愛憎のセラミックヒーターと古いフィアットの共通点: 大矢麻里&アキオの毎日がファンタスティカ!イタリアの街角から#24
ものづくり大国・ニッポンにはありとあらゆる商品があふれかえり、まるで手に入れられないものなど存在しないかのようだ。しかしその国の文化や習慣に根ざしたちょっとした道具や食品は、物流や宣伝コストの問題からいまだに国や地域の壁を乗り越えられず、独自の発展を遂げていることが多い。とくにイタリアには、ユニークで興味深い、そして日本人のわれわれが知らないモノがまだまだある。イタリア在住の大矢夫妻から、そうしたプロダクトの数々を紹介するコラムをお届けする。
イタリア暖房事情
イタリアの我が家で長年使っていたセラミック・ファンヒーターが逝ってしまった。朝に0℃を切る日もある1月中旬のことだ。
約30年前、シエナで最初に住んだ1Kのアパルタメントには、電気式パネルヒーターが壁に据え付けられていた。パワーが低く、寒い日は頼りにならない代物だった。家主もそれを知っていたのだろう。無名ブランドの小型電気ファンヒーターが別に置いてあった。そちらはもっと困った。最強モードにすると、筐体の一部が溶けて変形し始めるのだ。直接関係ないが、かつてフランス車乗りから「あまり室内灯を点けっぱなしにしていると、熱でカバーが溶けてくるから気をつけて」と注意されたのを思い出した。
そうした経験があったゆえ、2軒めに借りた家に温水セントラル・ヒーティングが備わっていたのには安堵した。ガスボイラーで沸かした温水が各部屋の放熱器に送られ、部屋をゆっくりと暖める仕組みだ。熱を奪われて冷めた水は、ふたたびポンプに戻ってゆく。欧州のみならず北米でもみられる方式なので、海外勤務や出張経験がある方ならお世話になった人は少なくないだろう。イタリアでは64.8%の家庭がセントラル・ヒーティングを採り入れている。その数字はフランスの39.1%、英国の37%を大きく上回る(データ出典:Celsius)。
セントラル・ヒーティングの長所は、部屋の空気が汚れず、屋外や物置に設置したボイラーのわずかな燃焼音以外静かなことだ。放熱器自体も危険なまでに熱くならない。したがって我が家では洗濯物をかぶせて乾燥に使っているくらいだ。しかし悩ましい欠点もある。
いいことづくしに見えるものの…
それはずばり「家全体を暖めてしまう」ことだ。
我が家において筆者と細君は、ダイニングキッチン、仕事部屋そして寝室、と1日の大半を同じスペースで過ごしている。逆にいえば、常に誰もいない場所がある。にもかかわらず、セントラル・ヒーティングはバスルームも含め、家中を暖めてしまうのである。
使わない部屋にある放熱器のバルブをぐるぐる回して水路を塞げば、理論的にはガス代を節約できる。しかし、暖房している部屋から熱が逃げやすくなる。熱交換の原理だ。また、寒いと感じてバルブを開けても即座に部屋は暖まらない。
室温調節を感知してボイラーを入切するサーモスタットも連動しているものの、めざましい節約効果は無い。
90平方メートルの我が家より何倍も大きな家に住むイタリア人がどう対処しているのか。知人たちに聞いてみたら案の定、家の中の人数が少なく、かつ同じ部屋にいるときとは、セントラルヒーティングを切り、別の暖房機を使っていることがわかった。
そこで購入したのが、冒頭写真にあるデロンギの電気式セラミック・ファンヒーターDCH5231(絶版)であった。中国製で、700-1300-2000ワットが切り替えられるものだ。我が家の家計簿を繰ってみると、2013年2月の購入である。
数ある類似商品のなかから選択の決め手となったのは、凛としつつも視覚的に邪魔にならないデザインと、操作はダイヤル式スイッチ2個のみという簡潔さであった。45ユーロ(当時の為替レートで約5600円)という、十分納得のゆく価格も購入のきっかけとなった。
