「やばい」だらけは実は危険！感情リテラシー低下が子どもの心にもたらすリスクとは？[専門家監修]
学校で忘れ物をしたときの「やばい」、面白いゲームをしたときの「やばい」、脱いだ靴下の匂いをかいで「やばい」……このように「やばい」はさまざまな場面での感情表現に使える、便利な言葉だと言えます。ただ、お子さんが毎日使っている言葉が「やばい」だらけだとしたら、成長するにつれてさまざまな問題が起きる可能性があります。「感情表現の言葉」が足りないことへのリスクと、言葉を豊かに育む方法について、NTTコミュニケーション科学基礎研究所の渡邊直美さんに伺いました。
なぜ「やばい」だけではダメなのか
近年、日常のさまざまな場面で「やばい」を多用するなど、語彙が少なく、感情表現の言葉に乏しい子どもが増えていると言われます。
「やばい」という言葉は、口語表現として、「自分の困った状況」に対しての言葉だったり、「すごいものを見た驚き」だったり、「いやなもの」に対する表現だったりと、さまざまな意味で使われています。
一言でさまざまな感情が表現できて便利な反面、自分の意図しない意味で相手に伝わってしまうことも多い、実は微妙な言葉でもあるのです。便利だからといって、「やばい」を多用することで、他の言葉を獲得して使う機会を失っていると言えます。
感情を表す言葉をたくさん知って使いこなせることは、人間関係を良好に保つためにとても大事なこと。 例えば誰かとの会話で何かちょっとした行き違いがあったとき、感情を表す言葉が豊かであれば、言い換えたり補足したりして自然と解決できることでも、言葉が足りないせいでトラブルに発展するケースもあるのです。
感情を表す言葉が少ないことが、人とのコミュニケーションを難しくしてしまい、人間関係が悪化する原因となりえます。
感情を表す言葉が少なくなった原因
コロナ禍の影響
感情表現とは、人との関わりや日々の会話によって少しずつ高められるもの。成長すれば自然に育つというものではありません。今、小学生となっている子どもたちが幼児の頃は、コロナ禍で全国民が思うように外に出られない日々が続いていました。
さまざまな他者と言葉を交わし成長する幼児期に、コロナ禍の影響でコミュニケーションの機会が少なかったことは、感情表現の発達に少なからず影響していると言えるでしょう。
「マスク装着によって感情の読み取り度合いは15～20％程度落ちる」という研究報告がありますが、それ以外にも、「黙食」や「外出自粛期間に子ども同士で遊ぶ機会が少なくなった」ということも、感情表現の発達に影響を及ぼしていると考えられます。
スマホやゲームの影響、親子の会話不足
幼少期からテレビやスマホ、ゲームなどに触れる機会が増えたことも、子どもの感情発達に少なからず関係していると考えられます。 スマホやタブレットなどをお子さん一人で見ている時間が長くなると、どうしても親子の会話やコミュニケーションの時間が少なくなってしまうからです。
「スマホ育児」によって親の負担が軽減される一方、保護者自身もずっとスマホばかり見ていてお子さんに目を向ける時間が減っていないかを振り返り、改善できる点を見つけることが必要です。
「オーバースケジュール」の問題
また、子どもの習い事や塾などのスケジュールをつめこみ過ぎる「オーバースケジュール」も、感情表現の発達への影響があると考えられます。令和の時代、さまざまな習い事の選択肢がある中、時間とお金が許す限り、あれもこれもと予定を増やしてしまいがちですが、これも要注意。
最近の脳科学の研究では「脳の情報処理には、ぼーっとする時間が大切」ということがわかってきています。 「ぼーっとする」ことで脳内の情報の引き出しの整理・整頓ができますが、あまりにスケジュールをつめこみすぎると情報処理が追いつかない状態になってしまいます。感情の情報処理についても、「ぼんやり時間」を持つことが大切です。
感情をうまく伝えられずに起こる「困ったこと」とは
すぐにキレて攻撃的な行動に出てしまう
近年、小学生による校内暴力が増加傾向にあることが、文部科学省の調査で報告されています。この背景には、「感情リテラシーの低下」があると言われています。
自分の感情に気づき言葉にする力は、「感情リテラシー」の重要な要素です。子どもが自分の思いを言葉でうまく伝えられないために、もどかしさや怒りを行動で表してしまいがちなのです。
