還暦ロックシンガーの現役感 ① 吉川晃司のピークはいったいどの時代にあったのか?
スリー・ストーリーズ by Re:minder
還暦ロックシンガーの現役感 ① 吉川晃司
奥田民生と “Ooochie Koochie” を結成
1984年にシングル「モニカ」、そして映画『すかんぴんウオーク』の主演で華々しいデビューを飾った吉川晃司が今年(2025年)還暦を迎えた。そんな年に吉川は広島市出身の同郷、同学年の奥田民生とのユニット “Ooochie Koochie” を始動。現在は年末までの大規模な全国ツアーを敢行中である。
このOoochie Koochie、これまでの吉川のキャリアからしたら意外なくらい、肩の力が抜けたリラックス感を垣間見せている。先行シングル「GOLD」のミュージックビデオではディスコ、ファンクの緩やかなグルーヴの中で飄々とした表情を見せ、自然体の魅力を全面に打ち出している。ああ、年を重ねることはこんなにかっこいいんだ!と思わせるチルアウト感がたまらなく素晴らしい。
そして、6月にリリースしたアルバム『Ooochie Koochie』はオルタナ、ハードロック的な側面も織り交ぜた見事なジャンル・ミキシングの傑作だ。2人の才能が拮抗することなく、見事に溶け合っている。そして、広島に投下された原子爆弾のコードネームからタイトルを引用した「リトルボーイズ」という曲は、吉川らの世代でしか描けない、戦後80年という歳月を感じる反戦ソングになっている。こういった意味合いから考えてみても、Ooochie Koochieの結成は吉川にとって非常に意義深いものであることが明白だ。
1988年には布袋寅泰と “COMPLEX” を結成
そんな吉川が長期にわたり第一線での活躍を続けているのは周知の通り。彼の軸足はいつだって音楽にあった。そのピークがいつだったかを考えるならばそれは人それぞれ、世代によっても様々な意見があると思うが、「You Gotta Chance 〜ダンスで夏を抱きしめて〜」「にくまれそうなNEWフェイス」と連続してオリコン1位を獲得したのがデビュー翌年の1985年。しかし、吉川はそこに甘んじることはなかった。
1988年には布袋寅泰とのコラボレーションで “COMPLEX” を結成。「BE MY BABY」と「1990」を大ヒットさせ、日本中を熱狂の渦に巻き込んだ。ここで特筆すべきは、ほとんどの楽曲のソングライティングクレジットに、布袋寅泰と共に自身の名を連ねていることだ。
もちろん、これまでのソロ作品でも作詞・作曲の両方を手がけつつ、楽曲制作に前向きな姿勢を見せて数々の名曲を生み出していた。しかし、COMPLEXではバンドサウンドという枠の中で全体像を見渡し、ソロ活動期とは異なるアプローチを試みる。それは布袋寅泰という強烈な個性を持つギタリストと共存するバンドの中で、どのような世界観を描けば良いかを突き詰めた方法論だった。COMPLEXの “頭脳” が布袋寅泰であるとするなら、ほとんどのリリックを手がけた吉川晃司は “心” を司っていた。
COMPLEXとは真逆の方法論だった “Innocent Rock”
その後も、吉川のロックへの探究心は留まることなく、デビュー20周年のアニバーサリーイヤーには、村上 “ポンタ” 秀一(ドラム)、後藤次利(ベース)といった大御所と共に、3ピース編成のバンドを主体とした『KOJI KIKKAWA 20th Anniversary 2004 "Innocent Rock” 』ツアーに出る。この時、吉川はメンバーにギタリストを敢えて入れなかった。つまり、吉川が歌いながらギターを弾かなくてはならない。
それは、極限まで削ぎ落としたタイトな音をどこまで体現できるかへの挑戦であった。グラマラスなサウンドが一番の魅力だったCOMPLEXとは真逆の方法論である。ギター、ベース、ドラムで編成される3ピースバンドはロックの美学であると同時に、メンバー同士の信頼関係と各々の責任感、そしてそこから生まれる研ぎ澄まされた緊張感が醍醐味である。逃げ場のない場所にあえて身を置き、吉川は自身のロックを開拓していく。
アイドル的な側面が話題を呼んだデビュー期、フロントマンとしてバンドサウンドの全体を見渡したCOMPLEX期、そして、ロックの真髄を体現するかのような無謀とも思えるプロジェクトを成功させたInnocent Rock期。吉川は常にその先を見据えたアクションを繰り返していた。つまり、吉川晃司というアーティストというのは、今がピークと見限らず常に自分自身でピークを作り続けていったことになる。
常にピークはその先にあると思わせる姿勢
2023年にリリースされた最新ソロアルバム『OVER THE 9』ではこれまでのキャリアから醸造された骨太で普遍的なサウンドを構築。疾走感と煌びやかな世界観が同居したオープニング・ナンバー「ソウル・ブレイド」に始まり、ほぼ全編スキャットで歌われ聴き手に様々な心象風景をイメージさせる「焚き火」、そしてドラマティックな長編映画のエンディングのようなインスト曲「Brave Arrow」までの全12曲は、年齢に抗うのではなく、常にその先を見据える吉川が詰まっていた。
また、2023年に日本武道館で開催された『KIKKAWA KOJI Premium Night 2023 “Guys and Dolls”』ではダブルドラム、ダブルベース、ダブルキーボードという今までにない編成に、大黒摩季、Chloe(クロエ・キブル)という豪華なコーラス陣が花を添え、ラグジュアリーかつダンサブルなステージが展開されている。
そして今年は、奥田民生とOoochie Koochieを結成。無論、ここが吉川の到達点ではない。常に先を見据え、自身の音楽性を高めるために様々なプロジェクトにも挑戦し、さらなる高みを目指す。そう、常にピークはその先にあると思わせる姿勢こそが、還暦を迎えた吉川晃司の現役感であることは間違いない。