登山に必要な水の量と補給タイミング|登山ガイドが行動時間のめやすを解説【山登り初心者の基礎知識】
登山のときに必要な水分量
必要な水分と脱水の計算式
登山で行動中に補給すべき水分量は、『登山の運動生理学百科』(東京新聞出版局)の著者である鹿屋体育大学の山本正嘉教授が提唱している計算式で求められます。
まずは、登山の行動中にどれだけの量の水が体から失われるかを示す「脱水量」を把握する必要があります。
脱水量(ml)=体重(kg)×行動時間(時間)×5
例えば、5時間の行動をした場合の脱水量は体重別に以下の通りになります。
脱水量の70〜80%を補給
山本正嘉教授によると、給水量は発汗などによって失われる脱水量の70〜80%で、次のような式となります。
給水量(ml) = 脱水量 × 0.7〜0.8
先ほどの5時間行動した例の場合、体重別に以下のようになります。
ペットボトル3本分を持っていけばいい計算になります。もちろんこれらの計算式はあくまで平均的な数値ですので、個人の体質や天候、標高に応じて、余裕を持った水分量を確保してください。
必要な水分量が分かったところで、実際に水分を持っていく容器について解説します。
水を持ち運ぶ最適な方法
一番ポピュラーな水の持ち運び方法がボトル。ボトルにはいろいろな種類がありますので、それぞれの長所と短所を紹介していきます。
プラスチックボトル
(撮影:上田 洋平)
登山では使われることが多い「ナルゲンボトル」などのプラスチックボトル。国内外を問わず、多くのハイカーに支持されています。
【メリット】
・広口で飲みやすい飲み口
・軽量
・飽和ポリエステル樹脂を使用することで、プラスチックの臭いが内容物に移らない
・マイナス20℃〜100℃まで対応
・パッキン無しで洗浄が楽。密封もでき、こぼれにくい
・少ない回転数でキャップが閉まる
・キャップと本体がストラップでつながっているため、キャップの落下や紛失の心配が無い
・目盛り付きで残量が分かりやすい
・水分だけでなく、行動食を入れても使える
・種類が豊富でコレクター心をくすぐる
参考:YAMAP限定 ナルゲンボトル
【デメリット】
・ややかさばる
・ペットボトルより厚みがあるので重さがある(1.0Lで約180g)
・行動中に内容物の音が気になる場合がある
ペットボトル
(画像:PIXTA)
水分の持ち運び方法で一番お手軽なのはペットボトルです。登山用のボトルを持っていない場合は、まずはペットボトルを使うと良いでしょう。
【メリット】
・コンビニや自販機で手軽に買えるため、「思ったより暑そうだから、念のため、もう少し水を持っていこう」といったニーズにも柔軟に対応できる
・圧倒的に軽い
・縦走などで水分が足りなくなってきた場合、ルート途中にある営業している山小屋で購入できる
・価格が安い
【デメリット】
・使用後は基本的にはゴミになってしまう
・コンパクトにつぶせないものもある
・行動中に内容物の音が気になる場合がある
ハイドレーション
ザックの中に本体を入れて外にチューブを出し、必要な時にこまめに水分補給できるのがハイドレーションです。定番は「プラティパス」(カモノハシの英語名)と呼ばれるブランドで、BPAフリーの素材が使われています。国内大手の「モンベル」などからも出ています。
【メリット】
・登山で理想とされる「こまめに少量ずつ」の水分補給ができる
・行動中でも手軽に給水できる
・ボトルが超軽量
・中身が無い時はひらぺったく、コンパクトに折りたたみできる
【デメリット】
・ザックに入れるため、残量が分からない
・使用後に洗浄する手間がかかる(専用のブラシあり)
・洗浄後、完全に乾くまで数日かかる
・漏れなどのトラブルに気づきにくい
・冬季はチューブ部分が凍る可能性がある
ソフトフラスク
近年、ランナーやトレイルランナーを中心に人気が高まってきているのが、「ソフトフラスク」という柔らかくて折りたためる給水ボトル。水を使った分だけ容器が凹むため、走っても水が容器内で揺れないのが特徴です。
【メリット】
・両肩にフロントポケットがあるザックにピッタリと格納できる
・行動中でも手軽に給水できる
・ボトルが超軽量
・中身が無い時はひらぺったく、コンパクトに折りたためる