友達とのトラブルが多く、学校生活がうまくいかない
感情リテラシーが低い子どもは、暴力にまで至らないまでも、「自分の感情がよく理解できない」「相手の気持ちをうまく読み取れない」ために、友だちとのトラブルが多くなってしまいがちです。
また、イライラした気持ちを言葉で認識できないために、日常生活がスムーズに進まず、「学校生活に適応できない」「授業に集中できない」「新しいことにチャレンジできない」といった弊害が生まれる危険性もあります。
どうすれば感情を正しく伝えられるようになる？
では、感情リテラシーが高いと、どのようなメリットがあるのでしょうか。 感情表現の言葉が豊かになると、「自分の感情を認識して、上手にコントロールできる」「ストレス耐性ができる」「授業に集中できるので、学力が向上する」などの良い効果があります。また、新しいことにチャレンジする気持ちが生まれ、環境にも適応しやすいということも、これまでの研究によってわかっています。
そうした感情表現の言葉が豊かな子どもに育てるためには、保護者のかたの適切なサポートが必要です。次に紹介する4つの方法を参考にしてみてください。
子どもの言葉を受け止める
まずは、お子さんの言葉にじっと耳を傾け、そのまま受け止める時間を作ってみてください。とりとめのない話であっても、聞き流さないことが大切です。「自分の言葉をちゃんと聞いてくれている」保護者のかたの姿が、お子さんの気持ちを安心させ、素直な気持ちを出せるようになります。
「どうしたの？」と聞いて言語化させてみる
お子さんの話を聞いて、保護者のかたが深掘りしてあげることも大切です。 「何があったの？」「なんでそうなったの？」「それでどうしたの？」「どう思ったの？」などと、詰問口調ではなく穏やかに聞いていきます。
お子さん自身で言語化が難しい場合、「悲しかったんだね。でも、悲しいだけじゃなくて怒った気持ちもあったよね」と、保護者のかたが必要に応じて補足してあげるとよいでしょう。
また、「その気持ちは、最高に怒っている気持ちが100とすると、いくつぐらい？」などと数字で答えさせるのも、感情の言語化に効果的です。
さらに、「がっかりした」とか、「悔しかった」とか、お子さんの心のモヤモヤにぴったりの「名前」を親子で一緒に考えてみてください。「感情に名前をつける」ことで、お子さんが自分の気持ちに気づき、客観的に理解しやすくなります。自分の感情をコントロールできるようになって、感情的な行動が少なくなります。
親も自分の感情を言葉にする
また、保護者のかたが自分や家族の感情について話すことも、感情リテラシーの向上につながります。
以前、家族の気持ちについてインタビュー調査した際に、７歳のお子さんが「うちのお父さんには怖いものなんてない」と言っていたことがあります。そのお子さんには父親がそんなふうに見えていたのでしょう。
でも、大人になったからといって、感情的に全く動じなくなるわけではないものです。 「あのとき、お母さんちょっとさびしかったんだよね」「今日のお父さん、悔しがっていたね」などと保護者のかたの感情を話題にしてお子さんに伝えることで、「自分の気持ちをそのまま口に出していいんだ」とお子さんが思えるようになります。その結果、親子の会話が増え、お子さんの感情の言葉の獲得につながる可能性が広がります。
読書で語彙を増やす
絵本や児童書を読むことも、感情の言葉を増やすのに効果的です。
物語の中では、日常生活ではあまり経験できない場面やドラマチックな状況が具体的に描かれることが多いものです。そのような場面で登場人物の気持ちを疑似体験することは、より多くの感情を学ぶ機会になるでしょう。
親子で同じ本を読んで、「あのとき○○（主人公）はどんな気持ちだったと思う？」「このあいだ、似たようなことがあったね」などとお子さんと会話してみてもいいですね。
最後に～感情の言葉を豊かにするために親ができること
感情の言葉を増やすというのは、短期的なトレーニングでできることではありません。日常生活の中で、継続的に少しずつ言葉を獲得できるようサポートしていく必要があります。
保護者のかたがお子さんとゆっくり会話する時間を作ったり、「それはこういう感情だったんだね」などと意識的にフィードバックしたりすることが、お子さんの感情リテラシーを育むことにつながることでしょう。