小伝馬町『そば処 おか田』。店舗移転に入院、数々のピンチにも貫き続けた立ち食いそばへの深い愛とこだわり
2021年に小伝馬町の現在の場所で営業を始めた『そば処 おか田』。現在でこそすっかり街になじみ、常連客でにぎわう人気店だが、ここに至るまではさまざまな紆余曲折があった。
おすすめは野菜の天ぷら
取材当日、午後2時に小伝馬の『そば処 おか田』にうかがった。ランチタイムを過ぎたこの時間なら話を聞きやすいと思ったのだが、店についてみると席はほぼ満席。落ち着くまで少し外で待つことに。
予想以上の人気ぶり。小伝馬町は意外と飲食店が少ないから。店内が小ぎれいで入りやすいから……人気の理由はいろいろあるのだろうが、なにより、そばが旨いことに尽きるだろう。
そばは細めでツルッと喉越しの良いタイプ。ツユは少し甘めで、ふくよかな旨味をたたえている。タネはかき揚げや春菊天など定番が揃っているが、『おか田』で試したいのが、季節の野菜天だ。取材日に出していたタラの芽天はカラッと揚がり、ほのかな苦味がツユの柔らかい旨味によく合う。上品でありつつ、しっかりうまい。人気になるのも納得なのだ。
その『おか田』も、現在に至るまでにさまざまな紆余曲折があった。何度も苦難を乗り越えての現在なのである。
相次いだ閉店に病気
そもそもかつて『おか田』は文京区の春日にあった。オープンは2008年。生麺使用の手堅いおいしさで人気だったが、周辺地域の再開発もあって、8年目に店を閉めざるをえなくなる。それでもまたそば屋をやりたいと物件を探し回り、ようやく見つけたのが小伝馬町。現在の店から少し離れた場所で、2015年に再オープンをはたした。
チェーンの『小諸そば』が近かったこともあり、オープン当初こそ苦戦したが、徐々にそばのおいしさが伝わって人気店に。しかし、そこも営業を始めて5年で出ていくことになってしまう。実はこの物件は期限付きの定期借家で、オーナーの意向で再契約がかなわなかったのだ。
再び物件探しの日々が始まった。常連客がいたこともあり、なるべく近場でと探し続けたところ、現在の店舗が見つかり、2021年にめでたく再々オープンとなった。しかし、ホッとするのもつかの間、さらなる苦難が店を襲う。
オープンから1年後の5月、店主の岡田一利さんが脳梗塞の症状で入院してしまったのだ。治療はうまくいったもののリハビリに時間がかかって、4カ月ほど店を休むことに。商売を考えるとかなりのダメージだが、当時はコロナ禍。国が飲食店に対して行っていた融資を利用することで家賃負担などをなんとか乗り切り、22年の秋に復活することができた。そこから現在までは順調に店を営んでいる。
「立ち食いそばの距離感が好き」
正直な感想を言うと、「しぶとい!」のひと言。二度の移転に入院、これだけ苦難に見舞われながら、そのたびに復活するとは、よほどの気持ちがなければできないことだ。
そのことについて聞くと、岡田さんは「そば屋をやりたかったんですよ。サラリーマンになって人に使われるなら、自分で好きなものをやったほうがいいんで」という答えが返ってきた。
実は岡田さんは、若い頃から立ち食いそばが好きで、いったんガラス職人になったものの、そこをやめて『おか田』を始めている。そのときには妻の久美子さんの「自分の好きなことをしたほうがいい」という後押しがあったという。
「やっぱり、立ち食いそばはお客様との距離が近いから。食べて喜んでくれている表情がわかるっていうのが、最高なんですよね」と、立ち食いそばの魅力を語る岡田さん。
『おか田』も、厨房はオープンで距離が近い。客からそばを作っている姿は見えるし、作っている側からも食べている様子がはっきりわかる。客席は椅子のみではあるものの、岡田さんの言う立ち食いそばの良さをしっかり備えているのだ。
実は取材した日、岡田さんにとってものすごくうれしいことがあった。タラの芽天そばを食べた若い男性客が丼を下げるとき、「これうますぎるよ、びっくりした!」と大声かつ満面の笑みで感想を言ってきたという。驚いた岡田さんは「そうですか、ありがとうございます」としか返せなかったそうだが、これが立ち食いそばの良さなのだ。そしてこれがあるからこそ、『おか田』は数多くの苦難を乗り越えてきたのだろう。
『おか田』では最近、出汁の取り方を少し変え、冷やしたぬきそばなど、ぶっかけ汁の味がすごく良くなったという。取材のときは試せなかったのだけれど、自分も今度、冷やしたぬきを食べたら「びっくりした!」と大きな声で伝えようと決めた。
そば処 おか田
住所:東京都中央区日本橋小伝馬町13-6/営業時間:7:00~9:00・11:30~14:30/アクセス:地下鉄日比谷線小伝馬町駅から徒歩1分
取材・撮影・文=本橋隆司
本橋隆司
大衆食ライター
1971年東京生まれ。大学卒業後、出版社勤務を経て2008年にフリーへ。ニュースサイトの編集をしながら、主に立ち食いそば、町パンなど、戦後大衆食の研究、執筆を続けている。