・トレイルランニングやランニングでも水がボトル内で揺れない
【デメリット】
・容量の大きいもの(600ml以上)はザックのフロントポケットに付けると重い
・モデルによっては、弱い力が加わっただけでも、給水口から漏れることも
・給水口バルブを定期的に分解して、浄する必要がある(カビ防止)
ステンレスボトル
(撮影:上田 洋平)
保温性の高いステンレスボトルは様々なメーカーが多くのモデルを販売していますが、代名詞的な存在が「サーモス 山専用ステンレスボトル」。冬の山で使っている人が多く見られるモデルです。
500ml、750ml、900mlの3モデルとも、6時間後にも80度ほどをキープするため、氷点下の冬山であっても、お昼に熱々のカップラーメンやコーヒーが味わえます。
【メリット】
・朝入れたお湯でお昼にカップラーメンやコーヒーを作れる
・山小屋の宿泊時、朝の出発前にお湯を入れて持っていける(お湯は有料の場合が多い)
・バーナーのようにお湯を沸かす時間がいらず、スピーディーに行動できる
【デメリット】
・やや重さがある(山専用ボトル900mlで390g)
・残量が分かりづらい
水分補給のタイミングと飲み方
(画像:PIXTA)
水を持っていく容器について様々な種類があることが分かりました。次は実際に登山中に水を飲む際のタイミングや飲み方について説明します。
水分はこまめに少量を補給する
登山中の水分補給は「こまめに少量ずつ」が基本。一気に水分を補給しても体の中で処理しきれず、余分な水分は尿となって出てしまうからです。
イメージとしては、以下の通り。
行動中:喉が乾きそうになったら1〜2口補給
30〜1時間毎の小休憩:行動食と共に100〜200ml 補給
昼食などの大休憩:食事とともに補給
喉が乾くということは、すでに脱水が始まっている状態です。「喉が乾きそうだな」と感じたらこまめに摂取するのがポイント。こまめに少量ずつ補給することにより、脱水症状や熱中症を予防できます。
水分だけでなく、塩分等の電解質も補給
水分補給する時に気をつけたいのは、真水だけでなく電解質(ミネラルの中で、ナトリウムやカリウムなど、体内での水分調整や筋肉のサポートする物質)も同時に補給すること。
運動や発汗によって体内の電解質が体の外に排出されてしまうからです。体内の電解質が不足すると足が攣りやすくなってしまいます。
そこでオススメなのが「経口補水液」。スポーツドリンクよりも電解質の濃度が高く糖濃度が低いため、発汗で失われた水分や電解質を補給をするのにぴったりです。
体内の浸透圧に近くて不要な水分を排出する必要性が低くなるため、山の中でトイレに行く頻度を減らすこともできます。
ただ味はスポーツドリンクより飲みにくいので、やや薄めるかレモン汁を足すと飲みやすくなります。
水が足りず、水場で補給する場合
ここまで登山での水分補給の方法について解説してきましたが、もし登山中に水分が足らなくなった場合はどうすればよいのでしょうか? 色々と方法はあるのでそれぞれ説明していきます。
沢の生水は避けたほうが無難
(撮影:上田 洋平)
まず最初に考えたいのが、登山道にある沢の水場の活用。山の中の水場は綺麗で飲めるように思えますが、水質の検査や浄水がされているわけではないので、動物の糞や死骸から出る細菌を含んでいる可能性がゼロではありません。
北海道ではキタキツネの糞を感染源とするエキノコックスという寄生虫がいるため、その卵が沢水に含まれている可能性があります。沢の水を飲む時は生水のまま飲まず、以下の点に注意したほうが良いでしょう。
煮沸する方法
バーナーを持っている場合は5〜10分間、煮沸させるとほとんどの細菌は死滅します。ただ、テント場等に着いてからでしたらバーナーを出して煮沸する時間がありますが、登山中だとなかなか煮沸する時間の余裕は少ないと思います。
そこでオススメしたいのが浄水フィルターの活用です。
浄水フィルターの使用
写真はカタダインの「ビーフリー」。ボトルタイプの浄水器で、キャップにフィルターが内蔵されている
浄水器を使えば沢の水のにごりや細菌を除去することができて、かつ煮沸のように時間もかからないので、沢の水を生水で飲む前に使用すると良いでしょう。
水場枯れに注意
