なぜ苦戦?転職できない「年収550万円未満エンジニア」が取るべき“たった一つ”の戦略
最近HOTな「あの話」の実態
ここ数カ月、エンジニア採用に積極的な企業や求職者の動向を見る限り、ITエンジニアの転職活動が二極化しているように見えます。
年収550万円を境に中堅から上位層はリファラル採用やヘッドハンティング、高年収を主要ターゲットとした人材紹介会社で動いています。550万円未満の層はテレビCMなどでお馴染みの大手どころの人材エージェントや、新興の人材エージェントを通じた転職に二分化する傾向が強まっているようです。
こうした傾向は今に始まったことではないのですが、一つ気になる点があります。それは、少し前なら一定のスキルと経験があれば越えられたはずの「年収550万円の壁」が乗り越えづらくなっている点です。
特に、未経験からITエンジニアになって数年が経った「微経験」エンジニアの選択肢が目に見えて減っている印象があります。
そもそもなぜこうした状況になっているのでしょうか。
今回はエンジニア採用市場の動向を踏まえ、どうしたら中堅・下位層のエンジニアが上位層に食い込めるか、その方法をご紹介します。
博士(慶應SFC、IT)
合同会社エンジニアリングマネージメント社長
久松 剛さん(
)
2000年より慶應義塾大学村井純教授に師事。動画転送、P2Pなどの基礎研究や受託開発に取り組みつつ大学教員を目指す。12年に予算都合で高学歴ワーキングプアとなり、ネットマーケティングに入社し、Omiai SRE・リクルーター・情シス部長などを担当。18年レバレジーズ入社。開発部長、レバテック技術顧問としてキャリアアドバイザー・エージェント教育を担当する。20年、受託開発企業に参画。22年2月より独立。レンタルEMとして日系大手企業、自社サービス、SIer、スタートアップ、人材系事業会社といった複数企業の採用・組織づくり・制度づくりなどに関わる
年収550万円を境に激変するエンジニアの転職動向
ここ数年、エンジニア採用バブルを牽引してきたメガベンチャーやテクノロジースタートアップの採用意欲は下落傾向にあります。
しかしビジネス全体を見渡せばエンジニア不足は慢性化しており、年を追うごとに深刻に。事実、ITエンジニアの有効求人倍率は高止まりしており、3倍*を下回る気配は当分なさそうです。
こうした状況の中でも転職に成功しているのは中堅から上位層のエンジニアでしょう。この層のエンジニアは、IT企業はもとより事業会社からの引き合いも絶えません。当然のことながら、現職を加味された待遇を提示されることも多く、複数の候補から選ぶことが可能です。
一方、エンジニア採用バブルに煽られIT業界に足を踏み入れたエンジニアは少し事情が異なります。当然、経験年数2、3年クラスのITエンジニアに対する需要がないわけではないものの、先に挙げた中堅から上位層のエンジニアが集まるメガベンチャーやテクノロジースタートアップに入社するのはかなりの難関です。
SaaSビジネス乱立による競争激化やIPO市況の低迷、急激なインフレや円安など、不確実性の高まる経済市況を背景に、数よりも質を重視した採用に切り替える企業が増えているからです。
そのため中堅・上位層のエンジニアは、名うてのメガベンチャーや大企業、資金調達力のあるスタートアップ界隈を「回遊」することはあっても、待遇が悪化するリスクを負ってまでこの界隈から出ようという人はあまり多くありません。
また、彼らのような希少エンジニアは、ヘッドハンターによる一本釣りや親しい知人、友人などを介したリファラル採用で動けるため、あえて中途採用の公募枠に応募したり、転職サイトや人材エージェントにエントリーしたりする手間を取る必要もないのです。
ITエンジニアの採用支援を生業とするエージェントが若手エンジニアを「ポテンシャル人材」とラベリングし、売り込みに躍起になるのは、若手エンジニアに高い報酬が支払える企業が減る一方、そもそも数に限りがある優秀なエンジニアが採用市場に流入してこない現実の裏返しとも言えます。
そうはいっても、テレビCMや電車の中吊り広告はじめ、SNSや動画サイトを眺めている間にも、未経験からのエンジニア転身や高収入を謳う広告が目につきます。躍起になっているエージェントに囲い込まれた若手エンジニアたちはどこにいくのでしょうか。
頭数さえ確保できればある程度収益が見込めるSES企業や派遣会社などです。
エンジニア採用バブル時のイメージで転職活動に臨むと、きっと驚くのではないでしょうか。なぜなら、今の仕事とさほど代わり映えのしない業務と決して高くはない給与額を提示されることになるからです。これなら現職に留まろうと思う人が増えてもおかしくありません。
こうした経験を何度か繰り返すうち、遅かれ早かれ年収550万円を境に企業が求めるレベルが大きく違うことに気付くことになるはずです。
転職がうまくいかないのは誰のせい?
