現役女子サッカー選手が社会課題に向き合い地域をつなぐ|『ゼロイチプロジェクト』の全貌とは?
この連載では、WEリーグのノジマステラ神奈川相模原に所属する常田菜那選手が、現役アスリートができる社会貢献活動を考え、インタビューしていきます。
現役アスリートとして、競技に専念することは当たり前。その中で「競技を通してもっと地域や社会に貢献したい」「自分にできる取り組みをしたい」という思いが強くある常田選手。アスリートが現役中に社会の課題と向き合うこと、地域貢献活動をすること、そうした意義のあることを現役アスリート目線で発信していきます。
女性アスリートに特化した社会的課題に目を向け、アスリート自身が抱える悩みや、女性アスリートならではの課題に目を向けて、課題解決につながるヒントを見つけるこの連載。
今回のテーマは「現役女子サッカー選手が社会課題に向き合い地域をつなぐ〜ゼロイチプロジェクト〜」。現役女子サッカー選手が立ち上げたプロジェクトを取り上げ、社会課題や地域との向き合い方、選手自身の想いや今後のキャリアについて迫ります。
フードロス削減、SDGs、地域活性化、女性のエンパワーメントをテーマとして立ち上げられた『ゼロイチプロジェクト』。このプロジェクトを立ち上げた現役女子サッカー選手下條彩さん(九州女子サッカーリーグ1部・FC琉球さくら所属 以下、下條)と高橋杏奈さん(なでしこリーグ2部・バニーズ群馬ホワイトスター所属 以下、高橋)を取材しました。
「もったいない」を形に|0から1を生み出すための行動
常田)私の元チームメイトである2人が立ち上げた『ゼロイチプロジェクト』。立ち上げ当初から、すごくいい活動だなと思っていました。早速ですが、この『ゼロイチプロジェクト』を立ち上げたきっかけから教えていただけますか?
下條)私自身「現役選手のうちに、競技以外で何かやりたいな」とずっと思っていました。前所属チームである伊賀FCくノ一三重(なでしこリーグ1部)に所属当時、地域の梨農園で働きながらサッカー選手をしていたのですが、そこで働いている中で、どうしても梨の廃棄品やB品が出てきてしまいます。「すごく美味しいのにもったいない、これを形にしたい」とビビッと来るものを感じたのが、このプロジェクトを始めた最初のきっかけです。
「廃棄になるもったいない梨を使って商品化してもいいか」と梨農園の方々に話したところ、とてもプラスに捉えてくれてすごく喜んでくれました。
常田)高橋さんは、下條さんが誘って一緒にプロジェクトを始められたと聞きました。
下條)「梨を活かしてなにかをしたい」と考えたときに、食の資格を取得するなど“食”へのこだわりがある高橋に声をかけたところ、すごく前向きに話に乗ってくれたので二人で活動を始めました。
ゼロイチプロジェクトを立ち上げた高橋杏奈さん(写真 下段左)、下條彩さん(同 下段右)
常田)実際に商品化するときに、まずどのようなことから始めたのでしょうか?
下條)まずは“梨ジャム”として商品化することを決め、試作を繰り返すと同時に、販売にあたっての自治体への申請関連などを同時並行で進めました。
高橋)梨のジャムはあまり馴染みがなく、私自身実際に食べたこともなかったので、とりあえず作ってみるというところからのスタートでした。意外とりんごジャムに似たようなできになり、「本当に形にできる!」という実感を得ながら進んでいきました。
常田)思いのほかスムーズに進められたんですね。逆に商品化するまでに苦労したことや大変だったことはありますか。
下條)梨の皮むきです(笑)。廃棄品やB品の梨は本当にたくさんあり、1つ1つの皮をむく作業は時間がかかりましたし、大変でした。高橋が中心となってやってくれた市役所への申請も大変だったと思いますが、楽しみながら進めることができました。
『芋ジャム』は、伊賀FCくノ一と接点があった農園に直接出向き、協力を依頼したそう。収穫も一緒に行うなど、“地域とのつながり”を作りながら生まれた商品です。
直接関わる大切さ「最初の一歩」から得られた大切なこと
常田)この活動を通して学べたことや、得られたことはどのようなものですか?
