願いを結び、思いを繋ぐ ― 中之島香雪美術館《法華経絵巻と千年の祈り》(読者レポート)
公益財団法人香雪美術館開館45周年を記念して、2018年3月にオープンした中之島香美術館。日本の刀剣、武具、仏教美術、書跡、中近世絵画、茶道具といった広いジャンルの所蔵品には、重要文化財19点、重要美術品33点が含まれる。
それは、貴重な文化財が海外に次々と流出してゆく状況に危機感を抱いた村山龍平(1850-1933)の「思いのかたち」でもある。そんなコレクションに含まれる重要文化財「法華経絵巻」の修理が完成したことを記念して、館内外の国宝4件、重要文化財11件を含む展覧会が開催されている(前期、後期で作品の入れ替え有り)。
美術品の収集だけではなくて、次世代へ伝えてゆくための修理も行っていたという村山の精神は、「SDGs」を声高に叫びながら昨日と明日のあいだでせわしなく生きる現代の私たちに何を語りかけるのだろう。
展覧会会場(中之島香雪美術館)外観
例え話を交えながら釈迦如来の教えをつづった妙法蓮華経(略して法華経)は、日本でもっとも信仰される経典の一つ。とはいうものの、その代表的な場面が描かれた掛軸を見ても、さっぱり分からない。そんな人もご心配なく。
各場面を説明したパネルが、しっかりガイドしてくれる(本企画を担当した郷司泰仁学芸員によるギャラリートークも有り)。逐条的に絵画化した展示作品(後期)と比べてみると、物語るモノの違いに気が付くことができるかも。
法華経曼荼羅(七幅のうち)「第六幅」「第七幅」 鎌倉時代(13世紀) 奈良国立博物館 [前期]
経巻の見返し(表紙裏)にも施される法華経絵。経典を書写することだけではなく、その内容を色鮮やかに描いたり、金銀で飾ったり、水晶を軸に付したりすることもまた「善い行い(作善)」とされていたのだとか。
国宝 三十四巻のうち「序品」 鎌倉時代(13世紀)、奈良 長谷寺 [前期]
後代に制作された付属の経箱からは、経典を大切に受け継ごうとした人々の思いが伝わってくる。
国宝 丸文散蒔絵経箱 室町時代(15~16世紀) 奈良 長谷寺 [前期]
会場には、「平家納経」の模本も。長寛2年(1164年)、繁栄を願って平家一門によって書写され、広島の厳島神社に奉納された豪華な装飾経が、模写の第一人者である田中親美(1875-1975)によって完全複製され、実業家コレクターとして知られる益田孝(鈍翁、1848-1938)の手に渡った、そんな来歴を辿れば、時空を超えた祈りの系譜が見えてくる。
平家納経模本(益田本三十三巻のうち「神力品」「陀羅尼品」 大正~昭和時代 東京国立博物館 [前期]
経文が経絵にカムフラージュすることも?遠くから眺めれば、藍色に染められた紙に煌めく宝塔。近づけば、そこには小さな文字で書写された経文が。周囲に法華経の内容が描かれることで、「写経」「造塔」「解説」という三つの功徳をなしたという。
重要文化財 法華経宝塔曼荼羅 八幅のうち巻第六 鎌倉時代(13世紀) 京都 立本寺 [前期];堺市指定文化財 法華経宝塔曼荼羅 巻第七 鎌倉時代(13世紀)、大阪 妙法寺 [前期]
いっぽう、法華経の内容が最も詳細に絵画化されたのが「法華経絵巻」。香雪本には「法華経のある所にはいかなる場所でも塔を建て、供養すべき」と説く場面が描かれる。3年に及ぶその修復過程では科学調査も実施され、色彩の素材や後補の可能性などが明らかになっている(詳細はパネルで展示)。そんな香雪本、実は制作当時の法華経絵巻のごく一部。
重要文化財 法華経絵巻、鎌倉時代(13世紀) 香雪美術館
現在、荏原 畠山美術館と京都国立博物館に所蔵されている他の断簡と併せてみると、当初の姿が少しずつ浮かび上がってくる。
重要文化財 法華経絵巻、鎌倉時代(13世紀)荏原 畠山美術館(パネル) 京都国立博物館(後期展示)
「法華経絵巻」が制作されるようになった鎌倉時代は、奈良時代に継ぐ第二の中国文化ブーム期として知られる。中国、朝鮮半島、そして日本で制作された作例に、連続性と断続性を探ってみては?
第4章「法華経絵巻」、第5章「法華経絵巻の絵のルーツ」展示室風景
生きとし生けるものが救われることを説く法華経に託された願いや思い。それは書写し、筒に納めて地中に埋めた「埋経」というかたちでも残されている。
経筒 嘉承3年(1108年) 香雪美術館
会場には他にも、失われた部分が後代に補完された作例や、村山龍平の旧蔵品、さらに当初は一具を成しながらも異なるコレクションに分蔵されているものが併せて展示されていたり。さまざまな経緯で、長い時を超えて受け継がれてきたモノの語りに、耳を澄ませてみたい。
[ 取材・撮影・文:田邉めぐみ / 2024年10月9日 ]