未経験からITエンジニアとして身を立てたいというモチベーションは非常に結構なことですが、それを叶えられる企業は少なくなっています。
企業都合で採用ハードルが上下するのは一定は仕方がないことですが、いささか極端だと感じます。ただし選考に臨む候補者側に改善の余地がないかと言われるとそうではないというのが私の認識です。
実際、私もエンジニアの採用現場で驚くような候補者に出くわすことがあります。
例えば、一次面接であるにもかかわらず、応募先の事業内容や採用ポジションすら把握せず面談を受けにこられる方は、珍しくありません。
中には志望理由や転職の動機を尋ねると、想定外の質問をされたかのように戸惑いを隠さない応募者もいるほどです。
こんな話をすると、転職意欲があるのかどうかさえ疑わしい人物が、なぜ時間を割いてまで、面接を受けるのかと不思議に思うでしょう。
なぜこうした応募者が生まれるのかといえば、それは彼らの仕事探しのスタンスにヒントがあります。
就職氷河期(1993年〜2005年)やリーマンショック(2008年〜2013年)といった新卒就活が厳しかった時期以降の世代は少子高齢化の象徴的存在です。各社新卒採用を積極的に実施し、人材不足に備えたため採用手法も多様化しました。
新卒時代に「1on1(逆求人)イベント」やスカウトなどを経験しており、自発的に応募をするのではなく求人側が求職者にアプローチするのが当たり前と考えがちな世代です。いわば口説かれ慣れている状態です。
社会人になってからも、なんとなく登録したスカウト媒体から、毎日山のようにオファーレターが届くことに慣れきっているので、あえて能動的に仕事を探さなくても、向こうからチャンスがやってくるものであるという思い込みがあります。薄いプロフィールであってもスカウトが大量に届くため、「職務経歴書などは不要ではないか」と主張する方も居られました。
企業説明・事業説明から始まるカジュアル面談も一般化しているため、むしろ「オファーしたのは企業のほう。なぜ候補者に志望動機を聞くのか」と思っている方も少なくありません。だからこそ、面接官に「志望動機」を尋ねられると、不意を突かれたように言葉を失ってしまうのです。
企業をとりまく社会情勢が大きく変わり、エンジニア採用バブル期にはよくあった「採用すべきか悩むなら採用する」時代ではなくなってしまいました。
こうした状況の変化をあまり理解していない若手エンジニアの存在が、企業の厳選採用を加速させ、自らのチャンスを狭めているという皮肉な側面があるのは事実です。
今必要なのは、就職氷河期世代の就活・転職活動にあった「貪欲さ」
ただ、転職に伴うキャリアアップには夢も希望もないわけではありません。むしろ現状のスキルのままでも、意識と行動を変えるだけで、現職よりも高い報酬を得たり、成長の手応えを実感できる仕事に就いたりすることは十分可能です。私の周囲にも、実際に納得の行く転職ができた方が複数居られます。
近年日本では、他の先進国に倣い「メンバーシップ雇用」から「ジョブ型雇用」へシフトしつつあると言われていますが、日本ではまだ社会的評価が定まっていない若手を採用する場合、スキルや経験だけで採用の成否を決めるケースはほとんどありません。
日本はアメリカなどより解雇規制が厳しく、任せていた仕事がなくなったからといって、やすやすと社員のクビを切れないこともあり、職種や職務への適性以上に組織への親和性を重く見る傾向があるのもその一因です。
欧米流の構造化面接を「血が通っていない面接」と嫌う企業や、中途採用の指針として「カルチャーフィットを重視する」と話す企業が多いことからも、そうした志向の一端が伺えます。
こうした状況を踏まえると、取るべき対策はただ一つ。就職難だった時代を振り返り、その当時の常識を見直すことです。1990年代前半から2000年代の中盤まで続いた「就職氷河期」は、完全なる「買い手市場」であり、新卒学生も転職組もありとあらゆる手段を尽くして「内定」を得るための努力を惜しみませんでした。
例えば、Webサイトなどで公開されている事業内容や募集要項をよく読み、理解するのはもちろん、企業が掲げるビジョン、ミッション、バリューと自分の価値観の親和性に言及したり、培ったスキルや経験を使ってどんな貢献がしたいのか、熱意を持って伝えることは、当時の求職者にとっては基本中の基本でした。もちろん、心にもないようなことを言う必要はありません。ただ、企業側が厳選採用にシフトしているなら、求職者側も応募先を厳選し、自らの熱意と誠意をここぞという企業に対して向けるべきではないだろうかと感じるのです。こうした泥臭い事前準備を抜かりなくやる求職者は確実に減っています今だからこそ、就職氷河期世代が当たり前にやっていた企業研究や自己分析、ごく当たり前な面接対策をするだけで面接官の印象がよくなり、内定獲得率が上がる可能性があるのです。若手に限らず、経験者層であってもスキルや経験とセットで事業共感が求められているため、こうした事前準備は有効です。世間では、具体的な証拠を示すことなく「ラクして年収1000万円以上」を謳ったり、「エンジニアへの高還元」を売りにするような広告が横行しています。これらの全てではないにせよ、ウブな若手エンジニアを騙そうと躍起になっている悪徳企業が横行しているのも事実です。言葉通りそのまま受け止める素直さは長所かもしれませんが、玉石混淆が進むエンジニア採用界隈では命取りになりかねません。自分の身を守るためにも、そして意中の企業への採用確率を高めるためにも、できる限り情報を集め、企業研究と自己分析に励み転職活動に臨んでほしいと思います。構成/武田敏則(グレタケ)、編集/玉城智子(編集部)