下條)この活動を通して、地域の方と関われば関わるほど選手として応援してくれる人が増えるということを実感できました。実際にジャムを買ってくれた人が「おいしかったよ」「応援しているよ」と直接言ってくれるのも嬉しくて、やっててよかったと思うと同時に「この活動をもっと広げていきたいな」と思いました。
「行動したら形になる」ということも学べました。最初は自分たちが食べ物を売ることなんて想像もしていなかったけれど、さまざまな人と協力することで商品化できましたし、「何事もやってみるもんだな」と思えましたね。
常田)誰かと一緒に取り組むことで、難しく感じていたことも意外とできたりするものなんですね。
下條)加えて、“サッカー以外のことに夢中になる楽しさ”を感じられました。二人でジャムを作りながら、今後のビジョンを語ったりする時間がとても大切なものでした。
高橋)私も今までサッカーだけに打ち込んできた中で、競技以外にも“食”に興味を持って活動していたものの「それを活かして何かやれたらいいな」とぼんやり想像していただけでした。それがこの『ゼロイチプロジェクト』を始めて、今まで自分の型にハマっていた固定概念から一歩踏み出して挑戦してみると、すべてが形になっていくことを実感しました。「最初の一歩を踏み出して挑戦する」という大切さはこの活動を通して学べたことだと思っています。
あと、私はこの活動を通して“愛”をさまざまな場面で感じています。この活動を始める上で、協力してくれた地元の農家さんの“愛”、その農家さんが“愛”を持って多くの時間と苦労をかけて育てた梨や芋、それを私たちが“愛”をもって製造・販売することでみんなのもとに届けられる。それぞれの愛がないと成り立たないことも実感しつつ、「1つの食べ物に対するありがたみ」や「当たり前の大切さ」を学べたと思っています。
常田)サッカー以外の「何か」を形にできて、その時間がまた大きな学びに繋がっていますね。商品を販売して、選手やたくさんの人のもとに届いたと思いますが、ジャムの感想や、活動に対しての反響はどうでしたか。
下條)作る個数が限られてはいましたが、選手をはじめ、多くの方のもとにお届けすることができました。口にしてくれた人みんなが「すごくおいしい」と言ってくれましたし、素材のおいしさを活かした“無添加”なものであることにもすごく喜んでいただけました。
高橋)地域のシティーマラソンイベントで販売をさせてもらったときには、たくさんの方に直接感想を言ってもらえたり、多くの声をかけてもらうなど、反響を肌で感じることができました。初めは売れるかどうか不安もありましたが、終わってみたらしっかり完売していました。
「ゼロイチプロジェクト」を全国に|夢がないと始まらない
常田)今後、『ゼロイチプロジェクト』で新たに取り組みたいことはありますか?
下條)初めは私と高橋の2人だったこのプロジェクトに、最近新たに2人の仲間が加わりました。人数が増えると作れる量も増やせるので、今後はもっと人数を増やして規模を大きくしたいと思っています。
さらに、今年の目標として、各地方のアスリートを増やし、各地域の農家さんと繋がって、いろいろなものを作ってオンラインで販売をすることを考えています。全国各地でアスリートと農家さんとの繋がりを増やしていけたらいいですね。
常田)なるほど。各地でアスリートと農家さんが繋がることでこの活動の規模も大きくできそうですね。
下條)規模を大きくし、各地に広がっていったら起業しようなど、夢だけは持っています(笑)。でも夢がないと始まらないですからね。
高橋)『ゼロイチプロジェクト』が全国に広がったら、各地の食材を集めたカフェや食堂もやってみたいと思っています。『ゼロイチ食堂』は、いつか形にしたい夢の一つです。
常田)とても良いですね。アスリートと農家さんが繋がり、各地の食材が食べられる夢のようなカフェに私もいつか行ってみたいです。
現役中に競技以外の活動をする意義|二人が考える「セカンドキャリア」とは
常田)現在セカンドキャリアに悩む選手も多く、女子サッカーの課題の一つだとも感じています。現役でありながら地域や社会と接点を持って活動されているお二人は、現役中に競技以外の活動をすることや、セカンドキャリアのことはどうお考えですか?
