【ミリオンヒッツ1995】中島みゆき「旅人のうた」社会からこぼれ落ちた弱き者たちへの賛美
リレー連載【ミリオンヒッツ1995】vol.8
旅人のうた / 中島みゆき
▶ 発売:1995年5月19日
▶ 売上枚数:103.5万枚
「家なき子2」の主題歌「旅人のうた」
1970年代から2000年代まで、4つのディケイドでオリコンのシングルチャート1位を獲得した中島みゆき。特に1990年代は 「空と君とのあいだに」と「旅人のうた」の2曲が1位を獲得し、「浅い眠り」を加えた3曲がミリオンヒットを記録した。
1990年代以降のシングルはテレビドラマとのタイアップが続くが、特に、日本テレビ系ドラマ『家なき子』の主題歌になった「空と君のあいだに」は、社会現象にもなったドラマと共に約146万枚の大ヒットを記録する。
そして、この3曲のなかでドラマの主人公の心情に最も肉薄しているのが、『家なき子2』の主題歌だった「旅人のうた」である。前作の主題歌「空と君のあいだに」では犬の視点から主人公の境遇を歌っているのに対し、「旅人のうた」では、帰る家がない主人公の心に切り込んでいるからだ。
—— ということで、今回の【ミリオンヒッツ】では「旅人のうた」の歌詞を紐解いて曲の魅力を探りつつ、中島みゆきの曲に通底するモチーフ(題材)についても触れてみたい。
帰る家がない “さすらい人” へのエール
この「旅人のうた」のテーマは、家を持たずに転々とする “さすらい人” へのエールである。そのことが、1番の歌詞の初めから示される。
男には男のふるさとがあるという
女には女のふるさとがあるという
なにも持たないのは さすらう者ばかり
どこへ帰るのかもわからない者ばかり
生まれ育った “ふるさと” や帰る家は、普通は誰もが持っていると世間では認識されている。しかし、帰る家がない人もいる。そうした少数の社会的弱者に向け、中島みゆきはこの「旅人のうた」で最大限の激励を送っているのだ。そのことが、強いメッセージとなってサビで歌われる。
あの日々は消えてもまだ夢は消えない
君よ歌ってくれ 僕に歌ってくれ
忘れない忘れないものも ここにあるよと
あの愛は消えてもまだ夢は消えない
“あの日々” とは家や過去の比喩、“あの愛” とは他者とのつながりや絆の比喩に思える。たとえ帰る場所を失っても、たとえ誰からも相手にされなくても、自分の夢は決して消せない。そして、そんな自分を忘れずに見ていてくれる人も、必ずいる——。
これは、「空と君のあいだに」や、そのカップリングに収録された「ファイト!」で歌われた、いくら頑張っても報われない者へのエールとも共通する。“夢さえあれば人はどんな境遇でも生きていける” というメッセージを、彼女は曲を変えながら発しているのだ。この曲のサビでは、メロディーもマイナーからメジャーへと転調し、力強いマーチに乗せて祝福するように歌われる。同じような境遇にあるリスナーの心に響かないはずがない。
価値観を見失った人へのエール
そして2番では、このテーマが思想面にも及ぶ。
西には西だけの正しさがあるという
東には東の正しさがあるという
なにも知らないのは さすらう者ばかり
日ごと夜ごと変わる風向きにまどうだけ
“西” “東” という表現からは1990年代初頭に対立が解消された “東西冷戦” を連想するが、これは “心の拠り所” の比喩ではないか。バブル経済が破綻した1990年代は政治や社会が錯綜し、多様な価値観が噴出した時代だった。そうした中、何にも染まれないマイノリティーも存在することを、中島みゆきは伝えている。何が正しいかわからなくても、どこにも属せなくても、自分はここに存在するし、決して消せないと。
それは、この後に続く「♪風に追われて消えかける歌を僕は聞く」という歌詞からも読み取れる。消えかける歌を聞くことのできる人は存在するし、その人こそが貴重なのだ。そう考えるとこの2番は、価値観を見失った人へのエールともいえるだろう。そもそも人生は流浪の旅であり、誰もが旅人。混迷し始めた90年代を生き抜くために、彼女は一つの指針を提示していたのである。
社会からこぼれ落ちた弱き者、報われない者への賛美
こうして1番と2番の歌詞を紐解けば、社会から疎外され、拠り所を失った者にも価値はあり、その思いは尊重されるという、中島みゆきらしいメッセージが読み取れる。そう、彼女の曲には社会からこぼれ落ちた弱き者、報われない者への賛美が通底しているのだ。
その賛美は、1970年代に中島みゆきがデビューしてから、1980年代、1990年代につれて多様化し、増幅しながら、あらゆる弱き者を取り込み続けている。そして、その後の曲作りにおいてもそのモチーフは継承され、より先鋭さを増してゆく。1998年発売のシングル「命の別名」のサビでは——
命に付く名前を「心」と呼ぶ
名もなき君にも 名もなき僕にも
—— と(叫ぶように)歌われるが、この歌詞からは、生きとし生ける全ての者を包みこむような暖かさを感じる。そして、この一節をヒントにNHKが企画した番組が、名もなき人々のひたむきな努力を描いたドキュメンタリー『プロジェクトX〜挑戦者たち』であった。そう、2000年に発売されミリオンヒットを記録した「地上の星」にも、このモチーフは継承されていくのである。
参考文献
アーティストファイル 中島みゆき オフィシャル・データブック[2020年改訂版]/ ヤマハミュージックエンタテイメントホールディングス(2020年)