ところが使い始めてみると、困惑する点が数々浮上した。
格闘の日々
最初に困ったのは裏側に設けられた「くぼみ」だった。手をかけても浅いため、部屋から部屋へと持ち運ぶとき、たびたび落としそうになった。せっかくのポータビリティーが半減してしまう。これは細君が当該部分にフェルトを貼って摩擦係数を高める、という一計を案じて凌いだ。
例のダイヤルも、今がどのモードにあるのか一目で確認しにくいことが判明した。スタイリッシュだが、わかりにくいという意味では、アルファ・ロメオ164前期型ダッシュボードのピアノ式スイッチを彷彿とさせた。この問題は、日本で買ってきたファンシー系ステッカーを貼って解決した。それでも滑りやすく、ハンドクリームを塗った手では事実上操作できなかった。
数年経つと、今度は本体・電源コードをつなぐ付け根部分がもろくなってしまった。こちらは絶縁テープを巻いて対策とした。その後も細心の注意を払っていたのだが、やはりそこが急所となった。小さな火花とともに、ぷつんと千切れてしまったのだ。これこそ冒頭で記した再起不能となった原因だった。
仕方ないので、市の粗大ゴミ処分場に持って行った足で、筆者は代替品をさがすことにした。
あのときも、そうだった
ダイソンの空気清浄機付きヒーターも考えたが、ベーシックなモデルでも5kg以上あるのは移動しづらいし、何より補助暖房としては価格的に高すぎる。
店を回ってみると、近頃の電気ヒーターやセラミック・ファンヒーターは、なぜかグリルの粗さばかりが目立つ。すっきりとした商品が見当たらないのだ。またブランドこそイタリア系でも、もはや自社デザイン開発を放棄し、新興国製の単なるOEMに甘んじたとみられる商品も見受けられる。“ヴィンティッジ調”と称して、意味もなく1950〜60年代の家電を思わせるデザインにしたものは、選択肢として論外である。
そうこうするうち、厳寒のなか一緒に数々の店を回っていた細君は、坐骨神経痛が痛むので「なんでもいいから早く選べ」と言い出した。良質なデザインの選択に苦労が伴うことをわかっていない。そういう筆者も、商品を見るため陳列棚から上げ下げしているうち、貧血気味になってきた。
10店舗にわたる家電量販店やホームセンターを渡り歩いてようやく探し当てたのは、イタリア北部ブレシアの暖房器具メーカー、ビマール社のセラミック・ファンヒーターHP132であった。1400/2000Wで価格は59.99ユーロ(約9400円)だった。
デロンギと異なり、設定温度のデジタル表示、リモコン、おやすみタイマー、上下左右首振り……と多機能だ。なにしろリモコンまで付いている。ファン音もいくぶん静かだ。ハンドルも持ちやすい。
しかしながら数日使っていると、操作ボタンが多すぎて、使わない機能も多々あることがわかってきた。さらに転倒時の安全デバイスが過敏で、わずかに持ち上げただけでスイッチが切れ、選んでおいたモードがリセットされてしまう。重量に関してもデロンギが約1.7kgであったのに対して2.85kgあるので、移動がちょっと億劫になる。デザイナーが頭の片隅でダイソン製品を意識したのではないか?と思わせるルックスに関しても複雑な思いがよぎる。
完成度や品質、細かい詰めはそれなりで付加機能が少なくても、小ぶりかつ十数年前のものとは思えぬ永続性あるデザインで、操作が単純明快だったデロンギ。そうした性格は、ふと気がつけば1990年代、東京で筆者が乗っていたフィアット・ウーノそっくりだった。そういえばあのときも、直後にビュイック・リーガル(本国名センチュリー)という、より堅牢で高出力、装備豊富なクルマに乗り換えたものの、たびたびウーノが懐かしくなったものだ。
性能・品質・多機能とは別次元の評価軸が存在するものといえばクルマの世界だが、なかなかどうしてイタリアの小さな暖房機にもそれを見たのである。