跳ね馬を愛でる日、第2章 映画「FERRARI」と「Ferrari Racing Days 2024」
コロナ禍で世界的に好調だったことは、次から次へと新型車が投入されたことで裏付けられるであろう。その好調を維持すべく様々なイベント、プロモーションが実施されている。その中でも今年の目玉と位置付けられる鈴鹿サーキットで6月に開催された「Ferrari Racing Days 2024」を、フォーミュラE・FIA公認フォトグラファーでもあるJ.ハイドが昨年に続き、取材した。
「Ferrari Racing Days」と言っても実際に取材するまでは、サーキット走行会に特別仕様車による小レースが実施されるぐらいだろうと想定していた。しかし、実際にこの目で見ると、年間で10戦開催される「フェラーリ・チャレンジ・ジャパン」の本格的なレース内容とシビアさに、前回の取材では度肝を抜かれた。
ただ昨年の富士スピードウェイでのレースは、1日目が非常な悪天候となり、実質開催は日曜日だけだったため、取材としても消化不良は否めなかった。
しかし今回はF1の撮影をたびたび経験した鈴鹿サーキットでの開催という事もあり、途中、雨にも見舞われながらも2日間の取材を敢行できたのである。
このイベントの特徴の一つとしては本国から多数のスタッフが参加する事にあり、今年は昨年以上のイタリア人をパドックで見かけたように感じた。歴史的なF1カーを走らせるスタッフほぼ全員がイタリアからであることはもとより、ホスピタリティブースにも数多くの海外スタッフがいるようだった。
またメインレースを支えるピレリ社のサポート体制にも驚かされる。1日間で25台以上のマシンが走る練習走行、予選、決勝にタイヤを供給している。加えてレインコンデイションにも対応しなければならないから、1000本近いタイヤをイベントごとに供給している計算になる。
シーズン全体では5000本近いサーキット走行用のタイヤとスタッフの派遣を行っている計算になり、ワンメイクとしては破格の待遇であると思われる。加えてフェラーリ・レーシングモデル用のタイヤサイズであるから、極めて高額であることも容易に想像できる。
同クラスのレースとも言えるスーパーGTはブリヂストン、ダンロップ、ヨコハマに加えて一部のクラスでミシュランがタイヤを供給している。そう考えると、ピレリ社にとってはF1を除けばこのイベントが日本国内の4輪モータースポーツのメインイベントの一つでもあり、自ずと力が入るというわけだ。
新型車、そしてヴィンテージフェラーリの共演
2022年から今年にかけて、特別仕様車も含むと、フェラーリがリリースした公道走行可能な新型車は8車に上る。「Ferrari Racing Days」では、その新型車のほとんど全てが、サーキットパレードで実走行を行う。
最新モデルの「12チリンドリ」こそ間に合わなかったが、歴史的なF1マシンを筆頭に、SUV的として話題になった「プロサングリエ」もエンジン音を轟かせる。
またパドックから奥の広大な駐車スペースに、個人オーナーが乗って来た比較的新しい世代のフェラーリが200台以上も連なるのも壮観だ。
そしてそれとは別に仕切られたスペースに、「F40」や「エンツォ」などの歴史的な名車たちが並ぶ展示会が開催される。今年の目玉としては1953年式のジアラ(黄色)の「250ヨーロッパ」、そして1984年式の赤の「GTO」がメインブースの両サイドに鎮座していた。
さらにこのヴィンテージフェラーリの展示スペースからパドックに戻る間に、ここ数年に発売となった新型モデルと、レースを彩った歴史的な車の展示コーナーがある。
加えて今回は、「テーラーメイド」としてフェラーリのオーダーシステムのプレゼンテーションブースが並んだ。ボデイカラー、インテリアカラーはもちろん、革の質感までこだわった注文システムが実車の例とともに紹介されているのだ。
参加したイベントの充実ぶりを見て、新しいフェラーリのオーナーになる事を検討する者たちにとって、これはたまらない仕掛けなのではないだろうか?
