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「欲として、もっと歌舞伎を楽しみたい」市川團十郎が襲名披露巡業のラストスパートへ~『河内山』への意気込みを語る

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市川團十郎

2022年11月歌舞伎座から始まった、十三代目市川團十郎白猿襲名披露興行。約2年にわたり各地で行われてきた襲名披露巡業が、2024年8月30日よりはじまるこのツアーをもって最後となる。市川團十郎が取材会で思いを語った。

■襲名披露興行、全国18か所へ

襲名披露巡業のラストとなる、全国18か所23公演だ。

「私は東京での公演も大事にしていますが、地方で歌舞伎をすることの大事さも、若い時より諸先輩方からお話しをお伺いしており、ここ10年ほどは旅巡業公演を重視してまいりました」

襲名披露狂言は、『天衣紛上野初花(くもにまごううえののはつはな) 河内山(こうちやま。以下、河内山)』

團十郎襲名披露興行では『助六』や『勧進帳』など、歌舞伎十八番や新歌舞伎十八番の古典歌舞伎を中心にお見せしてきました。今度は過去の團十郎も演じてきた『河内山』です。好きな芝居で全国を周らせていただけることをうれしく思います。この巡業で襲名披露は終わり、ようやくホッとできそうです」

各地の会場で多くの観客に迎えられてきた。だからこその気づきとして、客層の違いについても言及した。

「東京の歌舞伎座は、客層に多様性があります。歌舞伎を観ることが趣味の方もいれば、役者目当ての推し活の方もいる。歌舞伎鑑賞を自分のポテンシャルに変えようとか、社交場的な意味合いで来られる方もいて様々です。一方で地方公演の場合、役者を観に来られる方が多いように感じます。たとえば今回は『團十郎がくるからみてみよう』と。また(歌舞伎座が基本的に25日間興行であるのに対し)巡業は、会場ごとの日数が短い。私自身はもともと“力を抜く”ができる性格ではありませんが、より一公演ごとにやり切ることに価値を置き、役者目当てで御覧いただいた結果、歌舞伎って楽しいわねと感じていただけるよう10年間つとめてまいりました。今回も、その思いが実るといいなと思っています」

■分かりやすく、爽快な『河内山』

『河内山』は、明治時代に「劇聖」と謳われた九代目市川團十郎ともゆかりのある作品だ。

「九代目團十郎が河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)と一緒に作り初演しました。代々の團十郎がやってきた演目として『河内山』を選ばせていただきました」

『十三代目 市川團十郎白猿襲名披露巡業』

團十郎が演じる主人公の河内山宗俊(そうしゅん)は、御数寄屋坊主。坊主といっても幕府に仕える役職のことで、僧侶ではない。

「河内山は、今の時代ではコンプライアンス的に存在できないタイプの人間ですね(笑)。ただの御数寄屋坊主ですが、曰くあり気な危険人物。『質店』という場では、質屋のお嬢さんがお殿様に気に入られてしまい逃げられない状況に陥っている。河内山はその解決を二百両で請け負い、そのうち百両を前金で受け取る。この時点で、彼にとっては勝つことが確定なのです」

今回の巡業公演では、河内山がお屋敷に乗り込みいよいよ盛り上がる場面が上演される。

「高僧に扮した河内山は、皆を騙しきります。あとは帰るだけのところで、とどのつまりは素性がバレてしまいますが、それでも怯まず『それがどうした』と。非常に分かりやすく爽快な演劇。古典ですから難しい台詞が羅列しますが、演劇としての面白さを少しでも分かりやすく伝えられるように考えています」

■今までにない新たな心境

2年間にわたる襲名披露興行の中で、歌舞伎と向き合う心境に変化があった。

「自分自身の欲として、もっと歌舞伎を楽しみたいと思うようになりました。海老蔵時代は、どちらかと申しますと歌舞伎をやることが運命であり、父に教わったことを受け継ぎ次の世代に渡す責務が大きかった。今もそれがないわけではありませんが、そのためにはまず自分自身が歌舞伎を楽しみ、それがお客様に伝わり、あんな風になりたいと思ってもらえることが良いのかな、という結論になりました。今までにはない新たな心境です」