(撮影:上田 洋平)
水場はあくまで自然の中にある沢の水なので、水が枯れている場合があります。登山に行く前に以下の点を確認して下さい。
・水場近くの山小屋の公式サイトやSNS
・YAMAPの活動日記やフィールドメモ
山小屋で購入
(撮影:上田 洋平)
山小屋ではペットボトルのミネラルウォーターやスポーツドリンクなどが売られているので、進むコースに山小屋がある場合はうまく活用しましょう。
水分補給できないときの注意事項
「近くに水場も山小屋も無く、水分が無くなってしまった…」。そんな時の最終手段や注意点をお伝えします。
同行者にもらう
一緒に山へ登っている同行者の水分に余裕があれば、分けてもらうと良いでしょう。ただし、その同行者も水が不足するリスクにさらされるので、安易にもらう前提で水を持っていくのは絶対に避けるべきです。
アルコールは脱水が進むのでNG
「水分が無くなったけどお酒だけザックに入っていた…」ということがある場合でも、アルコールは以下の理由で脱水を進めてしまうので、飲んではいけません。
・アルコールには利尿作用がある
・アルコールの分解に体内の水分を必要とする
いたずらに沢に降りてはいけない
沢を探して一般登山道では無い道を下ってしまうと遭難の危険性が高まります。遭難で一番多いパターンは、以下の流れ。
①登山道で道に迷う
②登山道ではない道を無理にくだろうと沢を下りる
③沢には崖や滝があるので身動きが取れなくなるか、滑落する
水分が無くなったからといって、やみくもに沢を探しに降りてはいけません。
積雪期の水分補給について
(画像:PIXTA)
沢が流れている無雪期とは違い、積雪期の沢は凍っているため別の方法で水を用意する必要があります。ここでは積雪期の水のつくり方を紹介します。
雪を融かして水をつくる
積雪期の水は基本的には雪を融かしてつくります。雪を融かすには時間がかかるため、山ご飯をつくる時は水づくりと料理をメンバー内で分けると良いでしょう。
コッヘルの中に呼び水と言われる雪を融かすための水(事前に持ってくる)を入れます。
バーナーに火をつけて水温を上げます。
雪をスプーン等で砕きながら入れていきます。
雪は体積が大きいので砕きながら継ぎ足していきます。
雪が溶けたら加熱を止め、水筒に移します。
追加で水をつくる場合は、呼び水をコッヘルに残して1〜4の手順を繰り返します。
積雪期の注意点
(画像:PIXTA)
・ハイドレーションチューブ内の水の凍結
積雪期は当然ながら気温が低く、0℃以下になることが普通。そのため、ハイドレーションから外に出ているチューブ内の水分が凍結して水を補給できなくなってしまいます。
チューブの周りにラバーカバーを付けた場合でも、カバーから出ている一部分が凍って飲めなくなることもあるので、基本的には、積雪期にハイドレーションは使わないほうが無難です。
・バーナーに着火しづらい
低温下ではバーナーに着火しづらいため、フリント式ライター(発火石を使用するタイプのもの)を使って着火させると良いでしょう。
・雪を食べるのはNG
水をつくるのが面倒なので、雪をそのまま食べてしまおうと思うかもしれません。雪を食べてしまうと体温が下がってしまうため、水やお湯にしてから摂取するようにしましょう。
登山に必要な水の適量を知って快適に山に登ろう
今回紹介したように登山に必要な水の適量を把握し、自分のお気に入りの容器で持っていけば快適な登山を楽しむことができます。今回の注意点にも留意して、安全登山を楽しんで下さい。
登山にあたり、命を守るために身につけておくべき装備・道具や、知っておくべき知識・技術は色々ありますが、登山保険もぜひ入っておきたい、大事な備えのひとつ。
YAMAPグループの「外あそびレジャー保険」は、いざ遭難救助が必要になったときの高額費用や、部位・症状別のケガの補償をしてくれるだけでなく、登山以外での外遊びや日常のケガの補償もしてくれます。
また、遭難・行方不明時には、同じ山に登っていたYAMAPユーザーから目撃情報を募ることができるサービスも提供。
期間は7日から選べるので、単発での山行にも対応。登山や海・川でのアクティビティによく行く方にも便利な保険です。
執筆・素材協力:上田洋平(登山ガイド)