エンツォの意思を、今に継ぐ者たち
7月に全国公開された映画「FERRARI」はフェラーリファンなら必見であろう。世界的に大ヒットした「フォードVSフェラーリ」の制作者でもあるマイケル・マンが監督した作品だ。
戦後から1950年代にエンツォ・フェラーリがその地位を確固たるものとしたと言われるミッレ・ミリアのラストイヤーの勝利。それと並行して病気で亡くした息子のディーノと複雑な生い立ちでありながらもフェラーリの副社長を長年つとめたピエロ・フェラーリの背景を軸として、濃厚な2時間の作品にまとめあげている。
この映画の中で、当時スポーツカーブランドとして勢いがでてきたジャガーに対して、エンツォが、「ジャガーは売るためにレースをするが、我々はレースをするために売る」と語るくだりがある。
自動車メーカー含め民間企業の使命が、「中核事業の健全なる維持、拡大」だとすれば、この観点は全く的はずれだと言わざるを得ない。高額なクルマを販売する会社の経営者として、ある種の「狂気」を孕んでいたとも言えるだろう。
その「狂気」のせいなのか、半世紀以上に亘り業績がどんなに悪化してもF1に参戦し続けたフェラーリ。その物語にはクルマ好きでないものすら惹きつける魔力があり、まさしくその魔力の源泉を目撃する、そんな作品が映画「FERRARI」なのだ。
コロナ禍を経ても「魔力」は健在で、2023年の世界での売上高は前年対比17%増、過去最高の純利益だという。好調な業績を背景にして、F1ドライバーを招聘するなど高額な予算をかけた顧客向けイベントを日本でも行っており、加えて店舗の拡充もこれまでになく積極的だ。
そしてその好調を支えているのが、今回取り上げた「Ferrari Racing Days」に参加するオーナー達であり、その極みが「フェラーリ・チャレンジ・ジャパン」にレーサーとして参加し、競う者たちだといえよう
前者は、普段、公道では鞭を入れることができない跳ね馬たちを、サーキットで思う存分走らせようという良い意味でのエンスージアスト。そして、後者はすでに社会的な成功を収めながらも、時に命を危険に晒す可能性のあるモータースポーツに挑戦するのだ。
まさに「走るため」に何かを成し遂げて来た者たちだといえよう。
冷静な視点として、希少な工業製品のトップブランドの一部は時計にせよカメラにせよ、大切に保管すれば価格がむしろ上昇するのだと、したり顔で言う者達がいる。フェラーリという美しい工業製品もまさしく投機的ターゲットになり得ることは、疑う余地はない。
しかし、この「Ferrari Racing Days」に集う者達はそんな事には目もくれず、走るために生まれた跳ね馬達を、思う存分走らせようと言う想いに満ちている。
それはまさしく、映画「FERRARI」のエンツォの狂気と意思を、現代に引き継ぐ末裔たちなのではないだろうか。
「Ferrari Racing Days 2024」を取材した2日間、鈴鹿を駆け抜ける跳ね馬達の咆哮は、1957年の最後のミッレ・ミリアにタイムスリップしたように、心地よく思われたのである。
J.ハイド
写真家、ライター、ドローンパイロット。広告会社で大手企業の担当をする傍ら、ドローンなど最新の撮影技術を学ぶ。
現在は、フリーランスとしてFORMULA EでFIA公認フォトグラファーとして撮影を重ねる一方、
イタリアPHOTO VOGUE、スウェーデン1x.com に認定され、ポートレート作品が掲載されている。
新車の発表があるとディーラーで試乗も楽しむ一般目線の車好き。ランチア、アウディ、BMW、ボルボなど9台を乗り継ぎ、
2022年初代レクサスNX 200tに乗り換える。ニコンとライカのミラーレス機を駆使してココロが動く写真を追求している。