下條)私がセカンドキャリアのことを考え出したのは「競技寿命がこの先長くないな」と思った20代後半からでした。サッカーに集中しながらも、その先のことを考えるのは早ければ早い方がいいと思いますね。
競技はもちろん、競技外の活動に力を入れることも大事だと思います。女子サッカーの集客を増やすためにも、まずは会場に足を運んでもらうことが大切なので「こういう活動しています」という女子アスリートが増えたら、それをきっかけに「じゃあ会場に見にいこうかな」という人も増えていくのではないかなと思います。
常田)同じ女子サッカー選手として「ゼロイチプロジェクト」のような活動からとても刺激を受けました。地域の人との関わりや、地域に対して積極的に活動することってアスリートとしてとても大切なことだと思います。私は“プロ”という環境に身を置いて、競技以外の時間をどのようにマネジメントするのか深く考えるようになりましたね。
下條)現役中に競技以外の活動を積極的に行ったり、地域との繋がりを持っている女子サッカー選手はJリーガーに比べるとそこまで多くない印象ですよね。
常田)クラブとしての活動はあるものの、個人的にプロジェクトを立ち上げたり、積極的に活動を行っている人は少ない印象ですね。競技以外のそういった活動が女子サッカーの発展や魅力に繋がると思うので、2人の活動からとても刺激を受けますね。
下條)女子サッカーファンを増やすためにも、カテゴリー問わず一人ひとりのそういった競技以外の活動なども頑張って行けたらいいですね。
高橋)私がゼロイチプロジェクトに声をかけてもらったときは、膝を怪我していてプレーができていない時期でした。この活動をやってみていろいろな人と関わり、たくさんの知識を得て、サッカーという環境だけに身を置いたときの自分から、考え方の幅がとても広がりました。なので、競技以外の活動から得られることも競技に活かせると感じています。あの時期に声をかけていただいたことはとてもありがたかったなと思っています。
常田)ご自身のキャリアについてはどうお考えですか。
下條)私は現在選手をやりながら指導者もやらせてもらっているので、セカンドキャリアも少し進んでいる状態です。
私はいろいろなことに興味があるタイプなので「1つの会社に勤めたい」というよりは、さまざまなことに取り組みながら最終的に自分のやりたいことが1つに絞れたらいいなと考えています。ですので、まさに今、選手をしながら指導者もできる環境があって、『ゼロイチプロジェクト』もできているのは、理想の形に近いのかもしれません。
常田)セカンドキャリアの第一歩目という感じですね。高橋さんはどうですか。
高橋)私は本当にサッカーと食が大好きなので、この2つとは死ぬまで関わっていたいと思っています。現役の先には育成年代の指導者になりたいという目標があります。現在のチームがセカンドキャリアの活動にも背中を押してくれるクラブなので、今年の4月からユースのチームにコーチとして登録させてもらって、選手と並行しながら指導者としても学んでいます。もちろんまだまだ現役選手としてもっと成長したいと思っています。
“食”に関しては、私の持っている食の資格を活かして食の知識や栄養管理のことをオンラインで講座などを開くことも考えています。そういうのも今から自分の中で少しずつステップアップとして行っていけたらと思っています。
常田)いいですね!ぜひ、実現してほしいです。2人の考えからとても良い刺激をいただきました。本日はありがとうございました。
写真提供:ゼロイチプロジェクト