変化のきっかけを次のように分析する。

「襲名披露興行は、責務の重さが第一にあります。楽しむ楽しまないは別の話。そのような期間中も、通常の興行が混じります。たとえば毎年5月の歌舞伎座の『團菊祭』、1月の新橋演舞場での子供たちとの興行、7月の歌舞伎座の『星合世十三團(ほしあわせじゅうさんだん)』もそうです。通常興行になった時、決して手を抜くという意味ではないのですが解放感を覚えました。襲名披露の期間というレアな状況だからこそ生まれた解放感の中で、芸事の楽しさや深みを感じやすくなっていたのだと思います」

古典歌舞伎の継承にとどまらず、新作でも古典でも、歌舞伎の分かりやすさ、楽しみやすさの大切さに意識を向けているようだ。

「現在、歌舞伎座に来てくださるお客様のコア層は上の世代が中心。その世代が歌舞伎を支えてくださっているうちに、新しい世代の方々にも観にきていただき楽しんでいただける歌舞伎作りをしていかなくてはいけません。そう考えると、例えば『星合世十三團(ほしあわせじゅうさんだん)』の稽古でも見える景色が変わってきます。これからは歌舞伎をよりわかりやすく、多くの方々に知っていただくことも一つの役目だと思っています」

■子供たちとも「やれることを着々と」

SNSなどで親子の交流を多く発信している團十郎。会見では、子どもたちの様子への質問も。

「やはり思考が大人」と紹介されたのは、長女・市川ぼたん。現在12歳で、中学1年生だ。

「ぼたんは、自分は歌舞伎ができないことを分かっています。最近の色々な事例もあり、本当にできないことなのかどうかはまだ分かりませんし、九代目團十郎はそれを打破しようと(女性の役者を起用)した人であり、我が家には女性も歌舞伎をという考え方が元々ありますから、父親として諦めて欲しくはない。しかし同時に、そのような不確定要素のある中で、責任持ってこれをやりなさい、と言えるほど私も無責任ではありません。彼女が自分のやりたいことを選択できる環境を作りながら、歌舞伎の興行に出演できる時は出演するように。そしてその時には心構えを伝えるようにしています」

團十郎との舞台だけでなく、映像や声の仕事にも挑んでいる。

「彼女は今日もあるオーディションに挑戦をしています。團十郎の娘だから、というアドバンテージが他の方よりはあるのでしょうが、そういうことではなく、彼女は自分の足で歩いていくことを選択肢しています。必要とされる人物になりたいという彼女自身の意思で進み出したところです」

長男・市川新之助は11歳。

「倅は『外郎売』や『毛抜』といった大役をつとめ、期待以上の成果を出したと客観的に思ってます。しかし、歌舞伎というものをまだ分かっていません。さらに歌舞伎というものを分かってもらいたい。体調管理のことはよく話しますし、今朝も朝5時半に起こされて自宅で稽古をしました」

この日も千鳥足の振り(動き)の稽古をしたのだそう。

「彼は当然お酒を飲んだことはなく、千鳥足もよく分かっていない。そこから説明をしながら40分ぐらい、同じ動きの歩行練習をしました。今はスマホのカメラで撮ればすぐに再生して見ることができて便利ですね。自分がいかに出来ていないのかが分かります。彼も、自分の千鳥足の駄目さに大爆笑していました。のどかな朝でした(笑)。芸事は難しいです。やれることを着々とやろうという話をしています」

取材会では、巡業先となるご当地にまつわる質問も。團十郎はエリアごとにプライベートでの思い出も交えながら答え、各地の記者の期待を高めた。襲名披露巡業のラストスパートとなる本公演は、8月30日千葉県・成田国際文化会館を皮切りに全国18か所で開催。『河内山』には中村梅玉らが出演。團十郎と幹部俳優による襲名披露『口上』、市川右團次、市川九團次、大谷廣松、片岡市蔵による『祝成田櫓賑(いわうなりたしばいのにぎわい)』も上演される。

取材・文・撮影=塚田史香

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