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ワインを一から作りたくて、麻布十番から秋田に移住した46歳の挑戦【秋田県潟上市】

ローカリティ!

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華やかな飲食店がひしめく東京のど真ん中から、「ワインを一から作りたくて」秋田県潟上市に去年移住した一人のソムリエがいる。安東陽一さん(46)。ワインと言えば山梨や長野など有名な産地が数あれど、なぜ、「米どころ秋田」を選んだのか!?秋田県民でありながら、どうしても「秋田=ワイン」が結び付かない筆者。秋田への移住のどこにそんなお洒落な理由がある!? 話を聞きたくなって、潟上市にある「むつみワイナリー」を訪ねた。

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東京でソムリエを20年。でも考えると「ワインの作り方」を知らなかった

安東さんは茨城県出身。25年前に飲食の世界に飛び込み、その後5年でワインソムリエの資格を取得。以降、東京都の銀座や麻布十番で、創作料理店やジンギスカンの店など、飲食店で修行しながらソムリエとして活躍してきた。しかしある時、「茨城と東京しか知らない人生」にふと疑問を持つようになる。「母親が亡くなったこともきっかけの一つではあったんですが、東京にずっといる必要があるのかな、このままここにいて、自分が成長できるのかなって思ったんですよね。それに、考えてみるとワインの作り方そのものを知らなかった。お客さんに色々ワインの説明をしながら、自分の中でどこか嘘っぽい感じが20パーセントくらいあって。だから、どうせならとことん突き詰めてみよう、ワインを一から作るところからやってみようと思って、東京を離れることにしました」と安東さん。

だだっ広い場所と、空の美しさへのあこがれ。「秋田しかない」

「海があって、山があって、空のきれいなところで、ブドウの苗植えからワインを作りたい」。それが、安東さんが移住先を決めるにあたっての最低基準だった。しかし、それなら他に有名な産地がいくらでもあるのではないか。田舎を盛り上げたいという希望もあったというが、昨日まで麻布十番の店にいた人が、秋田県というのは極端すぎやしないか!?素朴な疑問をぶつけてみた。

「実は『秋田』って全く考えてなかったんですよ。都内の移住相談センターに行って、ついでに、最後に秋田のブースに立ち寄ったみたいな(笑)。でも、そういえば日本海側って旅行でも行ったことがないし、たまたま秋田県の他の市で、ワインを作っている人がいるって聞いたので、最初はその市に移住する予定で、何度も現地に足を運びました。でも、いろいろ紆余曲折があってそこには結果的に行けないことになった。だけどもうそうなると、『秋田』が頭から離れなくなってて、条件を変えずに他の市で探してもらったんです。そして県の農業公社の方が見つけてくれたのが、今の会社、むつみ造園土木株式会社でした」。

むつみ造園土木株式会社が自社の敷地内に作ったブドウ畑。およそ2ヘクタールの敷地でマスカットベイリー、メルロー他、10種類の品種を育てている。

第一候補地が頓挫して出会った、海風が吹き抜ける町、潟上市。

秋田県潟上市に本拠地を構える「むつみ造園土木株式会社」は、1969年の創業以来、造園工事、メンテナンス、公園整備等々、多岐に渡る業務を行う秋田県の企業で、地域貢献活動等も積極的に行っている。もともと潟上市はブドウやナシなどの果樹づくりが盛んなこともあり、「ものづくり」を軸に置いた地域貢献活動の一つとして、潟上市のブドウを用いた「むつみワイナリー」を3年前から始めたという。自社の広い敷地内の畑にブドウの苗を植えはじめ、今年で6年になる。海からの風が清々しく吹きわたり、一日の終わりには日本海に沈む夕日が町全体を包みこむ。そして、手入れの行き届いた緑あふれる場所に息づく、“生まれたて”のワイナリー。安東さんが昔からあこがれ続けた、“だだっ広くて空のきれいな場所”で、一からワインづくりがしたいという希望を叶える場所だった。

日本海の波をイメージした壁面が目を引く、ワイン醸造所。

日々、勉強とイレギュラーの繰り返し。でも、苦労と喜びはイコールだと思っている。

願いが叶って順風満帆と思いきや、飲食店スタッフから会社勤めのサラリーマンへの転向は、思った以上に苦労があった。酒税関連の手続きや経理の流れなど、事務的な部分は全く初めて。そのうえ、ワイナリーで教えてくれるはずのベテランが病気のため急逝し、入社2か月で責任者を任されるなど、想像しえなかった苦難も訪れる。「でもね、大変でしたけど、『苦労と喜びはイコール』だと思っているんですよ。喜びに変わる瞬間が必ずくる、負けない、やってやるぞって気になってしまうんですよね」と安東さん。運命に試されるのを半ば楽しみながら、未知の世界を必死で泳いだらしい。

口角が上がる人生。「これが欲しかった」。

「だって、ここに来てから、自分の顔が変わっていくのが分かるんです。口角が上がって、生きている実感を得ました。あぁ、これが欲しかったんだ、って。それに会社の敷地が広いので、とにかく動き回らなきゃいけない。畑から醸造所、その周りに緑があって、虫もいる(笑)。飲食店の小さな世界とは全然違います。来た当初は毎日、畑に座っておにぎりを食べてました。そんなこと都心じゃ絶対にできない(笑)」。

我が子の成長を見守る父親のような横顔。この畑からおよそ5000本のワインができる予定だという。

“野に咲く花”から世界へ。県民が世界に自慢できる、そんなワインに育てたい。

「潟上市に来たことは、これまでの人生の中で唯一、間違っていなかった選択」とまで言い切る安東さん。発進したばかりの「潟上ワイン」だが、これからどんなふうに育てていきたいか、意気込みを語ってもらった。

「まだまだ、『野に咲く花』くらいの無名のワインです。だから、「のはらワイン」と名付けました。でも、秋田にはもっと胸を張ってもいいものがたくさんあります。日本のワインは今、世界に劣らないほどおいしくなったと感じますが、いつか秋田県民が、世界に胸を張って自慢できるような、ワインに育てたいです」。

10種類のワインのラベルの写真は全て、社内の敷地に咲く花々。潟上の風景や夕日のラベルもいつか作りたいと、夢が膨らんでいく。

「彼がやるから、価値がある」

「ブドウという果樹には、その土地の気候や土や、いろいろな要素が凝縮されているんです。そのブドウを、さらに凝縮して作るのがワイン。だから、この潟上の気候を気に入ってくれた彼が作るワインには、とても価値があると感じます」。むつみ造園土木株式会社で専務取締役を務める佐々木竜太さん(47)が語るこの言葉は、地方へ移住してものづくりがしたい人たちへの、大きなヒントになる気がした。

種のない品種、「BKシードレス」。育てるうちにブドウの粒の色が変わっていくという。

人の口に入る、「上質なものづくり」の継続には、予定調和がない。天候や害獣といった自然環境、そして人手不足という地方ならではの課題もある。しかし、大都会の真ん中で、感じたこと、得てきたことのすべてを潟上発のワインに注ぎ込み、秋田県の環境の豊かさと相まって、安東さんの挑戦もまた芳醇に醸成されるのだろう。

「口角の上がる人生」を歩みたいと、潟上を吹き抜ける風を感じながら、筆者も切に思った。

田川珠美

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