詩を書くように注文する。のぶは「(嵩は)漫画家だから」と反論するが、当の本人は「いいんだ、のぶちゃん」と詩を書くことを引き受ける。
NHKの番組『まんが教室』への出演、そして大ヒット曲『手のひらを太陽に』の作詞によって、嵩はますます忙しい日々を過ごしていた。なんでも仕事を引き受けてはひたすら着々とこなしていくさまに、思わず今の自分自身の姿を重ね合わせてしまったりもした。
そんな八木は、社内に出版部門を立ち上げることを決意。その第一弾として、嵩の詩集を出すことを持ちかける。社員は反対するものの、八木の直感は正しかったようで詩集『愛する歌』は好調な売れ行きをみせる。
この『愛する歌』が、嵩の人生にとって大きな縁を結ぶこととなる。
ある日、嵩のもとに届いた一葉のハガキ。送り主は小学4年生。そこには「やない先生の詩の一言一言にとてもとても感動しました」「いつかやない先生の所に遊びに行きたいです」と、子どもらしい文面が綴られていた。
視聴者の注目を大きく集めたのは、そこに書かれていた〝中里佳保〟という名前だ。『あんぱん』の脚本家、中園ミホは、実際に少女時代にやなせたかしと文通していたというエピソードがあり、中園の人生に大きな影響を与えた人物であることは一部で知られている。本作の脚本を担当した理由にはそういった縁もあるだろう。
史実ではあるものの、脚本家自身が作中に登場するというまさかの展開だ。希望が叶い、柳井家を訪問した佳保とその祖父は、思ったことをすぐ口にしてしまうタイプだ。
「家があんまりボロだから、固まってただけ」「サイダーないの?」
お茶菓子として出されたあんぱんもいらないといい、その理由は、「だって、お客さんが来たのに、ケーキとかじゃなくて、あんぱん出すんだよ。お金なくて大変なんだよ、きっと」というもの。
さらに「今まで詩は難しいものと思ってたけど、この程度なら私にも書けるかも、と思ってうれしくなった」と、ハガキに「感動した」と書いた少女と思えないほどの毒舌を連発。演ずるのがのぶの少女時代を演じた永瀬ゆずなであるというところも注目したいポイントだ。
『ステラnet』のインタビューに、佳保について中園ミホ本人は「さすがに、あそこまでは失礼ではなかったですよ(笑)」と言い、佳保のキャラクター、そして自分自身をモデルとした登場人物を出す理由についてこう語っていた(一部抜粋)。
「実在する方がモデルになったドラマを書く場合は、やっぱり悪い人には描けないですよね。そういう人物にして、ご家族の方が見たらどう感じられるかな、と気を遣うところがありますし」
「私はすごく癖の強いキャラクターを描くのが大好きなので、一度思いっきり生意気な子を書きたいなと思っていました。それで自分がモデルだったら構わないだろうと判断して、生意気さが振り切れた子にしてみたら、書いていてすごく楽しかったです」
生意気で失礼な子どもでも、脚本家本人なのだからいいだろうということである。たくさん仕事をしているのに〝オンボロの家〟に住み〝オンボロ笑顔〟を浮かべる。「テレビに出てる人は、御殿みたいなおうちに住んでると思ってた」たしかにここまで振り切れていれば、どこか清々しさすらおぼえるかもしれない。のぶの「たまるかー!」という高知弁に「たまるかーって何!?」「ここはたまるかハウス!」と笑顔でのたまう姿も印象的だ。
熱烈なファンレターを送ったもののこんな調子の佳保は、嵩にとって一番耳が痛い一言を投げかける。
「漫画も描いて。代表作描いて! そっか......ないのか」
これは痛い一言だ。しかし、そのいっぽうで、のぶ以外誰にも刺さらなかった、あの太ったあんぱんを配るおじさんの絵を、
「何か好きだったよ。カッコ悪いけど」
と素直な感想を告げた。そして、「やないたかし先生、めげずに描きなよ」と、上から目線ぽいエールを送った。
当たり前だが、中園ミホはこの『あんぱん』というドラマの創造主である。その内容は脚本家の匙加減である部分も大きいわけだが、自身の少女時代を投影したキャラクターにずけずけと本質を突かれたことが、この先の嵩の人生に大きな影響をおよぼしたであろうことは、あんぱんのおじさんの絵が評価されたことも含め、確かである。
その出会いが直接影響を与えたわけではないだろうが、後半ではその後オンボロ「たまるかハウス」をついに飛び出し、当時としては目新しかったマンションに転居、のぶの母、波多子(江口のりこ)も上京し同居することとなる。
史実をもとにしつつもオリジナル展開の要素がいつもよりも強く感じられた今週、もうひとつ注目したいのが蘭子(河合優実)と八木の微妙な距離感だ。
今のところふたりの関係性はさほど掘り下げられていないが、のぶと嵩、メイコ(原菜乃華)と健太郎(高橋文哉)という二組の夫婦の質感とは明らかに質感が違う。別のドラマの場面が唐突に挟み込まれたような雰囲気になるところが興味深いところだ。次週以降、二人の関係はどのように展開していくのか。その質感の違う描かれ方についても注目していきたい。
そして、新居で電話に出た波多子が勝手に安請け合いしてしまったのが「明日の朝までに」という、物書きであれば気が遠くなりそうな気がする発注の、ラジオドラマの脚本の仕事だった。過去に書いた『やさしいライオン』をもとにした脚本を仕上げ、二人の母への愛をのせた、感動的な作品に仕立て上げた。それをラジオで聞く登美子、そしてもう一人の母のような存在であった千代子(戸田菜穂)のそれぞれの表情も、セリフはひとつもないものの、見事な感情表現だった。
いよいよ9月に突入、最後の1カ月でそれぞれの人生がどう転がっていくのか。クライマックスに向けての期間を楽しんでいきたい。
文/田幸和歌子